黄鶴楼送孟浩然之広陵 李白
めんどいんで、字とか関係なしっす。
若者は兄とも師ともいえる男にであった。
故 人 西 辞 黄 鶴 楼
煙 花 三 月 下 揚 州
孤 帆 遠 影 碧 空 尽
惟 見 長 江 天 際 流 李白
開元十数年であろう、若者は兄とも師とも仰ぐ1人の壮年に出会った。その男こそは孟浩然であった。孟浩然は詩の名士であった。また、その詩は彼の朗らかな性格を表すものであった。彼は飾り気のない性格の持ち主でもあった。そんな彼に、彼の才覚に、男は惹かれた。
彼らの出会いは、偶然のものであった。その日、孟浩然は、後の尚書右丞・王維と酒を酌み交わしている時であった。
「浩然、君はなぜ官吏にならぬ。君ほどの才が世に公にならんのはおかしい事であろう。」
「科挙は受けた。が、私はなんど受けたであろう。」
「何を弱気になっている。門地二品※1が今の世を腐敗させておるのだ。君のようなものが、政を動かさねばならぬ。現に私も言われもなき罪※2で、左遷されたのだ。」
「君は、世を変えたいと思っているようだな。しかし、私に生憎君のように世を変えたいと思う気持ちはないのだ。それよりも私は、この中華全てを見たい。聞きたい。そして、それを詩に残したいのだ。」
「失礼。そこの御仁達、科挙とはどこで受けられるのでしょう?」
「であるからな、科挙などもう受けずとも良い。私は、飯があり、水があり、空気があれば良いのだ。」
「もう一度お聞きします。科挙はどこで受けられるのでしょう?」
「おう、そこの若者。私は王維。そして、この世捨て人同然のことを語っている者は、孟浩然だ。科挙を受けるのか。浩然とは違い、なかなか見どころがあるな。しかし、科挙は3年に1回であるから、あと2年あるぞ。」
「もちろん、分かっておりますよ。」
「では、なぜ君は今ここにいる。科挙なぞうけても何も変わらぬのに。官吏などになっても当代のもの達に疎まれるだけだ。しかし、君、詩は良いよ。自分の思ったことを、すらすらと文字に残せる。陳思王に、三張、二陸、謝康楽※3、そして、ここにいる王維のように史に名を残すこともできるのだよ。男は、何も官吏になるだけでも、剣を握るだけでもない。自身の思いを、筆をとり未来に残すことも出来るのだよ。」
「詩だけでは、飯は食えぬ。そういえば、若者よ。名は?」
「李白と申します。」
「李白というのか。良き名だ。田園より、京に上がってきたのであろう。心細いのではないか?」
「そろそろ、郷里の友に恋しくなってきましたよ。」
「私も京に出てすぐはそうであったよ。良ければ、私の家に来るといい。そこの、維には妻がいる。」
「良いのですか。ではお言葉に甘えます。」
このように、孟浩然、若者改め李白との交流は始まったのかもしれない。
そして、この李白、皆さんもご存知の通りだとは思うがこのような詩を残している。
贈孟浩然 李白
吾愛孟夫子
風流天下聞
紅顏棄軒冕
白首臥松雲
醉月頻中聖
迷花不事君
高山安可仰
徒此揖清芬
筆者なりに現代語訳させて貰うと、孟先生の人となりを、私は愛する。その風流な心は、まさに天下に聞こえる。若い頃目指していた立身出世には見切りをつけ、白髪頭となった今は、松の下、雲の下で寝っ転がられる。月を肴にしては聖人を見つけた、花に心を奪われては出世の話を断られる。なんと高い山なのであろうか。仰ぎみることも出来ない。私はその麓から先生にお辞儀をしよう。
このように、李白は孟浩然を確かに、師として仰ぎ、その人となりを、兄のように慕っていたようである。
この話に、視点を戻そう。
彼らは、偶然の出会いのあと、交流を深めあっていく。しかし、出会いと一緒で別れというものもまた、突然に来るものである。李白、三十数歳、孟浩然、五十手前である。
「李白、私はこの長安を離れようと思う。」
「なぜです、先生。私はまだ、先生に教わりたいことが沢山あります。」
「すまぬ、李白。いつの日か聞いていたであろう。私は、各地を放浪したいのだ。京で日銭を稼ぎ、ただ漠然と生きるよりも良い。」
「であれば、先生。私は先生について行きたく。」
「何を言っている、李白よ。その方は、祝言を挙げた※4ばかりでは無いか。維を見よ。彼は、罪に問われても、妻に先立たれるとも、立派に官吏をしておろう。」
「先生も、既に立派な聖人君子にございます。」
「李白、私と、王維の違いは何かわかるか。」
「王先生は、この世を変えたいと思われ官吏になられました。孟先生は、素晴らしい詩を沢山残されました。そして、優美なお心を持たれているます。私はその才覚に敬愛しているのです。」
「李白よ、なぜ私が官吏を目指さなかったのか。いや、目指せなかったのかわかるだろうか。いや、分からぬであろう。私は王維と違い、人付き合いが苦手だ。人と、どう接すれば良いか分からぬ。君や王維達のような者たちが、私と接してくれるだけなのだ。私のような変わり者は、政は出来ぬのだ。事実王維は、罪に問われようとも名士たちにこわれ、中央に返り咲いた。君は、宰相の孫娘を娶った。これは私にはない、人との結びつきという力だ。私もその力が欲しかった。いや、今でも欲しい。であるから、私は各地を放浪し、人と関わることでそれを身につけたいのだ。どうだ。李白よ。失望であろう。私はこれだけちっぽけな人間なのだよ。」
「何を言われますか。先生がちっぽけな人間なはずがございません。先生は、永遠に私の尊敬する師であり、敬愛する兄であります。しかし、先生のお心、弟子は分かりました。しかし、先生せめてお見送りさせて頂きたく思います。」
「李白。」
壮年と老年の男は1晩泣きあったであろう。
こうして、李白は揚州を下る1つの船を黄鶴楼から見送った。李白は、船が霞に消えるまで、いや消えても見送ったのだ。
黄鶴楼送孟浩然之広陵 李白
故 人 西 辞 黄 鶴 楼
煙 花 三 月 下 揚 州
孤 帆 遠 影 碧 空 尽
惟 見 長 江 天 際 流
※1家柄により、なれる官位に絶対的な差があり、それが二品以上と二品以下であったことから門地二品と言われる。
※2 彼の楽人が皇帝しか踊ることが許されない舞を舞った事の連座。一説には、皇帝に近づきすぎた為とも。この時期の、王維は左遷されたことにより職を辞している状態であった。
※3曹植、三張(張載、張協、張亢)、二陸(陸機、陸雲)、謝霊運。いずれも唐より前の詩人。
※4李白は、732年30歳中頃には、宰相許園師の御令孫と結婚していたとされる。
ちなみに李白は、キングクダムの主人公李信の子孫らしいです。