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冬の惨劇

 吐息が白く浮かび上がる。

 空気が肌に染みる季節になってきた。


 鎧の上に革製のコートを羽織った数名の騎士が近付いてくる女性に気付いて軽く片手を上げて挨拶する。


「よう、所長。寒ぃのに悪いな」


「構わねえよ、仕事なんだから」


 応えて手袋をした手を擦り合わせているのはマチルダである。

四つ葉探偵事務所(フォーリーヴズ)』の若き女所長である彼女は最近ではこの近辺のちょっとした顔役だ。

 事務所を開いて間もないというのにもうこの界隈でのトラブルをいくつも解決している。

 複数の十二星に伝手(コネ)があるという事でマフィアたちにも一目を置かれている事務所だ。


 ここはとある繁華街から一本奥へ入った昼間でも薄暗い路地だった。

 付近には立ち入り禁止のロープが張り巡らされている。


 そして地面には麻の茣蓙(ござ)が敷かれその上の何かにはやはり麻布が掛けられていた。


「……見てもいいのか?」


 マチルダが問うと騎士は「どうぞどうぞ」と言うような仕草をした。

 半分引き攣った表情でだ。

 その彼の対応で彼女は麻布の下がどのような有様なのか凡その想像ができる。


 それを捲りあげて下にあったものはまさしく「元」人間と形容するのに相応しい物体だった。

 なんとか元の形に近付けて並べようとした涙ぐましい努力の跡が見える肉塊たち。


「うへ、酷えなこりゃ」


「だろ? 昨晩最初に駆け付けた騎士団(うち)の新人はまだ便所の住人やってるよ」


 遺体の惨状に閉口するマチルダ。

 それを見て苦笑する騎士の顔色の悪さも寒さのせいばかりではないようだ。


「2人……なのか? これ」


「ああそうだ。男と女だな」


 肯いた騎士が咥えた煙草に火をつける。

 人数を問わなければならないほど損傷の激しい遺体である。


「女の方は身形(ナリ)からして付近の夜の商売の女かな。男の方は……」


 騎士がポケットから何かを取り出す。

 二つ折りのハンカチで挟んでいたそれは金色のバッジだった。


「こいつを……身に着けてた」


「錨のマークのバッジか。……メルキース(ファミリー)だな」


 メルキースはこの周辺では最大のマフィア組織である。

 元々は海運業を営んでいた男が港の裏社会を牛耳るようになり誕生した組織だ。

 錨のマークがエンブレムである。


「それでオレに声を掛けたのかよ」


 半眼になるマチルダ。


 マフィア組織は自分たちのトラブル、特に上位の者が関わるトラブルに公権力が介入することを嫌う。金バッジは幹部の証だ。騎士団も所轄の指揮官がマフィアとは何らかの関りを持つことが多く相手の意向を酌んで捜査にストップが掛かる恐れがあるのだ。

 だから先んじて騎士たちはマチルダに声を掛けたのである。

 彼女が噛んだという事は何かあれば話が十二星までいってしまうかもしれないという事。

 そうなると所轄の指揮官もマフィアたちも捜査に介入するのが難しくなる。


「オレは魔除けの御札じゃねえぞ」


「勿論、依頼自体だって正式(ガチ)なやつさ。アンタが解決してくれたって一向に構わんぜ」


 ニヤリと笑って騎士は煙草を吹かす。


「俺たちはこの近辺で凶悪事件(バカなこと)をやらかした奴がちゃんと挙げられりゃそれでいいんだ」


 ……………。


「ま、そういうワケなんでさ。ちっと手を貸してくれよ。オレ一人の手には余る案件(ヤマ)でさ」


「アナタねえ、私を一体何だと思ってるんですかね。マフィア絡みの惨殺事件に華奢で可憐なエリート美少女研究者を巻き込まないで欲しいのですよ」


 マチルダの話を聞いたクレアが全力でイヤそうな顔をしている。

 話があるからと呼び出されて事務所に出向いてみればこれである。


「頼むぜ。ちゃーんとバイト料は払うからさ。こんなもん王子の砦にあの人数で殴りこんだ時に比べたらなんて事はないだろ?」


「あれとはまた別の種類のイヤさなのですよ。大体があれもヤケクソだっただけで今同じことやれと言われたらやれる自信ないのです」


 出されたコーヒーを一息に飲み干して大げさにため息をつくクレア。


「大体があの自称有能なメイドはどこ行ったんです? 追い出したんです?」


「いや、いるんだけどさ……」


 マチルダが言いかけるとちょうど所長室のドアがギイッと音を立てて開いた。


「ちょっと、もうちょい小さい声でやんなさいよ……。声が頭にガンガン響くじゃんね……」


 その噂のメイドが、エウロペアが入ってきた。

 ダルマのように着膨れしてマスクをしている。

 鼻水をズルズル言わせており目は虚ろだ。


「悪い悪い。静かにするからちゃんと寝てろよな。熱下がんねえぞ」


「ナルホド、風邪引きさんですか」


 弱り切った様子のメイドを半眼で見るクレア。


「はぁ? こんなもんウチには何でもないじゃんね。今すぐにだってミノタウロスとケンカだってできる……」


「わかったわかった。ほらベッド行くぞ」


 鼻声で強がるエウロペアを宥めながらマチルダが連れていく。

 それから少ししてメイドを寝かしつけたらしいマチルダが戻ってきた。


「こういう事情でね。助っ人が欲しいんだよ」


「しょうがないですねえ……。働いた分はしっかり報酬払ってもらうのですよ」


 などと、いかにもやる気がなさそうなクレアではあるが、マチルダはこの丸メガネのちびっこ成人女性がいざという時にはどのくらい頼りになるのかと言う事をよく知っているのであった。


