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想ヒハ龍ト成リテ-memories of previous life-  作者: 夕咲 紅
第三章 過去の幻影
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第三章 過去の幻影【一】

「だーれだ?」

 構内を歩いているところを突然背後から目隠しをされたかと思うと、そんな声が聞こえてきた。

 間違えるはずもない、分からないはずもない声――

「変ないたずらは止めてくれないか? 伊織」

「変とは何よ? 昔は良くやったじゃない」

 頬を膨らませながら、伊織がそんな風に言い返してきた。

 もう少し歳を考えて欲しいものだ。

「昔は昔。今は今。俺たちもうガキじゃないんだぞ?」

「何言ってるのよ。私たちくらいの人だってこれくらいやってるじゃない」

「いや、やらないだろ」

「やってるわよ。カップルとか」

「…………」

 言われてみれば、確かにたまに見るかもしれないな……

 って、そうじゃない!

「俺たちはカップルじゃないだろ。ただの姉弟だ」

「そうだけどぉ……別にいいじゃない。あれくらい」

「駄目だ。と言うか恥ずかしいから嫌だ」

 周りからどんな目で見られるか分かったもんじゃない。あんなことするのは子供がそれこそカップル――それも頭にバカが付く連中くらいだろうからな。

「仕方ない。今日の所はこれくらいで勘弁してあげる」

「って、もう一回するつもりだったのかよ?」

「まあ、似た様なことをね」

 拒否しておいて良かった……まあ、退いてくれなかった可能性もあるけど。

「それで、どうかしたのか?」

「士朗の姿を見かけたから、ついからかいたくなったの」

「……じゃあな」

 真顔で何を言い出すかと思えば、いつも通り下らないことだった。俺は直ぐに踵を返しその場を去ろうとする。

「ちょっと待って! 冗談よ冗談」

 そう言いながら俺の肩を掴んで引きとめようとする伊織。

「で、何か用でもあるのか?」

「用って言うか……士朗、気付いてないの?」

「何が?」

「どこからかは分からないけど、監視されてるわよ?」

「なっ――」

 監視だって? 俺が? 誰に? 何の為に?

 いくつかの疑問が瞬時に思い浮かぶが、それを口に出さない。いや、出せないくらい驚いたって言うのが正確な所だ。

「もしかしたらこの会話も聞かれてるかもしれないわね」

「大丈夫なのかよ?」

「多分ね。聞かれてたとしても、こっちにしてもあっちにしても余り問題ないと思う。あっちは士朗の動向を把握しておきたいだけみたいだし」

「動向……もしかして、あのエルトリアって奴か?」

「可能性はあるけど、何とも言えないわね。詳しいことは私も知らないんだけど、どうやら士朗――って言うより、リーヴスは何故か色々な連中から狙われていたみたいだから」

「そうなのか?」

「ええ。ルナファリスが噂に聞いた程度の記憶だから、実際の所は良く分からないんだけどね」

 だとしても、狙われてる事実がある以上全くのデタラメってことはないだろう。エルトリアは私怨っぽい感じだったけど……

 もし他の連中からも狙われるなら、本当に早く記憶を取り戻した方が良さそうだ。とは言っても、どうしたら良いのかは分からないんだけどな。

「とりあえずは次の講義に出るとするか」

「そうね。次が終わったらお昼だし、その時に合流しましょう」

「ああ……あ!」

「何? どうしたの?」

 突然声を上げた俺を不思議そうな目で見つめながら、伊織はそう尋ねてきた。

「いや、昼も病院に行くって約束したんだよ」

「――え?」

 一瞬、伊織の表情が翳った。だけど直ぐにいつも通り俺はからかう時の半笑いの表情に戻り、通い妻みたいねなんて笑う。その翳りが何だったのか分からず、又気に留める間もなく伊織のからかいで一瞬浮かんだ疑問は掻き消されてしまった。

