エルフの謎を追って
『楽園星』アトカーシア家屋敷。
当主である少女……アムリタが苦虫を百匹噛み潰したような表情で腕組みをしている。
断続的にウ~ウ~可愛い声で唸っている彼女は子犬のようだ。
「それはまた……難題を仰せつかったわね」
話を聞いたアイラも苦笑するしかない。
今回、アムリタに与えられた任務は六百年以上人間とは断交しているエルフ種族との族的交流を開始する事である。
失敗すると最悪戦争になったりするかもしれない。
エルフという種族がどのくらい交戦的かわからないので現時点では何とも言えないが……。
「……イクサリア様は随分ご機嫌な様子ね」
そして視線を移したアイラ。
その先には幸せ一杯といった様子で優雅に茶をしばくイクサリアがいる。
「だって……いよいよ私はアムリタと公認のパートナーになれるんだよ。私にとってこんなに幸福な事は他にない。真冬だというのにこの世の全てが明るく輝いて見えるよ」
「上手くいけばの話ですけどね……」
歌でも歌い出しそうなほど浮かれているイクサリアに対して気が重いアムリタだ。
賭けるものが自分の生命であるというのならまだしも……国の平和と大多数の生命が乗っけられるには自分の肩は頼りなさ過ぎる。
「幸いにして期限を切られてはいないから慎重に動くわよ。まずは少しでもエルフについて知っている有識者を当たりましょう」
「エルフかぁ……。皇国にはいたっスけどねえ」
ぽつりと呟くマコト。
ギロッと凄い眼光で彼女を見るアムリタ。
「いたわ有識者ッ! さぁエルフに関して知っている事を何でも話してちょうだい!」
「あわわわ、いやいや、知り合いにエルフが一人いるっスけどあの人はまったく参考になんないんスよ。エルフ社会では変わり者過ぎて人間の社会に流れてきた人なんで……」
慌てて首を横に振るマコトだがアムリタはがっしりと彼女の両肩を掴んで放さない。
「どんな些細な情報だっていいのよ。何しろこっちはゼロの状態なんですからね」
「そ、そっスねえ……。あちきが聞いた事がある話はですね……。人間の社会に盤上で駒を動かす遊戯があるじゃないっスか。エルフ社会にもああいうのはあるらしいんスけど、一手に10日とか掛けていいんだそうっス」
「…………………………」
話を聞いてどんどんジト目に……表情が微妙になっていくアムリタ。
気が長いとかそういうレベルの話ではない。
分かり合うきっかけが欲しかったというのに断絶の深さを感じるエピソードである。
「……人のお年寄りと、打ったら……一局持たないことも、ありそうね」
不謹慎なようだがエスメレーの言葉に全面同意するアムリタだ。
────────────────────────
早朝、『棘茨星』ユーベルバーク家屋敷の庭。
吐く息が白く浮かび上がるほどの寒さであるというのに、上半身全裸でひたすらにバーベルを上げ下げし続けているマッスルなハンサムがいる。
若き当主ガブリエルだ。
「爽やかな朝だッ! トレーニングが捗るなッ!!」
湯気を立ち昇らせ、汗を飛ばしながら筋トレを続けるガブリエル。
「鍛えなければ……誰よりもッ! 人よりも鍛えていない者が誰かに己を鍛えよという命を下す資格はないのだからなッッ!!! 私はッ! 十二星としてッ! 全ての貴族や民たちの規範とならねばならないッッ!!!」
ガブリエルが吠える。
「人に優しくあれッ! 己に厳しくあれッッ!! 鍛えた肉体に相応しい人格者とならねばッッ!! トレーニングあるのみだッッ!!!」
「坊ちゃま」
そこへ年老いた執事がやってきてガブリエルはトレーニングを中断した。
「どうした? 爺や」
「こちらを……『楽園星』様からでございます」
手紙を差し出す老執事。
「おおッ! アムリタ様か!!」
封を開けてガブリエルが中の書簡に目を通す。
そこには全十二星の当主に宛てた内容で、エルフの事を少しでも知っていればどんな事でもいいので教えて欲しいという内容が記されていた。
「うぅーむ!! 参ったな……。エルフか……何一つ知らんな。会った事もない」
「生憎とこの老いぼれもこの歳までお会いした事がございませぬ」
ゆっくりと首を横に振る老執事だ。
「だがこのようにアムリタ様が困っているご様子なのだ。知らぬので力になる事はできませんではあまりにも不甲斐ないッッ!! 爺や、人を手配してくれ。どのような事でもよい。エルフ族に関する情報を集めるのだ」
「かしこまりました」
頭を下げて屋敷へ戻る執事。
「無論、誰かに命じたからには自ら率先して動かねばなッッ!! 汗を流した後で私も出向くとしよう!!」
むん! とポージングを決めて真冬の空を見るガブリエルであった。
────────────────────────
来客があった。
タキシード姿の背の高い中年男だ。
「エルフか!! それならばわしに任せておくがいい!! こう見えてもわしにはエルフの友人が軽く三桁はいるからなぁ!! ぬはははは!!」
……と、思ったら客扱いしなくてもいい人であった。
「はいはい。今はちょっとおじさまの与太話に付き合ってあげられる余裕がないの。またにしてくださいね」
「ぬおッ!!? 何で追い出すんじゃ!! わしが力になってやると言っておるのだぞ!!!??」
