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星々の日常は続く

 入って来たクリストファー。

 彼は相変わらず生気の無い青白い顔をしていて、今は緊張で若干表情を強張らせている。


「……悪かった。お前に酷い事をした」


 そう言ってクリストファーはアークライトに向かって頭を下げた。

 自分が背後から刺して殺しかけた相手に向かって謝罪する。


「クリストファー……」


 驚いて少しの間固まっていたアークライトだが、やがて静かに目を伏せて首を横に振った。


「いいや、あの時は私も正気ではなかった。君がああしていなかったらもっと取り返しのつかない事をしていたかもしれない。こうして私は今死なずに済んでいるのだから、この件はそれで終わりにしよう」


「アークライト……」


 恐らく非難されることを覚悟して来たのだろう。

 彼の対応にクリストファーは呆気に取られているようだ。


「やはり私たちはお互いにまだ理解が足りていないな。落ち着いたら改めて温泉に行って互いに背中でも流して親睦を深めるとしようじゃないか」


 ……それに付いてはただ曖昧に引き攣った笑みを返すクリストファーであった。


 ……………。


「ありがとう、アムリタ」


 二人でアークライトの部屋を退出して廊下を歩きはじめたアムリタとクリストファー。

 自分に礼を言って頭を下げるクリストファーにアムリタは穏やかに微笑みを返す。

 アークライトに直に謝りたいと言ってきた彼をアムリタは関係者に口を利いてここまで連れてきたのだ。


「どういたしまして。あまり怒っていないようでよかったわね」


 ……アムリタとしては、アークライトに殺されかかった自分が彼を許したその後で自分が殺されかかった事にキレるわけにもいかないだろうという計算もあって引き合わせたのだが、それはまあ口に出す事ではない。


「ところで……あの話もう一度考えてみてもらえない? 私は貴方に色々と手伝って欲しいのだけど」


「それは……」


 クリストファーの表情が若干曇る。

 アムリタは彼を自分の家の従者として迎えたいと申し入れたのである。

 友人として……シオンのようなものだ。


「ごめん。それは……できない」


 辛そうに頭を下げるクリストファーにアムリタも表情を陰らせる。


「そう。残念ね……」


「何かあれば声を掛けて欲しい。すぐに駆けつける」


 本当は……心の底から彼女の申し出を受けたいクリストファーだ。

 だが今の自分は何も知らな過ぎる。世の中の事を。

 物心ついた時からヴォイドの家に籠って『仕事』をこなすだけの日々だった。

 最低限の教養はあるが……それだけだ。

 そんな自分がアムリタに甘えればいつか彼女に迷惑をかける。負担になってしまう。

 だからまずは学ばなければならない。

 この世界の事を……そして、自分自身の事もだ。


(ありがとう。僕が……生まれて初めて好きになった人)


 アムリタを見てぎこちなく微笑むクリストファーであった。


 ────────────────────────


 戻って来たアムリタはカバンをソファの上に投げ出すと些か投げやりに椅子に腰を下ろした。


「……ご機嫌斜め?」


「何もかも思う通りには中々いかないわね」


 主の様子に微笑むアイラ。

 そんな彼女にはぁ、と大げさにアムリタはため息を付く。


「クリスは私といた方がいいと思うんだけどなぁ……。何もわからない世界で一人でやっていくのは色々大変だし、私ならその辺り色々教えてあげながら時にはかばってもあげられるし」


「彼にもプライドがあるのよ。男の子だもの」


 アイラには彼の気持ちが何となく理解できる。

 好意を持っている女の子に保護されている状態と言うのはきっと彼にしてみれば忸怩たる思いがあるのではないか。


「何もかもしてあげればそれが彼の為という事にもならないわよ。時には少し距離を置いて見守る優しさもあると思うわ」


「わかってるけど……わかってはいるんだけど」


 苦笑するアムリタ。

 これだけクリストファーの事が気にかかるのはきっと彼に共感(シンパシー)を感じているからだ。

 自分の手が誰かの血で汚れていると思っている者同士のシンパシー。


「そういえば……話は変わるのだけど」


 何かを思い出したようにアムリタは顔を上げる。


「『冥月(ヘルムーン)』って私が思っていた以上に安泰な家なのね。まったく政治に関与していないし何をしているのかも知らないから、今回みたいな事になったら危ないのかと勝手に思い込んでいたわ」


柳水(ちち)はやり手だからね」


 アイラが言うには鳴江の家は美術品を扱い交易をメインとする会社を運営しているのだそうだ。

 その規模はかなり大きく世界中に支店を持っている。

 王国に納めている税金の額もグレアガルド家に次いで二番目に多い。


 アイラは経営に一切関与していないのだが創設者の一族として顧問に名を連ねている。

 そこからの収入だけで一生食うには困らない程だ。


「業績はずっと右肩上がりだし、そうそう家が傾くこともないんじゃないかしらね」


「それならよかったわ。これ以上現十二星が欠けたらロードフェルド王子が熱を出しちゃう」


 ……………。


 自らの意思で十二星の制度の改革を始めたロードフェルド王子であったが、彼も予想していなかった不祥事の連打で建国以来の十二の家は半壊してしまった。

 恐らく王子としては『幽亡星(ファントム)』と『幻夢星(ミラージュ)』の二つの家をどうにかしたかったのだろうがそれに加えて『神耀(ソル)』『鬼哭星(ディザスター)』『天車星(ホイール)』『猛牛星(マッドブル)』の四つの家も十二星の座より転落する事となってしまった。


