9.求めているのは
「それでは参りましょうか」
目の前のルマがそう言った。
身体にベルトを巻きつけ、大きな荷物を左右に下げた状態の――フェンリルの姿をした彼女だ。
「えっと……?」
「わたしの背中にお乗りください」
困惑するミリシャだったが、やはりそういうことだ。
ルマに乗っていく――考えてみれば、その方が速いに決まっている。
地面にぴったりと張り付くように待機しているルマだが、やはり狼の姿になると圧倒される。
一度毛並みを味わわせてもらっているが、乗るとなるとまた緊張する。
ただ、尻尾を大きく振っているルマをいつまでも待たせているわけにもいかない。
意を決して、ミリシャは彼女の上に乗った。
「では、出発しましょうか」
「わっ」
ルマが立ち上がると、やはりそれなりの高さになる。
そして、ゆっくりと歩き出した。
「いかがですか? 乗り心地は」
「なんか、初めての感覚でどう言っていいか分からない、けど」
フェンリルの背中に乗った人間は――果たしてこの世にいるのだろうか。
ただ、揺れが大きいということもなく、快適なことには違いない。
「いい感じ、かな?」
「それはよかったです。速度は出しませんが、念のためにしっかり掴まっていてくださいね」
ちょうど、目の前には身体に巻いたベルトに取り付けられた手すりがある。
人を乗せるために用意された――というより、ミリシャのために準備してくれたのだろう。
「そう言えば、このベルトってどうやって巻いたの?」
純粋な疑問だった。
荷物などをフェンリルの姿でも背負うためのものだろうが、しっかり金具などで止めるにはどう見たって一人でできそうにはない。
「これの身体に巻いているベルトは伸縮性にとても優れているんです。なので、人の姿の状態で取り付けて、後からフェンリルの姿に戻る感じですね」
「な、なるほど……」
きちんと考えて作られているものだった。
「私のために用意してくれた、ってことでいいんだよね?」
「はい! もちろんです!」
意気揚々とした様子でルマは答える。
何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、きっと彼女が求めているのは違う。
「ありがとう。助かるよ」
そう言って背中を撫でると、ルマは耳をピンと立てて、見ていなくても分かるくらいに尻尾を振った。
「ふへへっ、ミリシャ様に喜んでいただけて嬉しいです!」
――普段はクールな見た目の女性で、今はフェンリルの姿なのに、まるで子供のように喜ぶ声が耳に届き、やはりギャップがすごい。
「ご気分が優れないことがありましたら、すぐに申し付けてくださいね」
「うん、今のところは大丈夫かな」
「ではでは、町を目指して行きましょう!」
ルマはそう言って加速――することもなく、足取りはのんびりとしていて、森の中を散策するような感じだった。
本気で走り出したらどうなるのだろう――気になるけれど、さすがにそれを言い出す勇気は今のミリシャにはまだない。