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可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

掲載日:2024/07/29

 オズワルドは劣性アルファだ。

 オメガの香りは分からない。


 愛しいあの子はオメガだけれど、同じく劣性だ。

 アルファの香りは分からない。


 ベータがほとんどを占めるこの国では、アルファはもちろんオメガも少ない。

 特にオメガは人数が少なくて大切にされている。

 オメガとアルファを番わせると、優秀なアルファの生まれる確率が高いからだ。


 オズワルドの家の隣に住む男オメガの幼馴染リアンは、劣性ゆえに隠れるように暮らしている。

 伯爵家の令息なのに。

 貴重なオメガなのに。

 劣性ゆえに隠されてしまうなんて理不尽だと思うのだが、リアンの父はそう思ってはいないようだ。

 劣性オメガは家の恥。

 だから隠しておくのが家のため、なのだそうだ。


 オズワルドには分からない理屈だ。


 くるくる天然パーマのかかった淡い茶色の髪に、金色に近い茶色の瞳、白い肌。

 身長も女性とさして変わらず、華奢な体をしているリアンは抱きしめたらもろく崩れ去りそうに見えた。

 キラキラ光る彼の存在は、オズワルドにとっては運命のオメガ。

 香らないゆえに造花とも呼ばれる劣性オメガのリアンだが、性格も優しくて、ちょっとお茶目で、オズワルドには魅力的にしか映らない。

 だから、いずれオズワルドはリアンを娶りたいと思っていた。


 オズワルドは劣性であるが、アルファだから普通に王宮勤めをしている。

 もう少し出世すれば、結婚を申し込みにいけるだろう。

 劣性同士なら、お互いに匂いが分からない。

 だからそれでいいじゃないか、と思っていた。


 いつかは彼と一緒になりたい。

 それが、オズワルドのささやかな願いだった――――


 ◇◇◇


「名前も知らないオメガとやっちまった上に、うなじを噛んだ⁉」


 王太子の執務室に、オズワルドの声が響き渡った。


「声が大きい、大きいからっ」


 慌てて制止する王太子を、オズワルドは横目で睨んだ。

 執務机の前に座ってはいるが一向に仕事を片付ける様子のない王太子にイラついたオズワルドが、理由を問い詰めた結果がソレだった。

 キラキラした金髪碧眼の美形王太子が執務机に突っ伏して沈み込む様は一見の価値がある。

 だからって、王太子という身分のある者が、勝手に種まき散らしていいわけじゃない。

 それに聞けば相手のオメガからの了解も取り付けていなかったようだ。

 

(そんなのレイプみたいなもんじゃないか)


 オズワルドはぞっとした。

 臣下となる身分ではあるが、ここは友人として怒るべき場面だろう。


「なにやってんですかっ。そんなの逃げられるに決まってるじゃないですかっ」

「あれは私の番だ。運命の番を手に入れて何が悪い」


 ぶすくれた美形は、やっぱり美形なうえに、不器用な可愛さが付け加えられて始末が悪い。


「ハイハイ、運命の番ね。それ言えば切り抜けられると思ってんですか? アンタはバカか⁉」

「……」


 流石の王太子も、ちょっとしょげた。

 悪いことをしたという自覚はあるようだ。


「運命の番なら、よけいに気を遣うべきでしょ? まずは口説けよ、このバカがっ!」

「……ハイ」


 縮こまる王太子を見てオズワルドはため息を吐いた。

 ここはどう処理していくべきか?

 話を聞くところでは、少なくとも貴族の令息のようだから、身分についてはあまり心配しなくていいようだ。


「相手は男オメガだったんですね?」

「ああ。付いてた」

「言い方ぁ~」


 オズワルドは王太子に突っ込みながら考える。


(男オメガか。どこの令息だろうか?)

 

 オズワルドは貴族の息子たちの姿を思い浮かべた。

 下位貴族であれば、上位貴族の養子にしてから迎え入れればよい。

 王配にしようと思うと難しいが、アルファとオメガのことだから側室にするのであれば難しくはない。

 問題はむしろ相手(オメガ)がどう思っているかだろう。


「会うなりやっちまったわけですか?」


 アルファとオメガに関しては、特殊な事情があるから婚前交渉に関してうるさく言われることはない。

 だから、問題はそこではない。

 王太子だろうと、アルファであろうと、相手の同意がなきゃダメだ。


「アレは同意だ」

 

 オズワルドの心配をよそに、恋に浮かれる王太子はうっとりとした表情を浮かべて言う。


「匂いが……」

「匂い?」


 オメガの匂いのことだろうか。

 劣性アルファであるオズワルドには分からないものだ。

 どうしても態度がトゲトゲしくなってしまう。


(匂いがなんだっていうんだ。野獣か何かなのかアンタは)


 オズワルドは、そう言いたいのをグッとこらえた。

 キラキラした王太子は昨夜のことを思い返すようにしてつぶやく。


「オメガの匂いがして……爽やかなミントの香りに柑橘類の香りが混ざったような、良い香りだった。まるで青春の香り」

「アンタの場合は性春だな?」


 オズワルドの容赦のない突っ込みに、王太子はイラッとした表情を浮かべて彼をキッと睨んだ。


「たまらなかったんだっ! お前だって、あの香りを嗅いだら分かる」

「はんっ。あいにく、オレは劣性アルファなんでねっ」


(本当にコレだから、アルファってヤツは!)


