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翡翠の青年

 ……その若者は生まれついて人の上に立つ事を運命付けられた者特有の強者のオーラを身に纏っている。


 長身……背は高く当然視線も高い。多くの者たちを見下ろす事が彼の基本姿勢となる。

 目線の高さ的にも精神的にもだ。


 凛々しくも雄々しい顔立ち。

 古代の武の神々を象る彫像のような面相。

 鋭い目付きが内心のプライドの高さと苛烈な性格を現している。

 背の中ほどまである美しいブロンドは各所に尖った跳ねがある。


 肩幅は広く全身は鍛え上げられている。

 気位の高さを裏付けるのは妥協無く己を練磨してきた事。

 礼装でもある白の軍服に身を包み左肩に赤いマントを垂らしている。

 若干二十歳にしてその胸元には武勲を示す勲章が光る。


『エールヴェルツの若獅子』

 彼を示す異名。


「紅獅子星」を守護星に頂く十二煌星家きっての名家エールヴェルツ家の嫡男レオルリッド。

 この国では絶対者である国王に次ぐ権力を有する十二の家の一つを将来継ぐ宿命にある若者だ。


 そのレオルリッドが今対峙しているもう一人の若者。


 彼は……酷く貧相にその場の者たちの目に映った。

 特別に小男というわけではない。

 年齢からする平均身長よりはやや下程度であろう。


 ただ長身にして体格の良いレオルリッドと相対すると彼の体躯には物足りなさが感じられる。

 身長差は約20cm……ほぼ頭一つ分。

 そして体格も華奢であり、その点においても金髪の若獅子とでは違いが顕著だ。

 両者が同じ白い軍装である事が尚の事差異を際立たせている。


 体格は強さだ。身長は強さだ。間合いは強さだ。

 体格差ですでに両者にはハンデがある。


 だが………。


 修練場に風が吹き込んできた。

 小柄な青年の琅玕(ろうかん)の色の髪の毛がふわりと煽られ、その下に覗く怜悧な瞳がレオルリッドを映し出す。

 まるで女性のような細面で整った顔立ちの青年だった。


(……コイツ)


 レオルリッドの左の目が一瞬僅かに細められた。

 それは彼の不快感を示す反応だ。


 青年の目には微かな怯えも、そして遠慮もないという事が見て取れたからだ。

 自分を畏怖していない。

 新入りの……平民が。


「ジェイド・レン……だったな」


 低い声。

 鞘から長剣を抜き放つ金髪の貴公子。

 それは修練用の刃が引いてある剣だが、それでも思い切り打たれれば骨を折る威力はあるだろう。


 ジェイドと呼ばれた緑色の髪の青年は反応しない。


「今ならまだ頭を下げて非礼を詫びるのなら勘弁してやらん事もないぞ」


 威厳のある厳かな口調である。

 二十歳そこそこの若者の出すそれとも思えない。

 そして実際にそれだけの言を発するに足る内面と家格を持つ男だ。


「お気遣いどうも」


 ……しかし、ジェイドはその言葉をさらりと受け流す。


「……でも君が気にするべきは僕の事ではなく、僕がうっかり手加減し損ねてしまった時に入院する事になる病室のベッドの寝心地だ」


「ほざいたな……!!!」


 ジェイドの挑発に怒気を噴き上げるレオルリッド。

 その怒りの度合いは凄まじく、彼の周囲の風景が蜃気楼のように揺らいで見えるほどだ。


 その二者の様子を固唾を呑んで見守っているのはレオルリッドの取り巻きの下級貴族の子弟たちだ。


(……うわぁっ! バカなヤツだ。引っ込みが付かなくなったんだろうが、レオルさんはベテラン騎士を圧倒できるくらい強いんだぞ……!!)


(プライドが高いからな……レオルさんは。もう血を見なきゃ収まらないだろ)