「それで、どうしても行くの?」

「ああ。約束、破りたくないんだよ」

「……そう。なら、私も着いていく。それでいいでしょう?」

「まあ、伊織がそれで構わないなら」

 約束は破れないと言う俺に、伊織が折れた形になった。

 そう言えば、伊織は零那に会ったことなかったんだよな……

 なら丁度良いから紹介するか。

「それじゃあ、また後でね」

「ああ」

 そんな風に内心考えながらも、とりあえず次の講義に出るべく俺と伊織は一旦別れた……



 午前中の講義を終えた俺と伊織は、直ぐに合流してそのまま病院へと向かうことにした。

 構内にあるバスロータリーに向かう途中のコンビニでおにぎりを幾つか買い、バスを待つ間に食べる。いつもならもっとしっかりと昼食を取っている所だが、今日は急がないと午後の講義に遅れてしまう為軽食で済ますことにした。まあ、伊織には付き合わせて悪いと思ってる。口に出したら調子に乗るから言わないけどな。

「士朗」

「うん?」

 ふとベンチの隣りに座る伊織が声をかけてきた。その声色にどこなく沈んだ空気を感じたが、特に気にせずいつも通りに淡々と言葉を返した。

「……何でもない」

 決して何でもない様な雰囲気ではないが、それを問いただそうとは思わなかった。何となく、伊織が聞いて欲しくなさそうだったから――いや、きっと俺自身、聞くのが怖かったんだろう。それを聞いてしまったら、俺の中の伊織と言う存在が揺らいでしまいそうで……

 きっとそれが、伊織の中にいるルナファリスと言う存在なのだろう。

 それから俺たちは一切言葉を交わすことなく病院まで移動した。

「伊織」

 病院の入口を入った辺りで、伊織を先導する様に歩いていた俺は一度足を止めた。通行人の邪魔にならない様に壁際に寄っておく。

 伊織もそんな俺に倣って壁際に寄る。

「どうしたの?」

「丁度良い機会だから、零那に伊織のこと紹介しようと思うんだけど、いきなり顔出すのも何だし伊織は後から入って来る形で良いか?」

「私は別に最初から一緒に行っても気にしないけど……士朗がその方が良いって言うなら従うわよ?」

「そうか? まあ、どっちも人見知りする様なタイプじゃないけど……一応、いきなり知らない奴と一緒に行くよりはワンクッション置いた方が良いだろう」

「分かった。ならその案でいきましょう」

 そんな伊織の言葉に頷き、俺は止めていた足を動かし始めた。

 零那の病室は三階となかなかに微妙な階にある為、エレベーターを使うか階段で昇るか悩む所だ。いや、俺一人だったら階段で昇る所なんだが……伊織の奴はアクティブな性格なのに面倒屋だからな。文句を言われる可能性が高い。なんて考えていたら、無意識にエレベーターに向かっていたらしい。気がついたらエレベーターの目の前までやってきていた。

「何やってるの?」

 と言うより、既に伊織はエレベーターに乗っていた。

 エレベーターに乗らずぼぅっとしている俺を、伊織が不思議そうに見ている。

「……何でもない」

 他に人がいなくて良かった。と内心思いつつ、平静を装いエレベーターに乗り込む。

「何階?」

「三階」

「おっけー」

 なぜかノリノリで返事をする伊織。いや、まあ良いんだけどさ。

「それにしても士朗、少し鍛えた方が良いんじゃないの?」

「何でだよ?」

 何となく言わんとしていることを察することが出来たが、敢えて尋ねる。

「だって、たった三階に昇るのにエレベーター使うなんて体力ないとしか思えないもの」

 やっぱりか。

「俺は伊織に気を遣ってエレベーターにしたんだぞ?」

「そうなの? でも残念ながら私はそんなに軟弱じゃないのよねー」

「知ってるよ。でもどうせ、階段で昇ろうとしたら面倒とか言うつもりだったんだろう?」

「あら、分かる?」

「分かるさ。何年一緒に住んでると思ってるんだよ」

「生まれてからずーっと」

 いや、それは間違いじゃないけどさ……

「その言い方には語弊があると思う」

「気のせい気のせい。ほら、着いたわよ」

 そんな伊織の言葉の途中でエレベーターが止まる音がし、直ぐに停止した為、話を紛らわせる為か伊織は俺を急かす。

「まだ扉開いてないから押すな」

 そんなやりとりをしている間にエレベーターの扉は開き、それ以上ここで問答しても仕方ない。と、俺たちは並んでエレベーターから降りた。

 ここでも周囲に人がいなかったことに、何となく安堵を覚えた。

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