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想ヒハ龍ト成リテ-memories of previous life-  作者: 夕咲 紅
第一章 日常の終わりを告げる鐘
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第一章 日常の終わりを告げる鐘【一】

「良く眠れた?」

 ベッドの中で目を覚ますと、目の前には見慣れた顔があった。まるで向かい合う様に横になっているその人物は、正真正銘実の姉――神樹しき 伊織いおりだ。

 当の俺はと言うと、神樹しき 士朗しろう。十八歳の大学1年生だ。

「なぜ俺のベッドの中にいる?」

「士朗の温もりが欲しかったの」

 妙なシナを作ってそんなことを言う伊織。これが恋人だったら言うことな――じゃなくて、別に問題ないんだろう。が、コレは俺の姉である。十人に聞いたら十人全員が美人だと納得する容姿であろうとも、血縁にそんなことをされても気持ち悪いだけだ。

「早く出てくれ」

「イヤ」

 俺の心からの要望に即答して下さったお姉様は、軽く頬を膨らませながらそっぽを向いた。横たえた体勢ではなかなかに難しい気もするが、まあそれはどうでも良いとして、俺の言うことなんて聞きません。というアピールのつもりなんだろう。

「何でだよ?」

 あまり絡みたくないというのが本音だが、相手をしないともっと我侭言い出すから放置は出来ない。

「だって寒いんだもーん」

 季節は冬。ここ最近の平均気温は七度。部屋にはエアコンがあるものの、寝ている間に切れる様にタイマーをセットしてある。朝は起きてから入れる様にしている。今部屋の中が何度なのかは分からないが、まあ寒いのは確かだ。

「なら自分の部屋に戻れよ」

 若しくはリビングとか。誰かが活動してる部屋ならここより暖かいはずだ。

「私の部屋も寒いからイヤ」

「ならリビング――」

「私は士朗の温もりが欲しいのっ」

「…………」

 言葉を失わずにはいられなかった。いや、伊織がこういう奴だっていうのは分かりきっている。なのに毎度毎度同じ様な感覚に陥るのは、決して俺の適応能力が低いからじゃないと信じたい。

 ともあれ、伊織の精神年齢が低いのは言動から察して貰えたと思うが、一応改めてきちんと紹介しておこう。

 神樹 伊織。十八歳の大学1年生。俺――神樹 士朗の双子の姉である。二卵性の為、それ程似てるわけじゃない。それでも姉弟だというのはパッと見で分かるくらいには似ている。両親のおかげか、俺たち二人の容姿は悪くない。いや、むしろ世間一般で言えば整った顔立ちをしている方だろう。そのおかげで良い思いをしてきたのは確かだ。両親には感謝している。だが、その反面嫌なこともある。主に伊織のせいで。

 自分の容姿が優れていることを自覚している伊織は、結構好き勝手やってくれる。その我侭放題の代償が、いつも俺に回ってくるのだ。そう考えると、いっそもっと普通の――平々凡々とした容姿に産んでくれれば良かったのに。と思わないでもない。

「勝手にしろ」

 最終的には大体俺のそんな言葉で収拾をつける。いや、ついてないかもしれないけど。

 俺はベッドから抜け出て、寝巻き姿のまま部屋を出ようとする。

「ちょっと待ってよぉ」

 と、情けない声が背後から聞こえてくる。それは当然伊織の声なわけだが、俺は立ち止まってやるものの振り返りはしない。

 布団の擦れる音から、伊織がもそもそとベッドから這い出たのだと判った。

 俺の温もりが欲しい。つまり俺がいなくなれば、しばらくは残っているかもしれないが、自然とそれは得られなくなる。

「まったく、士朗がそんなにケチだったなんて知らなかったわよ」

「それは悪かったな」

 改める気はないが、これ以上不機嫌になられても後が面倒だ。一応言葉だけでも謝っておく。

 振り返り、伊織の様子を見る。ちょうどベッドから抜け切ったのか、両腕を頭上に上げ筋を伸ばしていた。

「それにしても、士朗ってホント目覚め良いよね?」

「まあな」

 目が合った所でそんなことを言われ、俺は特に否定することなく頷いた。

 目覚めが良い。言葉にしてしまえば簡単な内容だ。だが、俺の場合はそれ以上の意味合いがある。起きようと思っていた時間に、目覚ましなどを必要とせず誤差五分以内に必ず起きることが出来る。そう躾けられたわけではない。だが、物心がついた時からずっとそうだった。意識せずに眠っても大体いつも起きる時間には起きる。余程疲れが溜まっていたり、寝不足だったりしない限りは間違いなく起きられる。嬉しいことに身体も丈夫に出来てるらしく、病欠したこともないし、この特技のおかげで遅刻したこともない。小中高とずっと皆勤賞だった。これは密かな自慢でもある。

