こんな展開、現実ではありえない
「きゃあぁぁぁぁ……っ!」
女性の声が頭に響く。
応接間では、男女が二人向かい合っており、私はティーカップに紅茶を注いでいるところだった。
が、溢れているっ!
カップから紅茶が溢れ、テーブルがびしょびしょに濡れている。
「アリサ、大丈夫?」
向かいの女性が、アリサに声を掛ける。
思わず、その容姿をマジマジと見つめてしまった。
ご令嬢からは、品のある立ち居振る舞いが感じられ、一目見るだけで彼女の上品さが伝わってくきた。
眼とかキラキラしているし、全体的に完璧な容姿すぎる。まるで絵画から、というより少女漫画から出てきたような……そんなご令嬢だった。
「全く、昔からの付き合いだけど、そういうところよ。ほんとドジね。零したところ、すぐに拭きなさい、アリサ」
「……ご、ごめんなさい」
アリサに向かって、ご令嬢は深いため息を吐いた。
言われた通りに、アリサはフキンでテーブルを拭いたが、ふと気になったワードがあった。
「ん? アリサ?」
咄嗟に、答えてしまったが、私の名前はアリサではない。
アリサは、先ほどまでプレイしていた乙女ゲーの主人公だ。
彼女は17歳くらいの女性で、ルシファーの専属の使用人で……。
(あれ、でも今私が着ているのって、給仕服じゃん。学校の制服じゃないっ!)
その事実に驚いていると、
「アリサ、大丈夫かい? ぼぉっとして」
横から顔を覗かれて、心臓がキュンキュン締め付けられた。
(ありえない……っ!)
不思議そうな顔をしつつも、微笑を浮かべている銀髪の男性。
彼の銀髪は煌めき、透き通るような肌に、瞳は深い青色。
その瞳の奥には少し儚げなで表情で、深い神秘が秘められているようだ。佇まいは品のある美しさを持ち、まるで絵画から抜け出したような存在感。
いや、絵画というか、これって――。
「さっきの乙女ゲーじゃんっ!」
思わず、大声で叫んでしまった。
先ほどのご令嬢もそうだ。
この男性は、先ほどプレイしていたゲームの――。
(ルシファー様だっ……!)
ルシファーはこちらを心配そうに、顔を覗いている。
唇は微笑みを浮かべているが、蒼瞳にはどこか哀愁を帯びている。その瞳の奥には、深い想いがにじんでいるようで、たとえ言葉がなくても、こちらを心配してくれているのが凄く分かってしまう。
そんな目で見つめられては、動悸が激しくなるのも無理はない。
(はぁ、はぁ……落ち着け私。ちょっと心配してくれる表情するだけで、この威力っ! ルシファー様、恐るべしっ)
心臓の鼓動を収めるために、深く深く深呼吸をする。
そうしてアリサに対して、ルシファーは顔を近づけてきて……。
そっと顎をくいっと持ち上げられてる。
(えっ、これって……⁉)
ルシファーの眼差しは深く、熱を帯びていた。そして、距離を少しずつ縮めて、彼の唇がゆっくりと近づいてくる。その瞬間、アリサの心臓は激しく脈打ち、緊張と興奮が入り混じる。一瞬一瞬が永遠に思えた。彼の吐息が感じられる距離に、思わず目を閉じた。
アリサとルシファーの距離がゼロになったそのとき――。
お互いの額同士が、ぴったりとくっついた。
眼を開け、頬が熱くなってしまった。彼の体温の暖かさが、胸の内まで届き、体中の血液が沸騰していくのを感じた。ルシファーが息を吐く度に、彼の存在を真近くに感じる。
「う~ん、熱はやっぱりあるみたいね。どんどんアリサの体温が上がってくる」
「そうね、アリサ。仕事で疲れてるんじゃない?」
「そうだね、休ませた方がいいか」
「……キュゥン」
「どうしたアリサっ!」
「なんか胸を抑えてるけど、苦しいのっ!」
胸を抑えて、絨毯のマットに突っ伏しているアリサ。
あぁ、ここは現実ではない。
体温計がないから、お互いの額同士で測るとか、もうこれはフィクション世界でしか存在しない。それに、この胸キュンは、現実では起こりえない。
どうやら私は、乙女ゲーの世界へ転生してしまったみたいです。
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