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地獄からの使者

 ……何度も警告はした。

 彼がかなり危ない橋を渡っているという事には気が付いていたから。


「ねぇ、もうやめときなよ。組の人にバレたらヤバいんでしょ?」


「そうなんだけどよ。……けど、兄貴には散々世話になってるからなぁ。イヤだとは言えねえんだよ」


 しかし彼はそう困ったように笑うだけで、自分の忠告に取り合ってはくれなかった。


「もっと上の人に話をするとかしてさ……」


「それじゃ俺がファミリーで兄貴を売った男だって言われちまうよ」


 ……そして、彼は死んだ。

 春先のまだ寒い朝に川に浮いて見つかった。


 酔って自分で川に入って……そして死んだと騎士団からは発表があった。

 そんなはずはない。

 彼がそんな酔い方をした所を自分は見た事が無い。

 独りでは飲まない彼。その日彼と飲んだという者も、飲んだ店も見つからなかった。


 彼の弟分たちに話を聞いて、例の組には秘密のアヘン取引がバレていた事を知った。

 組ではそれはファビオの単独犯という事になっていた。

 だから消されたんだ。もう俺にも話しかけて来るな……話を聞いた元舎弟は迷惑そうに私にそう言った。


 ……ジョバンニだ。


 あの男がファビオに罪をかぶせて殺したんだ。

 だけど自分にはそれを証明する手段なんてない。

 彼の恋人だった自分が何を言おうが誰も耳を貸さないだろうし、騒ぎ過ぎれば自分も殺されるだろう。

 どうする事もできなかった。


 死んだような毎日が続いて、本当に死のうと思った時に……。

 私は力を手に入れた。

 彼の無念を晴らすための力だ。


 ジョバンニを殺して、それからはピエトロを付け回した。

 彼らに廃墟へピエトロが連れ込まれた時に自分も身を潜めて話を聞いていた。

 有罪を確信し、ピエトロも殺した。


 これで私の復讐は終わった。


 ……後は私自身の終わりをどうするかという問題だけが残っている。


 ────────────────────────


 襲い掛かってくる復讐の魔物……笑う猫。

 腰を落として構えを取ってそれを迎え撃つジェイド。

 虚しさと哀しさを噛み殺して青年が殺意を研ぎ澄ませる。


 迫る獣からはもう脅威は感じない。

 鼓膜を震わせる雄叫びも泣き叫んでいるように聞こえる。


 辛いのだろう。苦しいのだろう。

 ……そして悲しいのだろう。

 終わりにしてくれと魔獣が叫んでいる。


 楽にしてやる事が彼女の為だと覚悟を決める。


 斜め上から振り下ろされた剛腕が……その巨大で鋭い爪の先が前髪を数本散らした。

 そして、空振りでがら空きになったボディにジェイドの渾身の拳打が撃ち込まれた。


 ……吹き飛ぶ。

 まるで重力を無視するかのように巨体が宙を舞う。

 ぐるぐると回転しながら獣は遠くへ落下した。


 構えを解いて長く息を吐いた青年の緑銀の髪の毛を夜風が揺らしていった。


 ……………。


 仰向けに倒れている銀色の髪の女。

 復讐のケモノは本来のラウレッタの姿に戻っている。。

 しかし血塗れの彼女の瞳は虚ろであり、呼吸は徐々に細く弱くなっていく。

 間もなく落日だ。

 生命の黄昏の刻であった。


 そんな彼女の傍らにゆっくりと屈みこむ者がいた。

 メイドだ。

 細いツリ目の彼女は薄く笑ってラウレッタの顔を覗き込んでいる。


「お伺いしたいんスけど……」


 マコトがラウレッタに優しく問いかける。

 囁くような小さな声で。


「あなたに()()()を与えたのはどんなヤツでした?」


「……………」


 ぼんやりとメイドを見上げるラウレッタ。

 既に彼女にはこのメイドが何者なのかと疑問を持つだけの意識も残ってはいない。


「……あれ……は……」


 ごほっ、と咳き込んで吐血しながら彼女は呟く。


「あく……ま……。地獄から……私の……恨みを聞き届けて……悪魔が……来て……くれ……」


 そうだ。

 あれはきっと……悪魔だった。

 禍々しい姿をしていた。地獄からの使者に他あるまい。


「角が……黒い目と……青い肌の……あく、ま……」


「ありがとう。ご協力に感謝するっス」


 マコトはそう言って倒れるラウレッタに優しく微笑みかけ……そして静かに立ち上がった。

 ……その時には既にラウレッタの呼吸は途切れていた。


 不知火マコトは初めからジェイドの手伝いをするつもりで動いていたのではない。

 彼女は彼女の事情で調査を行っていた。

 しかしその過程で両者が追いかけていたものは交差した。

 だから彼女はジェイドに情報を持って行ったのだ。


「やっぱり、思った通りこの近くに潜んでるっスね」


 糸目のメイドがポツリと呟く。


「仲間だったよしみであちきが息の根を止めてやるっスよ。楽しみにしてるといいっス」


 そして彼女は笑った。

 薄く開かれた目は冷たい光を放っていた。


 ジェイドとマコトが倉庫を出る。

 既に日は落ちて周囲は暗い。

 視界に白いものが舞い降りてきて青年は夜空を見上げた。


「……降って来たっスね。さ、ご主人……濡れる前に」


 メイドに促され小雪のチラつく中を馬車に戻るジェイドであった。


 ────────────────────────


 ……数日後、四つ葉探偵社事務所。


「スカッと終わったわけじゃないけど、とりあえず事件は解決だ。お疲れさん。今日はささやかだけど打ち上げだ。たらふく食って飲んでってくれよな!」


 マチルダが音頭を取り、ジェイドたちが静かに乾杯をする。

 テーブルの上には所長の手料理が所狭しと並べられていて美味しそうに輝きを放ち湯気を立てていた。


「ん~~~、美味っしぃ!」


 美味そうに料理を頬張っているピンクのツインテールのメイド。


「なんであなたがいるんですかね。今回なんにもしてないのですよ」


 そんなエウロペアをクレアが半眼で見ている。


「はぁ? ウチは大人しくしてろって指示を受けてちゃんとその通りにしてたし。アンタたちの応援だってしてやってたし。つまり事件が解決したのは半分くらいはウチのお陰って事じゃんね!」


