俯くな嘆くな前を見ろ
『有名な公爵令嬢の義理の弟になったかだけなのに。完全に玉の輿じゃないっ!』
『母親が娼婦なのに、ルシファー様に立てつくなんて……話すだけでも汚らわしいっ! 」
『才能のないあなたなんて、誰も見向きもされないわ』
人々は指差し、「お前なんか要らない」と罵倒の言葉を浴びせていた。誰しもがアレックスのことを罵倒し、共感するように笑い合った。そんな声が脳内で響くたびに、アレックス自身が透明になっていくようだった。使用人や義理の兄弟たち、学園のクラスメイトですら彼の相手をしない。
(分かっている、俺には何もない。アイツの足元に及ばないことくらいは……)
それでも怖いのだ。
ここまま何もしなかったら、いないものとして扱われるのは。
だからこそ、アイツに挑まなくていけなくて――。
――バチッ!
と、突然眩い光がアレックスを照らす。
眼を開けられないほどで、しかしその輝きに導かれるように歩みを進めた。周りには美しいオレンジの花々が咲いている。
アレックスがその花に魅了され近づくと、なんだか焦げ臭い。というか、熱い。その燃え盛るような花に近づくと、身体がまるで炎に包まれているように熱い。それでも、これは自分を導いてくれる光なのだと、無理やりにでも眼を開けると――。
――バチッ!
と、目の前で火花が散った。
「うわっ、熱いというか、目がいてぇっ! なんだこれっ!」
眼前で炭が赤々と燃え盛り、その熱さが肌にまとわりつく。炭の周りには黒い煙が舞い上がり、星空に向かって昇っていく。そうして風が吹くたびに炭の燃えカスが舞い、アレックスの目に入ってしまう。
(痛てぇ! これは、俺の求めていた暖かさじゃねぇよっ!)
目をこすってばっと起き上がると同時に、隣の女性から不審な眼で見られていた。
「アレックス、地を這って火に近づくとか、あなた正気?」
「ちっ、正気なヤツがこんな山奥で焚火するかよっ!」
「なんですって? そんな子にはコレ、あげないよ」
「えっ、肉っ! 肉あんのかよっ! くれっ!」
「はいはい、ちゃんと上げるってば」
ケモノの串肉を差し出すアリサ。その肉は赤く、脂が焚火にジュワっと落ちた。そんな串肉をアリサからかっさらうようにして、アレックスは奪い口に含んだ。
「うわっ、うっめ。まじうめぇっ!」
赤みがかった肉は、ジューシーで香ばしく、噛めば噛むほど肉の旨みが口いっぱいに広がる。食べ終わった後もその味わいが口の中に残り、しばらく幸福感に包まれた。
「まだあんのかっ!」
「さっき締めたからね、そのイノシシ」
「えっ、オメェ狩りできる上にイノシシ締められるのかっ!?」
「罠にかかったのは、ウリボーだけだったけどね」
「どうやってやったんだ?」
純粋な好奇心から聞いたアレックスだったが、アリサの目は何故か虚ろだった。それは異常なまでのこだわりというか、熱弁したい欲が宿っているように感じられる。
「イノシシの頭をポカンとやって気絶させたら、顔を包帯でグルグル巻きにするの。起きて暴れたら危ないから。で、仰向けにして少し胸骨の上あたりをナイフでブスリ。気道の横辺りだから、探すのは簡単。刺したらナイフの先端で心臓をぐいぐいって破って、血が溢れ出したらこれで終わり。あまり傷口を広げず、イノシシも苦しまない理想的な締め方ができて良かった」
「……やっぱ、やべぇ女じゃん。普通じゃねぇよ、でもまだイノシシは食う」
「自分で話しててアレなんだけど、引かないの?」
「山で修行とか言ってる時点で、そういう経験あんだろ? むしろスゲェことじゃねぇか。狩人でもねぇのに、良くできるもんだ」
「そ、そうなの、ありがと」
アレックスの素直な言葉に照れくさくなり、思わずアリサは頬を赤らめてしまった。田舎のおじいちゃんに教えられたことで、友達に話したらドン引きされたこともある。それを単純に凄いと思ってくれている様で、彼の存在が、なんだか心地よいものだと感じた。
(そういや、こうして友達と語り合ったことがあったな)
何か焦る気持ちがあったとしても、焚火の前に座ると不思議と和んでくる。炎が揺らめく様子や木のぬくもりに触れることで、心が穏やかになっていく。何でも話せる気がしてきた。
「私、突っ走り過ぎてたかも。アレックス、勝手に巻き込んでごめんなさい。無理な特訓だったかも」
「なんか、らしくねぇな。今頃、俺の心配かよ」
「なんかやらなきゃとか、変えなきゃとか、焦ってたみたい」
「理由は知らねぇけどよ、どうせ俺はルシファーの当て馬だろ? どうせ姉さんが滞在する期間を延ばしたかっただけだろ」
「あなたの姉さんはそう捉えてくれたけど……本当のところは違う。詳しく言えないけど、私は私自身の為に行動してるの」
「俯くな嘆くな前を見ろ、だ」
「何それ?」
「俯いても嘆いても仕方がねぇ、だから前を見て実行するのみ。俺の座右の銘な、これ」
「ふっ、勝手に言葉作ってバカみたい」
失敗することを恐れず、とりあえず何でもやってみることが大切だ。困難にぶつかったときこそ、俯いて嘆くよりも、自分を信じて前に進むべきだ。悩んでいても先に進めば、新たな道が開けるのかもしれないのだから。
「分かった、私も他人事じゃない。アンタがルシファー様に一太刀でもいれられなかったら、私もバットエンド直行だもの」
「言ってることの半分は分からねぇが、その意気だぜ。らしくなってきたじゃねぇか」
「えぇ、ここからは一蓮托生。二人でルシファー様をぎゃふんと言わせるわよ」
「おう、元からそのつもりだぜ」
アリサとアレックスが、力強くコツンと拳を合わせる。その一瞬、お互いの熱い想いが伝わる気がしてきた。そこには力強さと信頼が込められていた気がしたから。
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