マコトによってギエンドゥアンが屋敷の外へと追い出される。
「参ったわね。どこから聞きつけてきたのかしら……。書簡を送った十二星の家の人が色々としてくれていると聞いているから、そこから漏れちゃったかな」
憂鬱そうに頭を抱えるアムリタだ。
元より権力者や御大尽周辺の近況は注意深く見張っているのだろう。
「確かに力になってくれそうな気もしなくはないんだけど、同じくらい話をぶち壊しにもしそうなのよね、あの人は……。今回は流石に博打をする余裕はないわ」
「お金儲けの匂いを嗅ぎ取ったんでしょうね。そういう所にだけは敏感な人なので……」
主人同様に憂鬱そうなシオンである。
「とりあえず頭が痛くなるので邪悪な中年の事は一旦置いておきましてですね。師匠……例の話、大体選抜が完了しました」
「あら、早かったわね。お疲れ様」
少し驚いてアムリタは敬礼しているシオンの方を向いた。
……例の話とは何か。
それは『白狼星』のブリッツフォーン家の力を借りてマフィアの壊滅に向かった夜に遡る。
……………。
「こうしてお前に力を貸すことはやぶさかではないが、それはそれとしてお前も十二星になったのだ。自由に動かせる部隊は抱えておくべきではないか」
ミハイルはアムリタにそう言った。
「私の部隊……」
「シオン・ハーディングは今や相当な腕利きだ。そういった役割を与えないのは勿体ないぞ。あれもお前のために何かしたいと思っていることだろう。ならば実力を発揮できる役割を与えるべきだ」
……そう言った経緯でアムリタもアトカーシア家直属の部隊を組織することに決めたのだった。
「私に……ですか?」
呼び出して話を聞かせたシオンが呆気にとられている。
「ええ。貴女に任せようと思っているから人選をお願いしていい? とりあえず最初は50人を考えているわ」
「師匠の……部隊を」
茫然と呟くシオンの目に涙の雫が浮いた。
「ありがとうございます……! 私、一生懸命やりますから!!」
「人選から任せてしまってもいい? 貴女の好きなように集めてくれればいいから」
アムリタが微笑んで言うと涙目のシオンが何度も肯いた。
……………。
「それでですね、とりあえずは騎士団に募集を出しまして! 希望者を募ったんですよ」
君の楽園星の直属の部隊員になってみないか!? というわけだ。
少しは募集があったんだろうか……。
コーヒーを飲みながら聞いているアムリタは定員割れしたらイヤだな、と考えている。
「幸いにして千人を超える募集がありまして」
「……ンぐっ!」
思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しかけたアムリタ。
「随分来たのね……」
「はい! ですから私が全員と手合わせしてみてそこから50人を選抜しました!」
再びコーヒーを噴きかけるアムリタ。
「全員と……? 手合わせしたの?」
「はい! とは言っても時間に限りがありますので一人二、三手撃ち込ませただけです。本気で。それで私に掠りでもできれば即合格で。残念ながらその合格者はいませんでしたが……」
シオンは元々が優秀な軍人で魔術師だ。
そこにアムリタの血が入って全身が強化されている状態である。
その彼女に攻撃を掠らせるというのは流石に鍛えた騎士でも難しいようだ。
「大変だったでしょう」
「楽ではありませんでしたが、『楽園星』の紋章を背負う事になる部隊ですからね。半端な事はできません」
むん、と気合を入れるシオン。
それから彼女は何か窺うかのように上目遣いになる。
「それで……部隊名などはお決まりなのでしょうか?」
「そういえば考えていなかったわね。シオンが決めていいわよ」
アムリタがそう言うとシオンは慌てて首を横に振った。
「い、いえっ! それは流石に畏れ多いと言いますか……。師匠に……決めて欲しいです。やる気が出ますから」
「う~ん、ちょっとパッと出てこないわね。適当にヘンな名前にしちゃって皆のモチベが下がっちゃっても嫌だしね……」
口をへの字にして考え込むアムリタ。
何だかシオンの気合の入れようを見ているとパッと出てきた名前を出すのも申し訳ないような気がする。
「カッコ良くてスタイリッシュで、覚えやすくて親しみもあって、ちょっと大人のユーモアも感じられるみたいな……そんな名前がいいわね」
「じ、自分でそこまでハードルを……」
ぶつぶつ言いながらうんうん唸っているアムリタを前に慄くシオンであった。
「歓談中申し訳ないのだけど、お客様よ」
そこへ顔を出したアイラ。
彼女にしては珍しく、不快げではないにせよ若干戸惑っているようだ。
思いもよらぬ来客があったらしい。
「お約束はないけど……」
「応接間にお通ししてあるわ。……『無限星』様よ」
驚くアムリタとシオン。
『無限星』のウィリアム・バーンハルト……あの剣聖にして冒険家であり大作家の彼がアムリタを訪ねてきたというのか。
「わかりました。すぐ行くわ」
思えば反乱軍鎮圧の時は彼に命を助けられたようなものでありながら直接礼を言う間もなく別れてしまっている。
ちょうどいい機会かと思うアムリタであった。