 自らもアルファであることは棚に上げてオズワルドは思う。

 アルファの身勝手な振る舞いは、たひたび悪評と共に耳にした。

 運命といったって、相手の同意がとれないならレイプと同じだ。

 そもそも運命とやらが何人も現れたら、不誠実なことこの上ない。

 アルファは番を何人でも持てるが、オメガは1人に縛られる。

 

 アルファとは業の深い生き物なのだ。

 オズワルドは劣性アルファで良かったのかもしれない、と心の底から思った。


「香りでとんじゃったってことは、発情しちゃったってことですね。それだと孕んじゃった可能性もあるのでは?」

「ん……」


 王太子が分かりやすく落ち込んでいる。

 そもそも野獣アルファと被害者オメガの組み合わせであっても、それなりの手回しをしてから番うものだ。

 運命の番と呼ばれる相手に出会ったときは、発情を伴う。

 その状態で性交に及べば、孕む可能性は高い。

 仮に王太子の子を孕んだのだとすれば……。


 これは逃げてしまったオメガを探すしかないだろう。

 オズワルドは仕方なく聞いた。


「手がかりはあるんですか?」

「ん。これを落としていった」


 王太子は得意げに髪飾りを差し出した。


 オズワルドはそれを見て、頭をこん棒でぶん殴られたような衝撃を受けた。

 見覚えがあったからだ。


 もしやもしやと思うけれど。

 その可能性はあるけれど。

 彼は屋敷の奥に隠されていて、王太子と出会う可能性などないはずだ。


 冷静を保とうと必死になっているオズワルドに、王太子が気付く気配はない。


「激しく交わった朝、目覚めると枕元にコレが落ちていた。彼を探して欲しい。私の運命の番を」


 王太子はうっとりとした調子でこう言って、オズワルドに運命の番探しを託した。

 それがどんなに残酷なことかも知らずに。

 

「コレを……少々お借りしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。これは落とし物だから、彼が見つかったら返しておいてくれ。私が欲しいのは、彼だ」


 オズワルドは震える手で、見覚えのある髪飾りを受け取った。



 ◇◇◇




 オズワルドは急ぎ自宅へと戻った。

 いきなり隣家に行くのは躊躇われたのだ。


 こそこそと自室に引きこもると、懐にしまっていた髪飾りを取り出してまじまじと見る。


 曲線を多用した独特のデザインが施された金の台座に、太陽のように煌めく大振りのインペリアルトパーズ。

 これはおそらく、リアンの物だ。

 彼の母の形見で、お守りのようにいつも身に着けている。

 リアンの母は、彼と引き換えに命を落とした。

 だから彼の父親は家の恥と言いながら、屋敷の奥にリアンを仕舞い込むようにして大事に、大事に育てていた。

 オズワルドには分かっていた。

 彼は愛されているオメガ。

 香らない造花と言われる劣性オメガのリアンが無体に傷つけられることがないように、大事に保護されていたのだ。

 窓の外を覗けば、隣の庭が見える。


 そこには細くて小さくて頼りない劣性オメガのリアンが、1人ブランコを揺らしている姿があった。



 夏の近付く頃の日暮れ近くの時間帯。

 屋敷の奥まった場所にある庭は、日中の疲れと盛りを迎えた花々と草木の香りが混じり合って、少し気だるげな匂いがした。


 オズワルドにオメガの匂いは分からない。

 同じくアルファの匂いが分からないリアンには、オズワルドの気配が分らなかったようだ。


「リアン」


 オズワルドが声をかけると、彼のか細い体が可哀そうなくらいにビクッとブランコの上で跳ねた。

 いくらオズワルドがアルファで、リアンがオメガだったとしても。

 いまさら幼馴染に怯える必要などないのに。


「オズワルド……」


 振り返ったリアンの表情を見て、オズワルドは衝撃を受けた。

 彼は笑顔だった。

 怯えた表情の上に、無理矢理に張り付けたような笑顔。

 無理矢理に平静を装おうとして見事に失敗している幼馴染に、どんな表情を向けたらよいのか。

 オズワルドには分からなかった。


「元気か?」

「ん……」


 リアンはブランコに乗ったまま、視線を地面に落とした。

 二十歳を超えた男がブランコに乗っている姿なんて滑稽なものだが、リアンだと違和感がない。

 どこか幼い印象を与える彼を……と思うと、オズワルドは王太子に怒りが湧いた。

 だが、このままにしておくわけにはいかない。

 リアンは王太子の子を身ごもっているかもしれないのだ。


「これ」

 

