5.ギャップ
ルマがフェンリルであることを確認して、二人は部屋へと戻った。
やはり、人型の姿の彼女の方が今は落ち着く。
先ほど外から確認したが、この家は二階建てでそれなりの大きさがある。
けれど、外観は汚れているわけでもなく、きちんと手入れをしているようだった。
やはりというか、恩返しと言われても申し訳ない気持ちの方が大きくなってしまう。
再びベッドに腰掛けると、ルマはミリシャの傍に控えるようにして立つだけだ。
「……座らないの?」
「ご要望であれば」
「要望というか、疲れないのかなって」
「お気遣いありがとうございます。ですが、わたしは平気です」
彼女は徹底して、従者としての立場を見せるつもりらしい。
気を使われている――むしろ、ルマに対して何かできることがあればいいのだけれど。
「そうだ。ルマって……私に会いたかったってことで、いいんだよね?」
「はい、もちろんです。こうして一緒にいられるようになって、嬉しい限りですから」
「それならさ、私と一緒にしてほしいこととか、ないの?」
「! してほしいこと、ですか」
ミリシャの問いに対して、少し驚いた表情を見せるルマ。
同時に、やや尻尾が大きく揺れた。
これは、何かありそうな気がする。
「いえ、特には望みません。一緒にいられたら、それで十分です」
「そんなこと言わずにさ。お互いよく知らないわけで、その、私もいきなり仕えるって言われても、なんて言ったらいいのかな……。平等じゃない、というか。やっぱり、私からも何かできたらなって思って」
「ミリシャ様……わたしのためにそこまで考えてくださるとは、ありがとうございます」
ルマは嬉しそうだった。
仮にミリシャとルマが主人と従者の関係になったとして、見返りもなくただ与えられ続けるような生活はしたくない。
ミリシャは彼女に助けられたのだから、何か恩返しはしたいのだ。
すると、ルマは視線を逸らしながら、何やら小さな声で言う。
「それでは、その……一つだけ、よろしいでしょうか?」
「一つなんて言わないで。私にできることなら何でもいいよ」
「いえ、ミリシャ様はまだお目覚めになられたばかりですので。では――膝枕を、してほしいのですが」
「膝枕?」
ミリシャは思わず、首を傾げてしまった。
そんなことでいいのか、と思ったが、ルマは何やら恥ずかしそうに顔を赤くしながら、尻尾をぶんぶんと振っている。
気付いているのかいないのか、彼女の感情が尻尾だけで本当によく分かる。
――どうやら本当に、膝枕が望みのようだ。
「それくらいなら、いくらでもいいよ?」
「! ほ、本当ですか!?」
「もちろん。はい、どうぞ」
ミリシャは両手を広げて、受け入れの態勢に入る。
ルマは頷くと、ミリシャの隣にぽすっと座り込んだ。
「では、し、失礼を」
そのまま、ゆっくりとした動きでミリシャの膝の上に頭を乗せる。
耳の生えた頭部もまた、もふもふとした感触があった。
人型になっても、あの毛並みは維持されているらしく、膝枕をしている側なのに温かくて気持ちがいい。
尻尾を見れば、元気に色んな方向に動いていて、時々ミリシャの腕を掠めてくる。
「……わたしは五百年前から、ずっとミリシャ様と一緒にいました。お話をしたくてもできなくて、ただわたしは――あなたに感謝を伝えたい一心で、ここまで生きてきたんです。それが今、こうしてお話ができるどころか、あまつさえ触れ合い、膝枕までしてもらえるなんて……感激という他ありません……!」
膝枕くらいで大袈裟だ――そう言いたいところだが、ルマにとっては五百年間待ち望んだ瞬間だと言うし、その気持ちは計り知れない。
ただ、あまりにもルマが喜ぶので、ミリシャとしても少し恥ずかしくなってきた。
執事服に身を包んだ、狼耳と尻尾の美少女を膝枕するなんて状況が来るなんて、ミリシャは考えもしないことで。
恥ずかしさを紛らわせるために、ミリシャはルマに問いかける。
「えっと、せっかくだし、頭とか撫でてもいい?」
「えっ、頭ですか……!?」
「嫌だったらいいんだけど」
「ぜ、全然嫌ではないです! ど、どうぞ、お好きなように……!」
先ほどまでは冷静だったルマの口調が、どこか慌ただしいものになっていた。
ミリシャはそっと、ルマの頭を撫でる。
柔らかい髪質をしていて、触ると幾分か落ち着いたのだが――
「くぅん……!」
何やら、犬っぽい可愛らしい声を漏らしながら、ルマの尻尾はより一層大きく振れていた。
クールな女性の印象を持っていたが、思った以上に犬っぽい気がする――そんな印象に変わっていったし、何よりギャップがすごかった。