「新しい十二星の候補として考えていた家はあるが……。まさかここまで欠けてしまうとはな」


 疲れた顔で嘆息していた王子を思い出す。


「しかしこうなると大王(ちちうえ)には感謝しなければならないな。俺はお前を十二星にしようとは考えていなかったからな」


 器ではないと思っていたわけではなく、アムリタがそれを望むまいと王子は考えていた。

 実際アムリタももう一度一等星になりたいなどとまったく考えていなかったので大王の強引さがなければこうなる事はなかっただろう。


 ……………。


「別に1年や2年で全部席を埋める必要はないんじゃないかしら」


 アイラの言葉にアムリタも同意を示して肯く。


 この大陸でも有数の巨大な国土と国力を持つ王国の頂点に立つ者たちを選ぼうと言うのだ。

 慌ててとりあえず十二人揃えてみましたでいいというものではないだろう。


「本当に優秀な人なら民間から選んだっていいしね。私だって平民の出なんですから」


 その場合やはり「星を選べ」とか天体図を見せられながら言われるのだろうかとアムリタは思う。

 一応国の決まりとして三等星からの貴族の家には全てその家の守護星というものがある。

 とはいえ一等星でもなければ他人に己の星を告げる機会などほぼないというのが現状で、当主でも自分の家の星を知らなかったり忘れていたりするケースも珍しくはないのだった。


「あいたたた……。ようやくペンくらいなら持てるようになってきたわね」


 包帯に覆われた両腕からの痛みを堪えつつペンを持ち上げるアムリタ。


「そういえば、私の両腕がこんなになってるのに剣は傷一つなかったけど……」


 壁に掛けてある鞘に納められた古めかしくも美しい長剣を見るアムリタ。

 この剣は出陣の時にエスメレーが贈ってくれたものだ。


「……貴女も、多くの騎士たちを、指揮する身分なのだから、剣くらいは腰に下げていないと、駄目よ」


 そう言って鞘を付ける革ベルトを装着させてくれたエスメレー。

 まさか実際に抜く機会があると思っていなかった長剣。

 そういえばこの剣はどこから出してきたのだろう?


「ねえ、エスメレー。私にくれたこの剣って結構いいものなんじゃないの?」


「どうかしら? ……元々、嫁入りの時に実家が、持たせてくれた物だから。……聖剣『大いなる純潔(フローライト)』……名前だけは、とても立派なのだけどね」


 伝説の聖騎士が携えた一振り。

 クロスランドの誇る聖遺物であった。

 道理で無茶な使い方をしたのに傷一つ付いていないはずである。


 思わず肩がずるっと落ちるアムリタ。

 そんなものを自分が持っていていいのかとも思ったが考えてみれば何十年も箪笥の肥やしになっていたのだ。それと比べれば外気に触れさせている分自分の方が幾分かマシと言えるような気もする。


「……そんな事より、晩御飯は、シチューにしますからね」


「やったぁ。エスメレーのシチュー大好き」


 ……伝説の聖剣よりも大事な夕食のメニューであった。


 ───────────────────────────


 ある日の夜のこと、市街のお蕎麦屋さん。

 リュアンサ王女の経営する飲食店の内の一軒にアムリタが連れと食事に来ていた。


 その連れの二人の男……レオルリッドとミハイルは慣れない箸の扱いに悪戦苦闘している。


「うふふ、さしもの十二星の跡取り息子たちもこうなると形無しね」


 その点一日の長があるアムリタは器用に箸を使って蕎麦を啜っていた。


「勝ち誇っていられるのも今の内だけだ」


 ふん、と鼻を鳴らすミハイル。

 頼めばフォークも出してもらえるのだがそれをするのは彼のプライドが許さない。

 レオルリッドは、と見てみれば軽口に反応する余裕もないほど箸に集中している。

 あれでは折角の蕎麦の味もわからないのではないか、と小さく苦笑するアムリタだ。


「慣れるまでどれだけお代わりしてもいいわよ。支払いは私が持ちますからね」


 くすくすと笑って言う彼女に二人の青年は口を尖らせる。


「……それよりもお前、ウィリアム先生にお会いしたというのは本当なのか」


「ええ。あの人いてくれなかったら今頃私お墓の下だもの」


 レオルリッドの問いにうなずくアムリタ。

 ウィリアム・バーンハルトのお陰であの恐るべきリヴェータの攻撃から命を守ることができた。

 戦っている最中は腰が痛いとかボヤいていた彼であったが戦闘が終わるとケロっとしており、後始末のさ中にいつの間にか姿を消してしまっていた。


 するとミハイルとレオルリッドは何やらお互いの顔を見ている。


「……なんてズルい奴だ」


「ああ。私もまだお会いしたことがない」


 そして二人は珍しく意見を合わせてどちらもじっとりとした視線をアムリタに向けてくるのだった。


「いつかはお会いできるだろうとずっと思ってきたが、結局今の今まで会えずじまいだ」


「俺なんて全部初版で揃えているくらいのファンだぞ」


 口々に非難する二人を前に微笑むアムリタ。

 この調子では手帳にしてもらったサインは火に油を注ぐことになるので見せないほうがいいか、とそう考えながら……。



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