新しき星
新しく十二星に選ばれたアトカーシア家は当主がまだ成人もしていない女性であるらしい。
そう聞いた時多くの人々はその人事に疑問と不信感を持った。
しかし彼女は任命されてすぐに同じ十二星の家々が結託して起こした反乱を鎮圧するための軍の総指揮官に任命され、相手よりはるかに少ない人数でこれを成し遂げてしまったという。
王都の民は口々に新しい十二星の活躍を誉めそやし喝采を送った。
『戦場の聖女』……そう彼女を呼ぶ向きもある。
ただその新しい家の当主の名は秘匿されており民たちには伝わってはいないのだった。
「皆さんどうでもいい事に興味を持つのね」
心の底からそう思って大きなため息をつくアムリタだ。
彼女は手にしていた何かの手紙を封筒に戻すと書斎机の上にポンと放った。
「申し訳ないけど、これはお受けできないかな……」
「そう言うと思ってお断りしておいたわよ」
アイラが言っているのは王都でも一番売れている大衆紙によるインタビューの依頼である。
今アムリタが投げた手紙がその連絡だ。
極力表舞台には出たくないアムリタ。
王国もそのあたりの彼女の事情は酌んでくれているらしくアトカーシア家の当主の名前は非公表とされている。
「ありがとう。これからも一貫してその対応でお願いします……」
「今だけよ。その内に皆の興味は他に移るわ」
苦笑しつつ慰めてくれるアイラであった。
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ある日の王宮の廊下。
いくつかの事務手続きのために王宮を訪れていたアムリタがお供のシオンと一緒に歩いていると。
「これはこれは、アトカーシア家のアムリタ様、お初にお目にかかります」
愛想良くそう言って頭を下げてくる小柄な男性がいる。
燕尾服姿の中年紳士だ。
丸い……とにかく丸い男であった。
丸い頭に丸い鼻、つぶらな瞳に丸い眉毛。
鼻の下には立派な口ひげを蓄えている。
ボディも真ん丸で短い手足。
「ワタクシ、『眠羊星』リッケルトン家のオズワルドと申す者でございます。この度、アムリタ様と同じく十二星の位を拝命致しました。今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたしますです」
ちょこんと頭を下げるオズワルド。
なんだかどこかのマスコットキャラのような挙動である。
「これはご丁寧にありがとうございますオズワルド卿。御覧の通りの若輩者ですのでこちらこそ色々ご指導頂けましたら幸いです」
丁寧に挨拶してくるオズワルドに対し、アムリタも優雅に一礼するのであった。
……………。
トコトコ歩いていくオズワルドの後姿を見送るアムリタたち。
「可愛らしいおじさまね」
「そうですね。誰とは言いませんが普段頻繁に邪悪な中年を見ているせいで尚のことそう思いますね」
直接的な表現を避けたシオンであるが、二人の脳内に思い浮かんだ男は痩せて背が高く鷲鼻で跳ねヒゲであった。
それにしても……遂にアムリタに続く新たな十二星が決まったらしい。
『眠羊星』リッケルトン家。
「聞いたことがなかったわね。シオンは知っていた?」
「はい。二等星では結構有名な方ですね。……その、なんというか。ちょっと変わり者という評判で」
少し困った顔で笑ったシオン。
アムリタが「どういうこと?」というような視線を彼女に向けると……。
「あの方、奥様が半獣人なんですよ。二等星以上の貴族としては唯一ではないですかね? 半獣人を伴侶としている方は」
なるほど、とアムリタが肯いた。
確かにそれは変わり者と評されるだろう。
王国内における半獣人の立場というものは正直微妙である。
未開の地の野蛮人のように認識している者が多く、よく差別迫害の対象とされる。
その風潮はクライス王子が半獣人の部族……ハザンのいたウォルガ族をアムリタ・カトラーシャ殺害の犯人に仕立て上げたときに特に強まった。
王都で暮らす半獣人も少数いるのだが、彼らに対する排斥運動も起こったと聞いている。
その後王家と十二星たちは沈静化に乗り出し、今では彼らに対する風当たりも以前ほどではなくなった。
以前ロードフェルド王子と話をした時に彼はそう言った異種族との融和も課題であると語っていたのをアムリタは覚えている。
(……だとするなら、あの方が選ばれたのはその辺の事情もありそうね)
亜人種を妻とする男性を十二星に選んだということは王子の掲げる融和政策の一環でもあるのだろう。
勿論それだけの事で十二星が務まるわけもないので彼自身有能な人物ではあるのだろうが。
そして、新たに任命された十二星は彼だけではない。
……………。
また別のある日のこと。
ロードフェルド王子の屋敷を退出した所で彼は後ろからアムリタを追いかけてきた。
「……お待ちください! アムリタ様!」
何事かと思い彼女が振り返ると長身で体格の良い二十代後半くらいの男が走ってくる。
貴族の着るゆったりとしたローブ姿であるが、その装束の上からでも鍛え上げられた身体が窺える男であった。
栗色の髪を品よく七三分けにした爽やかな美形だ。
「今日はこちらにおいでだと窺っておりまして……是非ご挨拶させて頂けましたらと!!」
呼吸を整えながら白い歯を光らせて笑う美形。
