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大王と王女

 大王は睥睨する。

 玉座の彼はただ雄大であり威圧感と言うものを体現するかのようにそこに在った。

 常人であればその前に立つだけで圧し潰されそうなオーラに圧倒されて言葉を発することもままならないだろう。


 だが、今彼の前に立つ若い娘は平然として涼やかに微笑むだけだ。

 彼の娘……イクサリア。


「変わりはないか」


「はい。父上様……心身ともに健康そのものですよ」


 娘の返答に大王は「そうか」と短く返答する。

 無論彼はそんな事を話す為に娘を呼び出したのではない。


「……………」


 この場にロードフェルドも呼んでいるのがその証だ。

 大王の傍らに立つその後継者たる長子はやや強張った表情をしている。

 父は何故自分を同席させて娘を呼び出したのだ。

 その意図がまだ掴めていない。


 ロードフェルドにとってはこの父と妹はどちらも爆薬のようなものだ

 慎重に取り扱っているつもりでも時折、唐突に大爆発を起こして周囲を巻き込む。

 その爆発力がプラスに働く事もないではないが……。


「お前に聞きたい事がある」


「なんなりと」


 大王の言葉に優雅に一礼するイクサリア。


「アムリタ・アトカーシアと生きていくつもりなのか」


 大王の放った重く低いその問いに息を飲んだのはロードフェルドの方であった。

 まさかここで彼女の名前が出てくるとは……。


 大王はいつもの厳めしい面相であるがイクサリアは微笑んでいる。

 だというのに……周囲の気温が急速に下がっていくような気がしているロードフェルド。

 まるで互いに殺意を持つ者同士が共に相手の首筋に刃を突きつけ合っているかのような……そんな冷たい緊張感が場に満ちていた。


 まずい、まずい……!

 彼女の話題はイクサリアにとって最大の導火線。

 兄は強張った表情で妹を見る。

 おかしな事を言うな、と視線で必死に告げながら。


「そのつもりです、父上様」


 ……だが、兄の願いも虚しくイクサリアは微笑んだままで言い切ってしまった。

 ロードフェルドが滝のような汗を流しながら口を開き言葉にならない叫びを放った。


「ならぬ」


 そして父の返答もまた、ロードフェルドの祈りや願いなど一顧だにせぬ冷たく厳格なものであった。


「お前は王族。王家の人間だ。お前の生き方を決めるのはお前ではない。国なのだ」


 大王の言葉に対してイクサリアは涼やかな微笑のままで何かを返答せんと口を開き……。


「イクサリアッッ!!!!!」


 ……その台詞を兄の放った怒号が留めた。


「大王陛下の御前だぞ!!! 控えよッッッ!!!!」


 険しい表情で叫ぶロードフェルド。

 それは妹を糾弾する為の叫びではなく、その逆で救おうと思って出た叫びであった。

 彼女が何を口にするか……。

 最悪それ次第でこの場で殺し合いになる。


 結局、イクサリアは半開きになった唇を再び閉じて静かに一礼した。


「わしの信条は今更語って聞かせるまでもあるまいな、イクサリア」


 大王が言うとイクサリアは無言で肯く。


「望みがあるのであれば、勝ち取ってみせるがいい」


 そう言ってヴォードランは傍らのロードフェルドを見た。


「二人に課題を……試練を与えよ。乗り越えられるようであれば共に生きる事を認めてやろう」


「うぇェッッ!!!??」


 急に話を振られて表情を歪ませてロードフェルドが奇声を発した。

 それ俺が考えるの!!?? とその表情が物語っている。


「あはは……!」


 その兄の滑稽な表情にイクサリアも耐えられずに思わず笑ってしまっていた。


 ……………。


 玉座の間を退出し、イクサリアが廊下を歩いている。


(兄上様には感謝しないと……)


 彼女は兄が自分の為に割って入ってくれた事を理解している。

 歩きながら冷たく目を細める王女。


(流石に兄殺しに加担した次が父親殺しでは私も少し気が滅入るからね)


 ほろ苦く微かに笑って颯爽と歩いていくイクサリアであった。


 ……………。


 玉座の間でもまた大王が薄く笑っていた。


「見たか、ロードフェルド。あれの目を」


「…………………………」


 父の問いにロードフェルドは返答しない。

 この時間だけで彼は十歳くらい年老いたかのように疲弊してしまっている。


「わしを殺す気であったな」


 実の娘が自分に向けた殺意に怒るでもなく、そして嘆くでもなく楽しげに語る大王である。


「あれが兄妹の中で一番わしから覇王たる素質を受け継いでおる。皮肉なものよ。欲する物を手に入れる事に一切の迷いがない。邪魔と思えば肉親だろうと排除できる」


 その人物評はロードフェルドとしても同感なところだ。


「イクサリアが権力や支配に興味を示さなかったのは、果たして王国としては吉か凶か……。今の世は太平に寄っておる。あれやわしの様に乱世でこそ輝く星は不要であるかもしれんな」


