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裁きの一閃

 先に修練場へと足を踏み入れた標的に数分遅れ、ジェイドも中へ入っていく。

 今の彼は黒い布で口元を覆いそれを後頭部で縛っている。

 申し訳程度の覆面で素顔を隠す必要性はあるのだろうか……自分でも疑問だが、気分のようなものだ。


 本当なら……アムリタの姿を晒してあの男を糾弾したい。

 だがそれは難しい。

 学んで習得した強化の魔術も格闘術も(ジェイド)の身体で最大限に効果を発揮するように特化して修練してあるのだ。

 理由は単純で男の姿の方が身体能力に優れているからである。

 アムリタの姿でも戦う事はできるが戦闘力はかなり落ちる。


 欲を出して正体を晒し、万一殺しそこなってしまったら全ては終わりだ。

 だから仕方がない。

 今日の処刑はジェイドの姿で執行する。


 月光が青白く射すガランと広い修練場の中央付近にアルバートがいる。

 彼は苛立たし気に手櫛で髪を後ろへ掻き流していた。


「……来たか。不埒者め」


 不快感を隠そうともせずに荒々しく言うとアルバートは向かってくるジェイドを見る。


 薄暗い空間で両者の視線が交差する。


(王国の軍装……やはり内部の者か?)


 やってきた男の白い軍服を見てアルバートが僅かに目を細める。

 彼は自分を呼び出したジェイドがロードフェルドかリュアンサの派閥の者であると推測している。


「これはどういう意味だ? お前は何を知ってるというんだ」


 ポケットから折り畳まれた皺になった手紙を取り出し、それをヒラヒラと振るアルバート。

 ジェイドが足を止めた。

 二人の距離は……大体4mほど。まだ近接戦闘の間合いではない。

 魔術戦闘を得意とするアルバートの間合いだ。


 アルバート……彼の家十二星(トゥエルブ)の「天車星」ハーディング家に伝わる魔術は雷、電撃の魔術。

 アルバートもその直系として十数種類の多彩な雷電の魔術を使いこなし……。

 特に得意としているのは、()()であるという。


 だからこそ、こうして一人でやってくる。

 根底にあるものは油断だ。一等星の者らしく心のどこかで他者を見下している。

 いざとなれば自分だけで状況を解決できると思っているからこそだ。


「……答えろ!!」


「どうもこうもない。そこに書いてある通りだ」


 自分が思っていたよりもずっと静かで冷たい声が出た。


「僕はアムリタ・カトラーシャの代理で来た。……彼女は死の世界で泣いているぞ」


 声音だけではない。

 心も……とても静かで、冷たい。


「『信じていた人に裏切られた。背中から一突きにされた。悲しい。苦しい。辛い』とな」


「~~~~~~~ッッッ!!!!!」


 アルバートの端正な顔が歪む。

 驚愕し、こちらに向かって激しい敵意を向けてくる。

 どうやら自分の言葉は彼の中の何かを刺激し着火したようである。

 元来が感情の起伏の激しい男だ。


(いや待てッ!! まだ決めつけるな!! 遺体の傷を見れば組み立てられる作り話だぞッッ!!)


 動揺しつつもアルバートは必死に頭を働かせている。

 事の真偽はまだわからないが……本能的にはっきりと感じ取れた事がある。

 目の前の男は危険だ。

 ここで逃せば必ず主の大きな障害となる。

 情報の取得よりも排除を優先するべき……!!


「……………」


 覚悟を決めたアルバートが密かに魔術を放つ態勢に入る。

 自身が取得している魔術の内、最も単純な電撃を矢にして放つ魔術であれば彼は1秒で射出準備を完了する事ができる。


 この間合いは自分の間合いだ。

 何もさせず一気に倒す……!!


 青白いプラズマを纏う右掌を前方の男に向け……。


「……!!!?」


 いない。


 男がいない。消えてしまった。


「遅い」


 次の瞬間、声は自分のすぐ近くで聞こえた。

 一秒にも満たない……だが奇妙に長く感じる静寂。

 次いで全身を襲った激痛と衝撃。


「ぐあぁぁぁ……ッッ!!!!! ひぃぃ!!!!」


 意識が炎で焼かれているようだ。

 床に倒れたアルバートは左足を両手で押さえて悲鳴を上げて転げまわっている。

 彼の左足の、その膝は無残にも関節とは真逆の方向に折れ曲がってしまっていた。

 ジェイドは身体能力を極限まで強化し、一瞬でアルバートの間合いを侵略し膝を蹴り砕きへし折ったのだ。


「痛い!! 痛いよッッ!!! ギああぁッッッ!!!」


 激痛に泣き叫びながら床の上からアルバートはジェイドを睨みつけた。


「なんでこんなに酷い事をするんだ!! あの……あの娘の事は私には関係がないだろう!!!」


 血を吐くような叫び声だ。

 残った力を振り絞ってアルバートは非難の叫びを喉から放つ。


「関係ない事はないだろう」


 対する自分の返答はあくまでも冷徹で……。


「死にゆく彼女を前にして、主人に『自分に殺させればよかった』とまで言っていたのに」


「………………」


 一瞬痛みすら忘れてしまったかのように表情を凍て付かせてアルバートが硬直した。


「……み、見て……見てたのか」


 ざあっ、と全身を悪寒が駆け抜けていく。

 ブラフではない……この男は本当にあの時の真実を知っている。

 だが、どうしてだ?

 そんな事はあり得ないのに……!