「私は『棘茨星』ユーベルバーク家のガブリエルと申します! 恐縮ですがこの度、ロードフェルド王子より十二星位を拝命致しまして……ッ!! これからは同じ十二の星として宜しくして頂けましたら幸いであります!」
ユーベルバーク家……その名前は何度か聞いている。
王位継承争いの際に最後までロードフェルド王子を支えた協力者たちの家の中ではハーディング家が去った後で中心的な役割を引き継いだ家だったはずだ。
(恩賞人事ということね)
それだけというわけではないであろう事は先だって『眠羊星』オズワルドの時にも考えた通りだ。
「実は自分は先日父より当主の座を継いだばかりでして……それがいきなり十二星の拝命で混乱するやら気おくれするやらで眠れぬ日々を送っておりました」
「それは……お察しします」
少し困った表情で微笑むアムリタ。
確かに家を継いだばかりでの十二星昇格は精神的に結構キツいものがあるだろう。
「そんな時はアムリタ様のご活躍を考えることにしております。自分よりも十近く年若い貴女が立派に十二星の務めを果たされている事を考えますと、思わず……自分ッ! 目頭が熱くッッ!!」
そう言って本当にガブリエルは腕でごしごしと涙を拭っている。
(悪い人ではないのでしょうけど……暑苦しいわね)
彼の放つ熱量に押され気味のアムリタだ。
(そもそも私は1回戦争してきただけなのにね……)
とはいえ折角感動してくれているのにそれに水を差すのも忍びない。
その後も彼は自分の考えるアムリタの素晴らしい所を熱く語り倒し、彼女はそれを赤面しながら聞く羽目になるのだった。
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ここの所立て続けに遭遇することになった二人の新しい十二星に付いてアイラに話して聞かせたアムリタ。
「中々個性の強い人たちだったわ。……十二星ともなると大体そんなものかもしれないけどね」
「確かにあなたも個性派よね」
くすっと笑って言うアイラにそうかな? みたいな微妙な表情になるアムリタ。
「ご主人、お庭の掃除が終わったっス」
そこへ顔を出したのは糸目のメイド。
……不知火マコトだ。
「ありがとう。……というか、貴女にはそんな事をさせるためにいてもらっているのではないんだから、普段はもっと自由にしてくれていて構わないわよ」
眉を顰めるアムリタ。
「まあ、そうなっちゃうと手持無沙汰なので……。こういうのは慣れてるっスから気にしないでほしいっス」
……何故、十王寺家の家臣である精鋭の彼女がアムリタの家にいるのかというと。
それはあの反乱軍鎮圧の直後にまで遡る話だ。
まだアムリタの両腕がまったく上がらなかった頃の事である。
「突然で申し訳ないんスけど、あちきをこちらで雇っては頂けないでしょうかね?」
とても大きな葛籠を背負ってやってきた彼女は突然そう言いだした。
温泉郷で巨大な木偶人形を何体も呼び出してアークライトたちを攫って行った女だ。警戒するアムリタたちにマコトが事情を説明する。
「……と、いうワケでですね。あちきらは十王寺家の正宗様の命でアークライトの手伝いをしに派遣されていたわけなんスけど。それが帰りの道中で困ったことになってしまってですね」
聞けば散々妖術を使ってアムリタたちを苦しめたあの狐の面の男、ドウアンが脱走したらしいのだ。
あの男はユフィニアが使った改造ボウガンの狙撃を受けて胴体を穴だらけにされたはずなのだが……。
「心臓まで木っ端微塵だったんであちきらも油断してたっス。彼は色々な皇国の術を学んでいてそれらを複合的に使いこなす術師なんスけど、その中に魑魅魍魎を呼び出して使役する妖術がありまして、どうもそれを使って自らの身体に取り込んだというか融合したというか……。早い話が怪物と混ざり合うことで人間を辞めて復活して逃亡中なんスよね」
彼女の説明にうへえ、というげんなりした顔になるアムリタだ。
「彼はですね……仲間だったあちきが言うのもなんなんスけど、ちょこーっと人格的に難アリの人物でございまして……。皆さんを逆恨みしてて報復に姿を現す可能性があるんスよね。元々がこちらの方々には片腕をブッ飛ばされてから恨みバリバリの状態だったスから」
「……あら、それをやったのは、多分私だわ」
相変わらずおっとりと驚くエスメレー。
「ほっほ~、それはまた……御姉様はそんなに御綺麗なのに大した凄腕なんスねえ。あれでも彼は皇国でも名の売れてる猛者なんスけどね」
糸目を薄く開いて驚くマコト。
「とまあ、そんなワケでございましてあちきらの主である正宗様がそれなら皆様のお側に控えてお守りするようにと……。無許可の護衛にウロウロされても目障りでしょうし、いっそこちらでお召し抱え頂けましたら幸いっス。大概のお仕事はこなせるっスよ」
「……まあ、そういう事であればいてもらって構わないわよ」
すんなりOKを出すアムリタ。
「それは大変ありがたいんスけど……。いいんスか? そんなにあっさり信用しちゃって」
「貴女のボスの怖さは身を持って味わったばかりだもの。その気になれば一撃で肉片に変えられる相手に今更仕掛ける罠もないでしょ……」
やれやれと嘆息しつつ半笑いでそう言うアムリタであった。