 何故か自慢げなエウロペアだ。

 これにはクレアも根負けして嘆息するしかない。


「オレがやるからマコトも座って食ってくれよ」


「いえいえ、誰かが動いているのに自分が座っているのは落ち着かないっス。お気になさらず。適度に摘まませてもらってるっスよ」


 ひたすら食っているメイドもいれば給仕を手伝っているメイドもいる。


「……………」


 そんな中でジェイドは一人無言で料理を咀嚼している。


「どうした? 味がいまいちだったか?」


「いや、そうじゃない」


 マチルダに声を掛けられて青年は首を横に振る。


「結局……真相を公にしてやる事はできなかったな」


「そうだな……。けど、発表はできないって言われたが騎士団はオレの報告が本当だって信じてくれたし報酬も満額出たからな。とりあえずはそこで納得しておくしかねえ」


 世間的にはジョバンニとその愛人と、そしてピエトロの殺害の犯人は不明のままだ。

 そしてラウレッタの死は原因不明の事故として処理されている。

 事実を明らかにしようとすればメルキース・ファミリーが反発する。

 そうなれば新しい事件も起きるかもしれない。

 騎士団としてはそう判断して事態の収束を図ったのだろう。


 しかし、何となく裏社会には事実が噂として流れ始めていた。

 ジョバンニが組に秘密でアヘンの取引を行っていた事、それを弟分のファビオが手伝っており口封じで殺された事。

 そしてファビオの恋人だったラウレッタが報復としてジョバンニとピエトロを殺して……そして自分も死んだ事……等である。


 ────────────────────────


 後日、繁華街の夜。

 突然黒い軍装の大勢の騎士たちが乗り込んできて多くのマフィアたちを捕縛している。

 夜の街は戦場のように騒然としていた。

 各所で怒号が上がっている。散発的な戦闘も起きているようだ。


 捕らえられているのは皆メルキース・ファミリーに所属するマフィアたちばかりであった。


 指揮を執っているのは一台の馬車。

 扉には百合の紋章……『楽園星』の紋章が描かれている。


「……急に駆り出して悪かったわね」


 馬車の中のアムリタが正面に座っている男に言う。


「治安維持は当家の役割だ。別に構わん」


 その男……ミハイルは神経質に眼鏡の位置を直しながらそう返答した。

 今街に出ているのは彼の……『白狼星』直属の部隊である。


「急にマフィアが憎くなったのか」


「そういう訳でもないけど、アヘンは気に入らないわ。流しているのがアイツららしいから潰してしまおうと思っただけ」


 物憂げにため息を付くアムリタ。

 これで王都からマフィアがいなくなるわけでも、アヘンの取引が無くなるわけでもない……それは彼女もわかっている。

 これは、自分なりのけじめと彼女への弔いのようなものだ。


「あまり背負いすぎるな」


 淡白に短く、それだけを口にするミハイル。

 その短い言葉の中に彼の優しさを感じ取って微笑むアムリタだった。


 この日、大量の上位メンバーを失ったメルキースファミリーは組織の維持が不可能な程に弱体化しやがて崩壊して消えていく事になる。

 王都でも最大級のマフィア組織を潰した『楽園星(アガルタ)』の名は裏社会で恐れられることになるのだった。


 ────────────────────────


 二十日ほど前の事……。


 真っ黒な夜の海を一人の女が眺めている。

 潮風に銀色の髪が靡く。

 その目は虚ろだ。光はなく、何も映してはいない。


(……ファビオ、今あんたのとこに行くからね)


 ラウレッタが海へ飛び込もうと前に一歩踏み出したその時……。


「ほほほほほほ、そなた、中々に心地よい絶望感と憎悪の気を放っておるのう」


「……!?」


 不意に男の声がしてラウレッタがそっちの方を見た。

 そして、彼女は愕然として震え出す。


「……あ、悪魔」


 ゆっくりと自分に向かって歩いてくる男。


 ボロボロの異国の装束を纏ったその男の頭部には大きな角が二本生えている。

 肌の色は真っ青だ。

 黒い目に爛々と輝く赤い瞳。

 背にはカラスのような大きな黒い翼があり、蛇のそれに似た尾が生えている。

 ……正しく悪魔のような姿であった。


「そのまま死んでも何にもならんでおじゃる。そなたの憎しみが気に入った。麻呂が手を貸してやろうではないか」


 そう言って、悪魔は小瓶を取り出した。

 赤紫色に淡く輝く液体が入った小瓶を。


「これを飲めばそなたの恨みを晴らす力を得られるでおじゃる。どうじゃ? 望むのなら進呈して進ぜようぞ、ほほほほ」


「……恨みを……チカラ……」


 僅かな間迷ってから、ラウレッタはその悪魔に向かって震える両手を伸ばしたのだった。

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