 オズワルドが髪飾りを差し出すとリアンの顔色がサッと変わった。

 怯えたようにプルプルと震える彼の体を改めて見る。

 今日のリアンは淡い茶色の髪を全て下ろしていた。

 緩いウェーブを描く髪は、キッチリと上までボタンを留めた襟元まわりでフワフワと揺れている。


「お前の物だろう?」


 オズワルドに問われて、リアンはぷっくりとした形のよい唇をギュッと噛みしめた。

 本当の問いに気付いている証拠だ。

 落とした場所と、落とした理由、そして拾った相手。


「王太子だ」

「え?」

「お前の相手。アレは王太子だ」

「え?」


 驚きに固まっているリアンの襟元を、オズワルドはサッと緩めて確認する。

 プルプルと子犬のように震えている幼馴染の首元には、しっかりと噛み跡があった。

 王太子のつけたものだ。

 その生々しい傷に、オズワルドは奥歯をグッと噛みしめた。


「オズワルド……ぼく……」


 二十歳を超えているというのに、可愛い幼馴染の声は幼児のように心もとない。

 

「いままで嗅いだことがないような、とても……とても良い香りがして……気付いたら……」


(だからあれほどネックガードをつけておけといったのに!)


 オズワルドはギリと奥歯を噛みしめながら、なるべく優しい声で幼馴染に話しかけた。


「説明しなくていいよ。王太子から話は聞いた」


 リアンの細い肩がビクンと跳ねる。

 改めてことの大きさに気付いたのだろう。

 リアンは王太子と気付くことなく、何の手続きも踏まずに番ってしまったのだ。

 この先についてのことを考えたら、混乱と恐怖しかないだろう。


「ぼくは……王太子と……」

「言わなくていい」


 オズワルドはたまらなくなって、ブランコに座る心細げな幼馴染の肩を体ごと抱きしめた。

 彼を抱きしめるのは、これが最後になるとオズワルドには分かっていた。

 王太子の正妃になろうと、側妃になろうと、関係ない。

 アルファは番に他人が触れることなど許さないだろう。

 いつでも会えた幼馴染は、遠い所へ行ってしまうのだ。

 ずっと一緒に育ってきて、ずっと前から好きだったリアン。

 オズワルドが手に入れるつもりでいた彼を、いとも簡単に王太子は体ごと手に入れた。

 もう二度とチャンスなど巡ってこないのだ。

 オズワルドはリアンを抱きしめる腕に力を込めた。

 このまま彼と自分が一人の人間になってしまえばいいのに、と思いながら――――



 ◇◇◇



「バッカじゃねーか、オレ」


 オズワルドは自宅の庭の片隅で木の根元に腰を下ろし、良く晴れた午後の空を見上げ、タバコの煙を吐き出しながら独り言ちる。

 今日は散々忙しく動いたあとの休日だ。

 あの後、バタバタとことは動いてリアンは王太子と結ばれた。

 妊娠が発覚して公式行事は後回しとなったが、リアンは王太子の正妃となる。

 番ってしまったアルファとオメガの繋がりは深い。

 伯爵家では家柄が釣り合わない、とか、男オメガを未来の王妃にするには、とかいろいろと反対の声もあったが王太子が押し切った形だ。


(オメガだアルファだと理由をつけて、横からかっさらっていきやがって、あのクソ王太子)


 オズワルドに出来ることといったら、心の中で王太子を罵るくらいのものだった。

 リアンも王太子のことが好きなのであれば、オズワルドに反対できる余地などない。


 彼がどうしても嫌だというのなら攫って駆け落ちでもなんでもしたのだが、と思ったところでオズワルドは首を振った。


 彼らは出会ってしまった。

 もう引き離すことはできない。


 オズワルドには年の数だけチャンスがあったが、王太子は一晩でそれを掴んでリアンを手に入れた。

 世の中は不公平だと思う。

 せめて出世して一泡吹かせてやりたいと思っても、相手は王太子。

 奴には絶対、勝てぬのだ。


(こうなりゃ、謀反でも企てるしかないじゃないか)


 オズワルドは物騒なことを考えて一人嗤う。

 やさぐれて、くゆらすタバコの煙が目に染みる。


(オレって、随分と惨めなアルファだな……)


 自分を哀れみながら、オズワルドは煙草を口から離し、ふぅ~と煙を吐き出した。


 その時だ。


 オズワルドの鼻先を、爽やかなミントに柑橘類が混ざったような、まさに青春という香りがかすめていった。


「うきゃっ」

 

 甲高い知らない声と共に、木から何かが振ってきた。


「うわっ⁉」


 慌ててオズワルドが抱き留めれば、腕の中には、くるくる巻き毛の男の子。

 淡い茶色の髪に、金色に近い茶色の瞳、白い肌をしていて低い鼻の周りにはソバカスが散っていた。

 男の子からは、淡く爽やかな青春の香りが漂っていた。

 使用人たちが、この子を探し回っているような声が遠くから聞こえる。

 オズワルドは、腕の中に納まっている男の子から目が離せなかった。

 男の子もオレをジッと見つめている。


 この時オズワルドは、この男の子に十年もの長きにわたり待たされることになるとは、思いもしなかったのだった。


~おわり~

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