 かつん、とブーツの底を鳴らしてジェイドが一歩アルバートに近付いた。


「……待て!! 待ってくれ!!」


 震える腕を持ち上げて床の上の男が必死に自分を留めようとしている。


「違うんだ、あれは……!! 仕方がない。仕方ないことだったんだよ!!!」


「………………」


 無言でまた一歩。

 執行者は近付いた。


「私たちの事情を知れば……お前だって、お前だって理解できるはずだ!! ああするしかなかった!! 望んでやったわけじゃ……ないんだよ!!!」


 そこまで話してアルバートは何かに気が付いたようにハッと瞳を震わせる。


「そ、そうだ!! 一緒にクライス様に会いに行こう!! あの御方にお会いすれば……話を聞けばわかってもらえるはずだ!! 私たちが個人的な感情ではない……もっと、もっと大きなものの為に……」


「ありがとう」


 え? と呆けたような表情でアルバートの発言が止まった。

 不意に口を開いたジェイドのありがとうの一言に。

 説得が通じたのか……そう思ってアルバートは目を輝かせ……。


 ……ブツン。


 それきり、彼の意識は永遠に闇に閉ざされた。


「……………」


 持ち上げていた右足を無言でジェイドが床に下ろす。

 その彼の前で首を奇妙な方向に捻じ曲げたアルバートがベシャッと潰れる様に床に崩れ落ちた。

 ……彼には見えていただろうか?

 絶命の瞬間に、自分の人生を終わらせたものがジェイドの放った一閃の蹴りであったという事が。


「ありがとう。……僕の決心が鈍るような事を口にしないでいてくれて」


 お陰で僅かに気持ちを乱すこともなくその一撃を放つことができた。

 既に息はなく、驚愕の表情を顔面に張り付けたまま天井を見上げているアルバートに向かって再度ジェイドは礼を言うのだった。


 ……………。


 アルバート・ハーディングを殺害しジェイドはそのまま官舎の自室へ戻って来た。

 周囲を警戒する事は忘れない。

 この時間に外から帰って来た自分を見た者はいない。


 上着を乱暴に脱ぎ捨てて椅子の背もたれに引っかけるとそのままベッドに身を投げ出す。


「………………」


 その身体が何度か細かく痙攣しながら縮み……アムリタの姿になった。

 ごろんと寝返りを打って天井を見上げる。


 目に見える景色がじわっと滲んでいく。

 今になって涙が出てきた。

 仰向けの彼女の横顔を流れ落ちていった雫がベッドに零れ落ちる。


(泣くな……。私には泣いている時間なんてない。その資格もない。何もかもまだ始まったばかりなのだから)


 あの男に……クライスに辿り着くまでにあと何人殺せばいいのかはまだわからない。

 アルバート以外には殺そうと決めている相手はいないが、邪魔をする者がいれば容赦はしない。


 とにかく、今はただ眠ろう。

 短時間にかなりの魔力を消耗してしまっている。

 精神的にも摩耗した。


 気持ちが昂り、眠れないのではないかと思っていたが目を閉じると思っていたよりもずっと早く意識は深淵に沈んでいった。


 ────────────────────────


 ……明け方になった。

 窓から差し込む朝の光にアムリタがゆっくりと目を開く。

 眠れたのは3時間足らずか……十分だ。


 自分を起こしたものは遠くから聞こえてくる喧騒である。

 朝になり、修練場のアルバートの亡骸が見つかったのだろう。

 昨晩は殺した彼はその場に放置してきた。

 どうせ遺体を隠蔽するのは不可能だ。


「…………うぇ」


 ベッドの上で身を起こしたアムリタが姿見に映った自分の姿を見て思い切り顔をしかめた。

 アムリタの姿のままだ……姿を男に戻さず眠りこけてしまっていたなどと油断が過ぎる。

 性別転換の術を己に使い、ジェイドの姿になる。


(さて、何にも知りませんって体で過ごさないとね……)


 とりあえず聞こえてくる騒ぎの音に無反応はまずい。

 手早く着替えて顔を洗い、ジェイドは自室を出た。


 丁度そこに同僚の衛士がいた。

 互いに顔と名前を知っている程度の仲が良くも悪くもない中年の男だ。


「おはようございます。何か……あったんですか?」


「ああ、おはよう」


 挨拶を交わした後、衛士の表情が曇った。


「誰か殺されたらしい。王宮内でだ。……とんでもない事になったな」


 はあ、と重たい息を吐く衛士。

 ジェイドもそれらしく眉をひそめておく。


 だが……続いた衛士の言葉には彼は驚愕を装う必要はなかった。


「犯人は殺した後で犠牲者を大聖堂の女神像から吊るしたそうだよ。……恐ろしい。神をも恐れぬ所業だな」


「……!?」


 一瞬、呼吸が止まった。

 自分の凍り付いた表情を衛士は犯行の残虐さへの驚愕と受け取った事だろう。


(大聖堂? 女神像? 何よそれ……)


 大聖堂は自分がアルバートを殺した修練場からは離れた場所にある。

 成人男性の死体を抱えてそこまで移動するのは相当な重労働だ。

 夜間とはいえ、誰にも見つからずにそれが可能だとは思えない。


(アルバートの事じゃないの? 他にも殺人があった……?)


 自分がアルバートの殺害を計画し決行したその日に、大聖堂でも別の殺人があったというのだろうか?

 しかしそうは考えにくい。


「聞いた話じゃ死んだ方は貴族で、しかも一等星だっていう話だし。もしそれが本当なら大事件だよ」


 ……やはりアルバートだ。そうとしか思えない。


 だとしたら、自分が放置した彼の死体をその後誰かが大聖堂まで運んで女神像から吊るした……?

 どうやって?

 何の意味があって……?


 疑問が高速で頭の中を渦巻いて頭痛を感じる。

 こめかみを押さえて表情を歪めるジェイドであった。

読んで頂いてありがとうございます!

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