 その言葉にほんの微かな寂しさのようなものを感じ取ってロードフェルドは父の横顔を見た。

 しかしそこにあるのは普段の厳格な父であり、見た目に差異を見出す事はできなかった。


「それならばわしもただ父親としてあれの幸せを願わぬでもない。……課題はわしを納得させるに足るものにせよ、ロードフェルドよ」


「はい、父上」


 頭を下げながらロードフェルドは内心でこの上もなく渋い顔をしている。


 言っている事の前半と後半がバラバラである。普通は繋がらない。

 娘には幸せになってほしい、だけどその為の試練はアホほど厳しい物にしろ……と、そう父は言っているのである。


 ……それではこっそり達成可能な課題を与えて妹を援護してやる事も難しいではないか。


 ────────────────────────


 突然王子の呼び出しを受けて出向いてみれば、話はイクサリアと大王の事であった。

 アムリタは黙ってロードフェルドの話を聞いている。

 あえて淡々と話そうと努力しているように見える王子。

 しかし言葉の端々から彼の苦悩は漏れ出てしまっていた。


「そういうわけでな……俺がお前たちの愛の試練を用意する事になってしまった」


「……ぷフッ」


 頭を抱えているロードフェルド王子に思わず吹き出してしまったアムリタ。


「笑うなッッ!! お前たちの事なんだぞ!!!」


「いえ……いえ、ごめんなさい。王子が急に妙にロマンチックな言い方をするから……軽くツボに……入っちゃって……」


 まだ笑いが止まっていないアムリタである。

 やっと笑いが収まって彼女は目尻に白いハンカチを当てた。


「まあ、私はやれと言われればやるしかないです。イヤと言えるような立場ではないので」


「えらく受身であるな。妹と一緒にいたくはないのか?」


 半眼になるロードフェルド。

 当事者であるはずのアムリタがこんな軽い調子では悲痛な感じになっている自分がバカのように思える。


「勿論、彼女の事は好きですし、一緒にいたいですよ」


 微笑んでうなずくアムリタ。


「仮に……ですね、もし私たちが王子の出す課題を達成できなかったとしますね。すると大王様は私たちの仲を引き裂こうとするでしょう。失敗者には厳しい方ですから」


 アムリタの仮定に王子が肯く。

 正確な大王評である。


「そうなるとイクサが大王様を殺そうとすると思うんですよ。流石にそれは私が止めます」


 なんともげんなりした表情で再度肯くロードフェルド。

 流石にイクサリア評も正確だ。


「それできっと私たちは居場所のなくなった王国から逃げ出すことでしょう。……そういう事なので私とイクサが一緒にいる事には変わりがないので」


「軽く言ってくれる。お前は今や十二星なのだぞ。十二星と妹の二人に逃げ出された男という汚名を俺に与えるつもりか」


 悠然と構えているアムリタに恨みがましい視線を向けるロードフェルドだ。


「勿論私は十二星として王子をお助けしていきたいと思っていますし王国を離れたいとも思っていません。イクサを王女から逃亡者にしてしまうのも心苦しいですしね……。課題に対しては命懸けで当たるつもりですのでご安心下さい」


 平然としているというか……肝が据わっているのだ。

 流石に数多の死線を潜り抜けてここまで来ただけの事はある、とロードフェルドはアムリタを見て感心する。


「ならば話そう。……アムリタ、お前はエルフというものを知っているか?」


「知識としては……。実際にお会いした事はありません」


 エルフ種族。

 亜人種であり見目麗しく長命であるという。

 人に比べれば圧倒的に小数であり、多種族との交流には非情に消極的であるらしい。

 実際にアムリタもエルフを見た事がない。


「王国にもエルフの暮らしている土地がある」


「え……そうなんですか?」


 驚くアムリタ。

 何となくずっと遠い土地にいる種族なのだと思いこんでいた。


「この事は王家と十二星のごく一部のものしか知らん。極秘事項だ。六百数十年前の建国時に初代王様と彼らの長との間で双方が一切相手とは関わらないとの約定が交わされている。以後、現在に至るまで両種族には一切の交流がない」


 眉を顰めるアムリタ。

 国内に集落がありながら一切人間と関わりを持たずに生きていくという事は果たして可能なのだろうか……?

 王国内にはこれだけの人間がひしめいているというのに。


「俺はこの現状を変えたいと思っている。同じ国に暮らしていながら一切が断絶しているというのは……なんというか、虚しい事の様に思えるのだ」


 各種族との融和を掲げている彼らしい考え方である。

 とはいえ……。


「六百年以上人間と断絶している人嫌いの種族を相手にですか……」


 流石にアムリタも表情を陰らせる。


「俺はエルフ(彼ら)と交流を持ち、できるのであれば十二星の一席をエルフから出したいと思っている。その為の交渉をお前たちに任せたい」


「それは……」


 眉を顰めたアムリタが口を開く。


「ちょっと、難しすぎるのではないでしょうか?」


「だがそのくらいでなければ父上が納得せん」


 王子の表情も滅茶苦茶渋い。

 まず誰が聞いても不可能だろうと思う内容でなければ大王は首を縦には振らないだろう。


「お互い関わらないって約束をしているのだから、下手をしたら約束を破ったって言われて相当にマズい事にならないですか? それ……」


「なるかもしれんな。結構な確率でな」


 エルフという種族がどのくらい交戦的なのかはわからないが、最悪種族間の戦争にも発展しかねない話である。


「……………」


 少しの間、斜め上……天上を見上げて考え込んでいたアムリタ。


「……夜逃げの支度をしておいた方がよさそうですね?」


「おーい! 覚悟は!! 命懸けでやるんじゃなかったのか!!!」


 そんな彼女に思わず大きな声が出るロードフェルドであった。


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