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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嗚呼我が旅路

作者: 桜庭 朔

 幼い頃から、夢がありました。



 

 

 お元気にしていますでしょうか? 才気あふれていて生真面目だったあなたは、今頃何をしているのでしょうか。

 どんな形であるにせよ、きっと貴女らしく堂々と突き進んでいるのでしょうね。

 

 私の人生はまったく、順調極まりないと言っていいでしょう。

 波の音が心地よく響き、冬にふさわしい冷たさが心地よく全身を撫でています。朝方の薄く、青い光が眩しく目に焼き付くようです。

 日々を気ままに過ごし、友人に恵まれ、金銭にも食事にも住むところにも困ることの無い、とっても豊かな人生を過ごしています。

 

 あの頃からもう十年の月日が流れました。若かった私たちも、未熟ながら一人前の大人として数えられるような年齢となり、今や社会の歯車として日々働くようになっています。

 私たちの学校は頭のいい人も多かったですし、きっと優秀な人材として頼りにされている人も多いことでしょうね。

 それどころか、M君とN君、二人で会社を興したみたいですよ? 順調に軌道に乗ってきていて、黒字にもなって日々が充実していると、この前居酒屋でM君と偶然再会したときに嬉しそうに教えてくれました。

 お前も一緒に働こうと誘ってくれたのは、本当にうれしかった。


 それと、私達の学年主任をしてくれていたR先生。彼とも少し前に会いました。もう10年も前のクラスで、少なくない数のクラスの勉強を見てきたでしょうに、私達の学年の事も細かな所までしっかり覚えてくれてましたよ。

 彼曰く、「あの学年は教師人生をしていて1番個性的だった」だそうです。苦労をかけたと申し訳なくもあり、楽しそうに語ってくれることが嬉しくもあり。なんとも心地よい会話でした。


 先生とは、夢の話なんかもしました。

 3年の初秋頃。ほとんどの人が受験勉強もそこそこに遊び呆けていた時期。『夢』というテーマで同学年みんなで発表会をしたのを覚えていますか?

 あの頃はまるで小学生みたいだとこっそり思ったりもしてたのですが、なかなかに楽しい話のタネだった。どうやら私は適当言っていたのがバレていたらしく、あの頃の本心について追求されたりもしましたがね。親にもバレなかったと言うのに、教師というものには本当に頭が上がらないものです。


 幼い頃から、とある1つの夢をよく見るのです。

 私は普通に生活している。いつものように宿題をし、次の日の支度を済ませ、夕飯を食べお風呂に入り、ゲームをし、ベッドで眠りにつく。

 そういう生活の中に、ふととあるシーンが差し込まれるのです。

 それはお風呂でも、ベッドでも、ゲーム中でも。意味も理由も原因もなく、突発的に割り込んでくる。

 突然、首が大きな斧で刎ねるられるのです。

 もちろん夢の世界です。なので痛みは無いのですが、自分の首が真っ二つにされ、断面から血が泡のように吹き出る様はなんとも嫌な現実を纏っていました。

 夢と言いましたが、夜寝ている時に見るのではありません。その時、その行動をしている最中にふと、頭の中にそのシーンが浮かんでくるのです。

 うつ伏せで寝れば後ろから、座っていれば前から、あらゆる日常で私の首は胴と離れ離れになりました。


 幼い頃から、夢がありました。

 控えめに言えども頭の良い子として生まれ、生きてきました。少し運動が苦手で、だらしの無い性格ではありましたが、それをカバーしてくれる周囲にも恵まれ、大した勉強をしなくてもテストはいつも上の位置に居ます。

 友人とは仲が良く、頻繁に遊びに行きます。

 親は友人関係を大事にして欲しいらしく、遊びに行きたいから、という理由であればたまにお金を貸してくれることもあり、悠々自適に学生生活を送ってきました。


 幼い頃から、夢がありました。

 小学、中学と順調に進み、高校に進んでしばらく経った頃です。

 環境の変化に耐えきれなかったようで、精神を崩しました。

 とある朝、急に布団から出られなくなったのです。

 体が鉛のように重くなり、精神も頭も鈍くなりました。明かりの付いていない蛍光灯を眺めていると、いつの間にか夜になっています。

 3ヶ月ほどして普通の生活が送れる程度には回復しまして、鈍いながらも頭も動くようになりました。

 予定とは違うながらもこれも面白いと、隈と髭の目立つ顔を鏡で見て、嗤いました。


 幼い頃から、夢がありました。

 その頃からでしょうか。

 忘れ物も酷くなり、集中力も大きく減りました。

 部屋の外から響く足音が、ノックの音が。いやに大きく耳に響いて、私の心をざわつかせます。

 酷い時には動悸がして、少し休まないといけなくなるほどでした。

 波打つ精神を必死でなだめながら、私の顔はいつの間にか笑顔になっていたことを覚えています。



 それから必死で生き、ままならない生を乗り越えてきました。

 ふと。そろそろか、と思い立ちました。


 幼い頃から、夢がありました。

 それは、周囲の期待も、世間の目も。何もかもを投げ捨て、破滅に向かう夢。


 幼い頃から、夢がありました。

 それは、絶望などという下らないものから来る感情ではなく、生まれた頃から刻み込まれた私の本能でした。


 幼い頃から、夢がありました。

 少し予定とは違いましたが、私は今、破滅の人生の最期に居ます。あらゆるものを裏切り、独りよがりに人生を壊して進んでいます。


 幼い頃から、夢がありました。


 幼い頃から、夢がありました。

 

 幼い頃から、夢がありました。

 私の人生はまったく、順調極まりないと言っていいでしょう。

 くぐもった波の音が揺り籠のように私を包み、冬の海にふさわしい冷たさが私から熱を奪っていきます。まだ薄暗い空が水面に反射して揺らめいています。まばゆい朝日が屈折し、眼を突き刺すように私に届いております。


 

 冬の海に沈みゆく私の訃報は、貴女に届くのでしょうか?

 届いたのであれば、貴女は私に何を思うのでしょうか?

 私が青春を共に過ごしたあなたの心は、私の死に少しでも揺らめいてくれるのでしょうか? 一筋でも涙を流してくれるのでしょうか?

 それとも、貴女の魂は欠片も陰ることなく、輝き続けるのでしょうか?


 どちらでも私は嬉しいなと、心よりそう思います。

 

 さて、そろそろ私の思考も薄れ始めました。これにて私は人生を夢に捧げ、この世より一人脱落いたします。

 全く、幸せな人生でした。

 それでは、貴女も、皆様も。どうかお元気で。どうか幸せな生を過ごされますよう。

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