 ハラハラしつつも小生意気な新入りが自分たちの兄貴分に力で黙らせるのをどこか楽しみに状況を見守る取り巻きたち。


 緊迫した一幕であるが、事の起こりは今から一時間ほど前に遡る。

 赤い絨毯の敷かれた王宮の広い廊下が彼らの初顔合わせの場面であった。


 複数の取り巻きを伴って前からやってくる金髪の男。

 その顔と名前くらいは知っていた。

 十二の煌家の内でもかなりの有力者の家柄であるエールヴェルツ家の……その長子だったはず。


 下手に関わればこちらまで注目を集めそうな相手だ。

 やり過ごすのが吉。

 そう思い、ジェイドは脇へ退いて頭を下げ彼らが通り過ぎるのを待つ。


「……おい、お前」


 だが、一行は……正しくはその先頭を歩くレオルリッドはジェイドの内心をあざ笑うかのようにその場で足を止め、声を掛けてきた。


「はい」


 内心で舌打ちしつつジェイドは顔を上げる。

 金髪の若者は自分を見下ろすように硬質な視線を向けてきている。


「確か……ジェイドだったな。俺はエールヴェルツのレオルリッド。お前も俺の顔と名前くらいは知っていよう」


「…………………………」


 友好的とは真逆の雰囲気の中の相手の名乗りをジェイドは無言で受け止める。


「王妃様のお気に入りらしいが、王宮(ここ)で平穏に過ごしたいのであれば俺の癇に障る言動は慎む事だ」


 何とわかりやすい示威行動

 それだけだ。

 それだけ……なのに……。


 この日のジェイドは機嫌が悪かった。

 いや、この日はというか最近はずっとそうだ。

 当然である。

 自分が今何故ここにいるのか、そのような事になったのかを考えるだけで簡単に精神は真っ暗な沼の底の底まで一瞬で沈み込む。

 どす黒い殺意と溶岩のような怒りが始終自分を炙っている。


 だからもう……この衝突は不可避の必然であったのだろう。


「家名をチラ付かせれば尻尾を振ってくる連中を周りに並べておくのがお好みのようだが」


「……!!」


 頭の中で酷く冷静なもう一人の自分が渋い顔で「止めろ」と言っている。

 だがもう、一度口を付いて出た言葉はどうにも止められそうに無い。


「悪いが僕は付き合う気はない」


 瞬間。

 ……熱風が廊下を薙いでいった気がした。


 憤怒とはこういうものかと。

 感心してしまいそうになるほど激怒しつつ金髪の若者は振り返る。


「今の言葉、後悔するぞ」


 表情は冷静に見える。それが逆に彼の怒りの大きさを表しているような気がする。


「格の違いを教えてやる。修練場へ来い。その生意気な口を二度と利けなくしてやる」


 言い放つと返事も待たずに足早に歩いていくレオルリッド。

 一瞬、無視するかとも思ったジェイドであったが自分も挑発したのは事実だ。

 ならばどのような形であれケリは付けておかなければなるまい。


 自業自得とはいえ無意味な面倒を背負い込んだ……と、小さく嘆息してから彼らの後を追うジェイドであった。


 ………………。


 そうして……。


 今、ジェイドとレオルリッドは王宮の修練場で向かい合っている。


「魔術は使わん。せめてもの情けだ」


 レオルリッドが鞘ごと修練用の長剣を放ってくる。


 大貴族、十二煌星(トゥエルブ)は魔術師たちの家系でもある。

 それぞれの家には守護星を由来とする強力な魔術が伝わっている。

 魔術を使わぬというのは彼の手加減の意思表示であるのかもしれないが、この修練場が強力な魔術に対応できる構造をしていないというのが主な理由だろう。


 いずれにせよこの男は剣技だけでも国内でも上位の実力者だ。


「命まで奪うつもりはないが骨の何本かは覚悟するのだな」


 レオルリッドが模擬剣を構える。

 構えから既にわかる強者の気配。

 遠巻きに見ている彼の腰巾着たちがオーラに慄いている。


 ジェイドは……構えない。

 両手をだらんと下げて、剣も鞘に納めたままだ。


「おい……!!」


「始まっているのだろう? さっさと来ればいい」


 ミシッ、とレオルリッドの奥歯の鳴る音がはっきりとその場に響いた。

 挑発しているわけではないジェイド。

 しかし向き合う男からすればそれは侮蔑と挑発以外の何ものでもない。


「はぁッッッ……!!!!」


 裂帛の気合と共に鋭い踏み込みがくる。

 両者の10m程の間合いを瞬きの間にゼロにして……エールヴェルツの若獅子が襲い掛かってくる。


 速度も、そして威力も申し分の無い斬撃だ。

 しかしその高速の一閃を碧色の髪の青年は僅かに立ち位置を斜めに変える事で紙一重で回避してみせた。


「ッ!!!???」


 一瞬の驚愕。

 だがすぐに彼は精神と体勢を立て直す。

 空振りに泳いでしまっていた上体を引き締め横薙ぎの追撃を放つ。


 ……これも、また虚しく空を切った。

 わずかにジェイドが身を退いたのだ。

 ほとんど当たっているかのように見える。それほどの僅かな差でかわす。


 もう偶然のはずはない。

 背筋を駆け抜ける冷たい戦慄をレオルリッドは感じている。

 見切っている。

 自分の斬撃を……この男は!!


