6.『魔力制限』
「も、申し訳ありません。調子に乗って頭まで撫でてもらうなんて……!」
「私が撫でたかったんだから、気にしなくていいよ。むしろ、これくらいはさせてもらわないと」
結局、三十分くらいは膝枕をしていただろうか。
ふと、遠くから聞こえる魔物の鳴き声で我に返ったルマが身体を起こし、ひたすらに謝ってきた。
別にこれくらいならいつでもやるし、喜んでくれているみたいだからよかった。
フェンリルと言うと、やっぱり伝説の魔獣のイメージがあるけれど、どうやらミリシャには本当に懐いてくれているようだ。
従者というより、いっそ友人関係でも築けた方がいいのではないか、と思ってしまう。
「ところで、今の鳴き声って魔物だよね?」
「はい、そうですね。この辺りにはそれなりに、魔物が生息しておりますので」
「……『ウェルダ霊峰』は、私も知っているけど、強力な魔物がたくさんいるって話だし、一応確認なんだけれど、ここは安全なの?」
「わたしがここで一番強いので、安全ですよ」
物凄くシンプルな答えが返ってきた。
確かに、フェンリルと言えば地上に限れば最強種の魔物――空まで含めるとドラゴンとどっちが強いか、という話になるかもしれないが、そういう意味ではルマはこの霊峰の主みたいなものか。
実際にここの魔物と戦ったことがあるわけではないが、霊峰からやってきた魔物によって、数十名規模の軍隊が壊滅に追い込まれた、という話はしっかり記録で見たことがある。
霊峰の入口付近の魔物ならばまだ戦えるかもしれないが、それこそ命がいくつあっても足りないだろう。
一人で軽く散歩に――なんてことはここではまず無理な話だ。
もしも、ルマがいなければ――考えるだけでも恐ろしくなる。
「心配ご無用です。わたしが傍におりますから」
ミリシャの心を読んだかのように、ルマは自信に満ちた表情で言い放った。
――ミリシャが安心できるように配慮してくれているみたいだ。
フェンリルである彼女の強さを見たわけではない。
『蘇生魔法』などという、それこそ人が扱うことができない魔法を使えるのだから――規格外であることは間違いない。
ただ、ミリシャには一つ気がかりなことがあった。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、一つ聞いてもいい?」
「はい、何でも聞いてください」
「ルマとわたしの魔力量にそこまで差がないように感じるのは、気のせいではないよね?」
「そのことですか。普段、わたしは『魔力制限』を掛けておりますので」
「『魔力制限』?」
「はい。魔物の中の上位種は特に魔力が高すぎるために、身を隠すことが難しいです。なので、普段は『魔力制限』を課して、そこらの魔物と同じように見せかけているんですよ」
――聞いたことはある。
ドラゴンやフェンリルのような強すぎる魔物達が、どうして居場所を悟られることがないのか。
魔導師ならば『魔力探知』を会得しているし、ある程度の魔力があれば感知できる。
それなのに、今のルマからは魔力はあまり感じられず、それこそミリシャと変わらないと勘違いしてしまうレベルだ。
つまり――偽装をしているのだ。
「自身の魔力量に応じて制限をかけるという感じですね」
「ちなみに、ルマはどれくらいの制限をかけているの?」
「わたしですか? 人間の魔力を一として――大体、二十くらいですかね」
「二十……? 二十倍の魔力量ってこと?」
「制限に関しては単純に二十倍、というわけではないですね。可能な限り小さくするために、『魔力制限』を何重にもかけているので。それで人より少し魔力が多いくらいでしょうか」
何重にもかけて、それでようやく人のレベルになる――格が違った。
先ほどフェンリルの姿に戻った際にあった悪寒は、魔力による影響もあるのだと思っていたが、彼女は制限をかけて今の状態なのだ。
大人のフェンリルの強さがうかがえる――思えば、ミリシャが死んだ時だって近くに彼女の母親がいたはずなのだ。
それに気付かなかったのも、魔力制限のおかげなのだろうけど、ある意味では気付けなくてよかったのかもしれない。
もしも母親がフェンリルの姿のままでミリシャの前に姿を現してきたら、きっとルマがフェンリルを名乗った時点で恐怖から逃げている。
今は、ルマがミリシャに好意を向けてくれているのが感じられるから大丈夫だけれど。
ルマの実力に関しては、説明だけでも十分に理解できた――そう思ったところで、不意に身体がよろめいた。
「……っと」
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。ありがとう。ちょっとふらついただけ」
座った状態だが、眩暈に近い感覚だった。
「やはり、今日はもうお休みになられた方がいいかと。まだ安定していないようですので」
「……そう、だね。眠気も残ってるし」
「安心してお眠りください」
そのままベッドに寝かされた後に、ルマから真剣な表情を向けられて、思わず視線をそらしてしまう。
性別は同じはずなのに、やはり彼女の顔立ちのせいなのか、思わずときめいてしまうことがある。
いや、かっこいい女性にそういう感情を抱くことだってあるだろう。
ルマの場合、チラチラと大きく振れる尻尾が見えるが。
そのギャップに思わず笑ってしまいそうになる。
こうして、ミリシャとルマの生活は始まった。
――この後、また服を脱がされることになるとは思わなかったけど。