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3.『蘇生魔法』

 女性――ルマはかつてミリシャが助けた子犬……もとい、フェンリルだという。

『かつて』と言っても、ミリシャからすれば本当に今さっきの出来事のことだ。

 眠りについて、夢見心地なままに気付いたら、美少女と一緒にベッドにいた、という状況なのだから。

 彼女が使用したのは『蘇生魔法』――その名の通り、生物を蘇らせることができるという、禁忌の魔法だ。

 禁忌と言っても、人間が扱えるレベルにはない。

 文献によれば、上位の竜族――すなわち『ドラゴン』や、フェンリルと言った魔物の中の上位種が使用できる、という話は見たことがある。

 現実的に確認するのは不可能な話だ。だって、彼らは高い知性を持っているが、決して人間と慣れ合うことはしないと言われている。

 だからこそ、目の前の女性がフェンリルであるということは、にわかには信じがたいし受け入れていいものか迷ってしまう。

 ――とはいえ、こうして傷が治っているし、少なくとも助けてもらったのは事実だろう。

 思えば、ミリシャが受けたのは致命傷だったし、仮にあそこで誰かに見つけられたとして、助かる見込みはなかったはずだ。

 そうなると、ミリシャは『蘇生魔法』をこの身に受けるという、とんでもない体験をしたことにもなる。

 やはり、どうにも信じられない現実だが。


「えっと、とりあえず……ですね。助けていただいて、ありがとうございます」

「? いえ、ですから助けていただいたのはわたしの方ですよ?」


 ルマは首を傾げて言う。

 ミリシャはただ、巻き込んでしまった彼女を治癒しただけで、助けたというのはおかしい気がする。


「いや、あの時、命を狙われていたのは私なわけで、それで怪我をさせたから……巻き込んだっていうのが正しいですよ」

「わたしから近づいたんですから。あの頃は、わたしもまだまだ幼い子供でして、色々興味の出る時期だったんです。こういう風に、人の姿を取ることもできませんでしたし。母とはぐれて一人のところ、あなたを見つけたんですよ」

「そ、そうだったんですね」


 母ということは、あの時にルマの母親のフェンリルも近くにいた、ということだろうか。

 もしも、彼女を抱えている時に見つかったら――果たして今があるかも分からない気がする。


「母はあの頃にはもう病気で、あまり匂いを辿れたりできなかったのに、離れたわたしが悪かったんです。そんなわたしを保護して、それで怪我を治してくれたんですから、ご主人様は命の恩人ですよ」

「命の恩人って、そんな大袈裟で――って、ご主人様……?」

「はい。何かおかしかったでしょうか?」

「いや、何かというか、呼び方がおかしいです」

「呼び方? あ、お嬢様の方が正しい言い方ですか?」

「そういう意味ではなく! どうして、私があなたの主人に?」

「なんだ、そのことですか。それはもちろん、命の恩人であるあなたに、わたしは恩返しをしたいと思っています」

「それは、はい。さっき聞きましたし、もう十分すぎるくらいです」

「いえ……わたしはあなたと蘇生して、仕えることで恩を返すことに決めたのです。そのために、わたしは今日まで生きてきました」

「今日までって……」


 さりげなく五百年経過している、という現実もあった。

 本当に五百年経っているのだとしたら、果たしてミリシャの故郷も存在しているのかどうかも怪しいものだ。


「そんなすごい魔法を使ってもらっただけで、本当に十分なんですよ。それに、本来人間じゃ扱えないような魔法ですし、リスクだってあるんじゃないですか……?」

「リスク? ないですよ」


 さらっと言ってのけるルマ。フェンリルくらいの高等種となると、蘇生魔法は打ち放題なのだろうか。


「一度しか使えないという制約と、寿命が半分程度削られるくらいですかね」

「いや、物凄いリスクあるじゃないですかっ!」


 思わず彼女の両肩を掴み、大声で叫んでしまった。

 たった一度しか使えず、寿命の半分を消費するなんて、高すぎるリスクだ。

 長命だというフェンリルでそれだけの代償が必要なら、人間が使えるはずもない魔法だ。

 いや、もはやミリシャの考える魔法と同義に考えていいのかも、分からない。


「私なんかのために寿命を半分って……」

「なんか、ではないですよ」


 グッと、ミリシャの両手を掴み、ルマはそっと膝の上に置く。


「何度でも言います。あなたはわたしの恩人であり、わたしはあなたに恩返しをすると決めました。これは、母にも相談して決めたことなんです」

「……お母さんに?」

「はい。あなたに怪我を治してもらった後、わたしは母と再会しました。そこで、命の恩人であるあなたを紹介しようとしたところ、すでに事切れていたのです。どうすれば恩返しできるのか、と母に問いかけました。母はわたしに、『本当に恩を返したい?』と尋ねてきたので、わたしは頷きました。そうしたら、母はあなたの肉体と魂を『絶対零度』で保存してくれたんです。そうして、ようやく蘇生魔法まで会得したので、蘇生させていただきました!」

「……うん、なるほど」


『絶対零度』で肉体と魂を保存――というあたり、やはり次元が違いすぎる。

 おそらくフェンリル特有の魔法なのだろうけど、五百年の間――ミリシャの肉体と魂が劣化しないようにしてくれた、ということだろう。


「フェンリルは誇りを大事にします。フェンリルの誇りとは、すなわち自身がどうあるべきか、どうすべきかを決め、それに従うこと――わたしは、この助けていただいた命をあなたのために使うことが、恩返しになると考えたんです。この五百年、そのために生きてきました」


 真っ直ぐな瞳で、ミリシャのことを見据えて言い放つルマ。

 ――覚悟が重すぎる。

 五百年なんて、人間で言えば長生きして五回くらいあるし、その間考え続けた結論なんて言われたら、軽々しく否定もできない。

 ミリシャも「じゃあ、よろしくね」なんて言えるほど、精神が強いわけではなかった。

 ただ、あまりに強い眼差しに見つめられるもので、


「……一先ず、お試し期間、って言ったらいいんでしょうか?」

「! なるほど、わたしが従者に相応しいか、見極めるということですね」


 ――全然違う。

 従者とかそういう関係になるつもりは正直ないけれど、まずは今の状況を確かめるのに、頼れるのは彼女しかいないのだ。


「それじゃあ、最初のお願いなんですけど……」

「はい、何でしょうか?」

「服、いただけますか?」


 先ほどから、お互いに何も着ていない状況なのは、そろそろ何とかしたいと思っていた。

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