私は、乙女ゲーのルシファーに会いたい
「ルシファー様。なんて美して凛々しいの」
「私たちとは住む世界が違うわ」
「……ルシファー様」
使用人たちが各々に呟いた。
ただ屋敷の廊下を歩く姿だけでも、使用人をうっとりさせるだけの魅力が、ルシファー・アンデルセンにはあった。彼の隣には、専属の使用人であるアリサが、周りの目線を気にしながら縮こまって歩いていた。
アリサ自身、こんなに周囲の注目を集めたことはない。もちろん使用人のアリサではなく、好奇の目を向けられるのはルシファーだと分かっている。だけどあまり目立ちたくないアリサにとっては、周囲の目線がどうしても気になった。
ルシファーにとって、アリサでは不釣り合いだと分かっていたから。
そして、屋敷の長い廊下を抜け、応接間に通された先で待つのはのは、スカーレット・ヨハンソン公爵令嬢だ。
このご令嬢は、ルシファーと婚姻関係を結んでおり、子供の時からの顔なじみだった。両親同士の関係も良好で、誰がどうも見てもお似合いの二人だった。
――幼少からの専属使用人アリサが、この二人に割って入る隙間すらない。
そこには、圧倒的な身分差があった。アリサは庶民の出で、ルシファーは貴族のご子息。どんだけ使用人として長い付き合いがあったとしても、使用人では婚姻を結べるわけでもない。
そこには越えられない壁があった。それを幼少のときは分からなかったが、自分が成長していくにつれて、徐々にはっきりと現実を思い知らされた。
だかこそアリサは、専属の使用人としていると、胸がぎゅっと苦しくなるときがある。
あぁ、私ではダメなのだ、と。
その度に、暗い気持ちになる。
「——。」
アリサは何かを呟いた。
そのセリフは、画面上では「——。」なだけで、言葉はなかった。
きっと続きのセリフがあるのだろうと、通学中の私がゲームのボタンを押したところで――。
「あれ、押せないっ!」
画面がフリーズしている。
(えっ、アリサは何て言ったの⁉ この後、どうやって恋愛に発展するの! ここで終わるなんて、生殺しだっ!)
何度もボタンを押したところで、うんともすんとも言わない。PSPの全てのボタンをぎゅっと押し込んでみるも、全く反応しなかった。
それどころか、プツンッ――。
と画面が真っ暗になった。
「えっ、故障っ⁉」
押し入れから取り出したPSP。昔のハードだからか、ディスクの音はうるさかっただけに、急に静かになる。
トントンとPSPを軽く叩く中、通学している学生が、スマホを見ながら横断歩道を渡っていた。
スマホいいなと思いつつも、自分の手元には、この真っ暗なPSPゲームしかない。
高校の期末テストが近づいているからと、母親に携帯をとりあげられた。その腹いせに、倉庫からわざわざ母親が昔使っていたと思われる、このPSPを持ってきたのだ。通学中に出来ればなと思い、寝ている間に充電をしておいたのに。
カセットに入っていたモノを、通学中にプレイしていたら――。
「続きが読めないんだがっ!」
真っ暗な画面のPSPを、天に掲げた。
ざわり。音響式信号機がとおりゃんせのメロディーを煩わしく思いつつも、横断歩道にいる私を、通学中の生徒たちが色眼鏡で見ては通り過ぎる。私は元来人の目というものをあまり気にしたことはないが、不審な眼で見られている自覚はあった。でもそれでも、真っ暗な画面に思いを馳せた。
(――ルシファー様、ビジュアル的に好きなのにっ)
そんな言葉は、喉元で留める。
彼の銀髪は煌めき、まるで天の川のようだ。透き通るような肌に、瞳は深い青色で、どこまでも澄んでいる。見つめられると心が奪われそうになった。その瞳の奥には少し寂しげな表情も見せることがあり、彼の内面には深い神秘が秘められているようだ。17歳にしては大人びていて、佇まいは品のある美しさを持ち、周囲を引き付けた。
そして、笑顔が一番魅力的だった。整った顔立ちにはどこか儚さを感じるが、笑顔が人懐っこくて優しく、誰にでも親しみやすい。まるで絵画から抜け出したような存在感。彼の魅力は容姿だけではなく、内面にもあるのだろう。彼自身が優しくて、思いやりのある人柄だから。
「あぁ、ルシファー様に会いたいな」
我慢できずに、そう呟いたそのとき。
――ドンッ。
自分の身体が何か大きい物体に、飛ばされた。
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