 ────────────────────────


 ……ある日の午後、突然大きなカバンを持ったクレアが尋ねてきた。


「そういうワケですので、しばらくの間あのデカ女の事務所にいるのですよ。何かあればそっちに連絡してほしいのです」


 そう説明するクレアの話をよくよく聞いてみると……。


「そういう事なら私にも手伝わせてよ。……もう、いつでも声を掛けてねってマチルダには言ってあるのに!」


「ついこの前まで戦争してたじゃないですか。血に飢えすぎなのですよ」


 出されたお茶を口に含みつつ顔を顰めるクレア。

 そういう話になるのではないかと危惧はしていた彼女。

 とはいえアムリタとの間にあれこれ隠し事はしたくはない。


「それに畏れ多くも十二星サマがこんな裏社会の血生臭い事件に関わるべきではないのです」


「あ! そういう事を言うんだ……。傷付いちゃうなぁ。私たち仲間で親友でしょ? そういう風に距離置くのやめましょうってば」


 クレアとしては別に意地悪を言っているのではなくアムリタの身を案じているのだが……。

 それはそれとしてアムリタは拗ねていた。


「ちょっと待っててね」


 そう言って応接間を飛び出していってしまうアムリタ。

 五分ほどして戻って来た彼女は……。


「それならこっちの姿で行く。十二星ではないからな」


 男物の服に着替えてジェイドの姿になっていた。

 動きやすそうなちょっとラフな普段着。

 クレアが軍服以外の彼を見るのは初めてである。


「むふー、相変わらずカッコいいのです」


 等と満足げに見惚れているクレア。


「そういう服も持ってるんですね?」


「いつこういう事があってもいいように、僕用の服も常に準備はしている」


 ジェイドの姿になるという事は多かれ少なかれ身体を動かす用事になりがちである。

 それに適していて、尚且つ何かあれば着たままアムリタにも変身できるような、そんな装束だ。


「とりあえず連れては行きますけど、許可は自分で貰って欲しいのですよ。私もヘルプでしかないのです」


「わかった」


 肯くジェイド。

 それまで黙って話を聞いていたアイラがそこで会話に加わる。


「止めはしないけど一日に一回は私か誰かが様子を見に行くからね。流石にご自由にどうぞというわけにはいかないわ」


「それでいい。よろしく頼む」


 了承するジェイド。

 会話自体におかしい事はないのだがアイラは鼻血をダラダラ流しつつ、何故かジェイドの上着のポケットに札束をねじ込んでくる。

 ……相変わらずアムリタがこの姿になると鼻血を出しながら現金を渡そうとしてくる彼女であった。


 ────────────────────────


 久しぶりにマチルダの事務所にやってきたジェイド。

 ちなみに男の姿で訪問するのは初めての事だ。


「僕も手伝う。部下だと思って遠慮なくこき使ってくれて構わない」


「うーん、そりゃ助かるんだけどさ……」


 微妙な表情でクレアを見るマチルダ。

 視線が「止められなかったのかよ」と言っている。

 マチルダもクレアと同じだ。

 陰惨な事件にあまりアムリタを関わらせたいと思っていないのである。

 それに対してクレアは「無理です」と言うかのように無言で肩をすくめた。


「よし! 折角そう言ってくれてんだもんな。ありがたく受けておくことにするぜ。オレたちで一丁このヤマをバシっと解決してやるぞ!」


 右の拳を左手で受けて気合を入れるマチルダに二人が肯く。


「ふふ、初期パーティーなのですよ。なつかしいですね」


「本当だな。まだあれからそんなに時が過ぎたわけでもないのに」


 クレアの言葉にジェイドが微かに笑った。

 王宮の片隅に三人で集合していた頃の事を思い出す。

 自分は衛士でマチルダは騎士だった時の事を。


 ジェイドの言うようにあれからまだそれほど時が流れたわけではない。

 それでも三人を取り巻く環境は大きく変化している。


「ま、それでも変わらないものもあるさ」


 そう言ってマチルダが差し出した拳に二人も自分の拳を軽く打ち合わせるのだった。


 ────────────────────────


 ジェイドが到着する前から捜査を開始していたマチルダは騎士団の地域の詰め所に顔を出して被害者たちの情報を入手していた。


 殺害されたのは男女一人ずつであり、男の方はマフィア組織メルキース(ファミリー)の幹部の一人であるジョバンニ・トルボという男だった。

 組織では四人いるボスに次ぐNo,2格の幹部らしい。

 女の方はジルベルタ・ナヒーム。殺害現場の近くでバーを経営する女で、ジョバンニの愛人の一人だった。


「ジョバンニは当日、ジルベルタの店で飲んでてさ。その後で二人で店を出て、ジルベルタのアパートに向かう途中で襲われたらしいって話だ」


「死体はかなりメチャクチャだったんですよね? 撃たれたとか刺されたとかではなくて」


 クレアの言葉にマチルダが肯く。


「殺された、ってよりかは()()()()()()()みたいな感じでよ。だから騎士たちはやったのは魔獣か猛獣か、そういう生き物なんじゃないかって言ってる奴もいるな」


 どこか寒々しい表情でそう言うと肩をすくめて見せるマチルダであった。


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