「おおおおッッ!!!!」


 咆哮した。

 己を奮い立たせる為の叫びだ。

 自分はこの国を導いていく身。そういう家の跡取りなのだ。

 こんな所で下位の身分の者相手に躓いているわけにはいかないのだ……!!


 激昂しながらも攻撃は鋭さ速さを増していく。

 だがそれも悉くこの翡翠の名の青年は回避する。


 軽やかなステップで……まるでダンスを踊るかのように。


「……………」


 全ての攻撃を回避しつつもジェイドは内心で舌を巻いていた。


 成る程……驕るのもわかる気がする。

 生まれ持ったものだけではこの攻撃は繰り出す事はできないだろう。

 ずっと、長い間血を吐くような鍛錬を己に課してきた者のみがなし得る動きだ。


 しかしその猛攻も自分には届かない。

 種を明かしてしまえば……自分は魔術を使っているから。


 この国の魔術とは何かを成形したり、或いは放ったりと目で見てわかる効果のものが主流でほとんどである。

 だから今現在、相対しているレオルリッドもジェイドが魔術を行使している事には気付かない。


 この青年の魔術は自身の内部に作用するもの。

 今は運動に関する各機能を大幅に魔術で強化している。

 視力や反射神経や全身の筋力等を増幅している。

 だから常人は目に捉えられないレオルリッドの攻撃が彼にはしっかりと見えている。そして余裕を持った反応もできる。


 卑怯……?

 相手は魔術を使っていないのに?


(僕は魔術を使わないとは言っていない。それに卑怯で結構)


 ぐん、と体勢を低くして空振りの斬撃を潜り彼の懐へと入り込む。


「!!!!」


 戦慄にレオルリッドが全身を硬直させる。


(どんな手だって使うさ。……()()()を奈落の底へ突き落としてやるその時まで。卑怯でも悪辣でも構うものか……!!!)


 真下から突き上げるように掌底で顎を打つ。


「ぐぁ……ッッ!!!」


 仰け反って吹き飛び、エールヴェルツの若獅子は修練場の床に背中から叩き付けられた。


 最後まで……ジェイドの手にしている修練用の剣はその柄に手が置かれることもなかった。


 ────────────────────────


 冴え冴えとした冷たい光を放つ三日月が空の頂きへと昇る。


 ジェイドは一日の職務を終えて王宮の敷地内にある官舎の自室へと戻ってきた。

 いつもより多少乱暴に部屋のドアを閉める。


「……はぁっ」


 大きく息を吐いてたった今閉めたばかりの部屋の扉に背を預けるジェイド。


 ……疲労している。

 日中愚かな諍いで体力を無駄に消耗した。

 全くもって意味のない一幕であった。


 いや、この肉体(カラダ)のコントロールの訓練であったと思うしかないか。


(コントロールというのなら、もっと自分の精神を上手くコントロールして……無駄に敵を作る言動は控えないと……)


 精神的に不安定である事は自覚がある。

「男」の生活にはいまだ慣れたとは言い難い。


「うぅ……っ」


 俯いて呻くジェイド。

 その肩がびくびくと痙攣するように跳ねている。


「ああ、あッ……!!!」


 前傾姿勢になりながら自分の両肩を掻き抱く。

 震える体躯に変化が訪れ、ミシミシと軋むような音を発しつつ縮んでいく。

 元々が小柄な青年であるが、さらに華奢に……そして丸みを帯びた体型へと。

 平坦だった胸板に僅かに双丘が隆起する。


 顔立ちもさらに線が細く……やや小顔に。

 瞳は若干大きく、睫毛は長く。


 再び顔を上げた時、僅かに以前(ジェイド)の顔立ちの面影を残しながらもその面相ははっきり少女のものになっていた。

 明かりも点けない室内で……ただ青白い月光だけが今だ呼吸を乱したままの彼女の美しい顔を照らしている。


 彼女の名は……アムリタ。

 アムリタ・カトラーシャ。


 二年前に非業の死を遂げたとされている十二煌星家の内の一つ、カトラーシャ家の一人娘であった。

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