8.手伝い
――互いに衣服に身を包んで、朝食の時間。
ルマが用意してくれたのは、森で採れた果物や狩りで得た魔物の肉だった。
ミリシャにとっては久しぶりの食事になるのだろうけれど――正直、そんな感覚はない。
「お口に合いますか?」
「うん、美味しいよ」
「それはよかったです」
ルマは嬉しそうな笑みを浮かべ、尻尾を振っている。
相変わらず、執事スタイルは徹底しているために、ミリシャと同じテーブルにはつかず、少し控えているような形だった。
「ルマも一緒に食べない? 何だか落ち着かないし……」
「わたしはミリシャ様の従者ですので」
「私が一緒に食べたいな、なんて……」
そう言いながら、ちらりとルマを見ると、彼女は随分と喜んだ様子で、
「そういうことでしたら……ご一緒させていただきます」
そう言って、席についてくれた。
――従者と言っても、彼女はあくまでミリシャの望んだことに応えてくれるようだ。
もちろん、ミリシャとしてはフェンリルを従者になんてするつもりはないし、むしろ生き返らせてもらったのなら――彼女の方が立場的には上だと思っている。
食事を済ませた後、ミリシャはルマに尋ねた。
「昨日言っていた、魂が定着するっていうのはどれくらいかかるものなの?」
「そうですね。完全な定着というと、それなりに時間はかかります」
「そっか。やっぱり、人のいるところに行ってみたかったんだけど、もう少し待った方がいいよねってことだよね?」
「いえ、ご無理をなさらなければ大丈夫かとは思います。ミリシャ様が望まれるのであればお供致しますよ?」
断られると思っていたけれど、ルマからの許可が下りた。
五百年――正直、途方もないほどの年月が流れている。
もちろん、ミリシャの生まれた故郷についても――気にならないと言えば嘘になる。
知っている人はもう生きていないのだろうけれど。
「せっかくだし、案内してほしい――って、あなたの足で半日くらいかかるんだっけ……?」
「歩いた場合ですね。わたしだけならもっと早くつきますが、そこまで急いで行くこともないと思いますし、休憩を挟みながらでいかがでしょう?」
「ルマが大丈夫そうなら」
「わたしのことならお気になさらず! どこまでも頼ってください!」
胸に手を当てて、誇らしげな表情を浮かべてルマは言い放った。
彼女としては、頼られることが本当に嬉しいようで、尻尾にその感情がよく表現されている。
「では、出発の準備を致しますので、必要な物があれば何でも申し付けてください」
「準備――っていっても、私物はないし、途中で野営するのに必要なもの、とか?」
「承知致しました。他に何か御入用であれば、いつでもご申し付けください。わたしは準備をして参りますので」
「あ、準備するなら手伝えることがあるならするよ?」
「いえいえ、ミリシャ様のお手を煩わせるようなことはございませんので。こちらでお寛ぎながらお待ちください」
ルマはそう言うと、奥の部屋へと引っ込んでいく。
一人残されたミリシャは、ソファに身体を預けるようにして座った。
「このソファなんかも、私のために用意してくれたってことかな?」
ルマはフェンリル――人間の生活に溶け込む者もいると言っていたけれど、彼女はどうなのだろう。
それに『蘇生魔法』で寿命を半分も削って、ミリシャはただ彼女に言われた通りに待っているだけ。
さすがに、落ち着いてはいられなかった。
すぐに立ち上がって、彼女が入って行った部屋へと向かう。
「あの、私もやっぱり何か手伝いを――」
扉を開いて目に入った光景は、おおよそ信じられない大きさのカバンをルマが片手で持ち上げているところだった。
それこそ、ミリシャの身体よりもずっと大きい荷物で。
「ミリシャ様、どうかなさいましたか?」
「あ、えっと、何か手伝いをって……」
「私も時々出かけるので、荷造りはそれほど時間はかかりませんから大丈夫ですよ。もう少しだけ待っていてください」
ルマの言葉にこくりと頷いて、ミリシャはそのまま部屋に戻る。
人の姿をしていても、力の強さはやはり人のそれを超えていて――見た瞬間に、ミリシャに手伝えることはなさそうだと思ってしまった。