「その特技、どうして私にはないのかなぁ」

 双子なのに。と、心底残念そうに俯く伊織。

「伊織だって悪くはないだろう」

「そうだけど、士朗みたいに目覚ましなしじゃ起きれないもん」

「別にいいじゃないか、それでも」

 身体が丈夫なのは伊織も一緒で、姉弟揃って皆勤賞だったりする。つまり俺の自慢話は伊織には通用しないというわけだ。いや、別に伊織に自慢したりしないけどな。

「それはそうと、そろそろ部屋から出てってくれないか?」

「えーっ」

「着替えられないだろう?」

「別にいいじゃない。減るものでもないんだから」

「お前には羞恥心というものがないのか?」

 確かにお互いの裸なんて嫌と言う程見てきた。だが、それはあくまでも昔の話だ。小さい頃。言うなればまだお互いに小学生に入る前くらいまでのこと。

「分かったわよぉ」

 俺の言葉尻の本気さに気がついたらしく、なぜか渋々ながら伊織は俺の部屋から出て行った。

 ようやく朝の平穏な一時が訪れたのだと実感した瞬間、自然と溜息が漏れた。

 とは言え、いつまでも呆けてはいられない。俺は伊織に言った通り寝巻きから普段着に着替え、ついでに今日の持ち物を確認する。

 ――今日の講義は二つ。どちらも筆記用具や参考書の類を必要としない講義だ。

 今日は手ぶらで行ける日だ。そのことを思い出した俺は、身だしなみを整えるべく洗面所へと向かうことにした。

 部屋を出ると、俺の部屋が角部屋だということが分かる。廊下の端にある扉が開いたことで、どこに何部屋あるかが一望出来る様になった。我が家は一戸建ての木造メインの家で、一階にはリビング、キッチン、客間、小さいが書庫がある。個人の部屋は全て二階にあり、俺の部屋とは反対の端にある階段を昇った目の前にあるのが両親の部屋。その斜め向かいには空きの和室があり、その向かいには伊織の部屋。そして角には俺の部屋があるといった造りだ。

 伊織が出て行った後に扉が閉じた音がしなかったから、多分伊織はリビングにでもいるのだろう。勿論他の部屋の扉も閉まっている。両親は共働きで朝早くから出かけるから、いつも通りならもう家にはいないはずだ。朝食は……伊織に期待しておこう。何せ俺は料理が出来ない。多分父親に似たんだと思う。

 まあそれはさておき、洗面所は一階にある。玄関から家に上がって直ぐ右側に、トイレと風呂に挟まれる様に洗面所があるのだ。その逆側にはリビングとキッチンがある。顔を洗いに行く前に伊織に朝食を作る様に頼んでおいた方が良いかもしれない。

 そんな風に考えながら階段を降り、リビングに顔を出す。案の定、そこには伊織の姿があった。ソファに座り、テレビを見ている様だ。テレビには朝のニュース番組が映されている。バラエティニュースとでも言うのだろうか、重苦しくはない、少し軽い感じのするニュース番組。いつも伊織が見ている番組だ。

「伊織」

「んー?」

 俺の呼びかけに、間抜けな声を出しながら振り返る伊織。口にはスティック菓子を咥えている。そのせいできちんと喋れないんだろう。

「太るぞ?」

「大丈夫っ。低カロリーだから」

 そうですか。

「まあそれはいいんだけど、朝飯って用意してあるのか?」

「母さんが作っていってくれたみたいだよ?」

 そう言ってキッチンの方を指差す伊織。

 キッチンと言ってもダイニングキッチンである。家族全員で囲うことはあまりないテーブルの上に、ベーコンエッグと焼き鮭が置いてあり、それぞれの皿にラップがかけられている。一人分しかないということは、伊織はもう食べたのだろう。

「冷蔵庫にサラダも入ってるよー」

 と、こちらを向くこともなく声をかけてくる伊織。

「おぅ」

 一言だけで答え、俺は冷蔵庫を開けた。伊織の言う通りサラダが置いてある。小皿に分けられたそのサラダにもラップがかかっている。元々食事時間がバラけている我が家では、大皿に乗せて皆で食べるなんて真似は殆どしない。いつもこうやって人数分小皿に分けておかずを置いている。

 俺はそのサラダを手に取り、1リットルパックの牛乳を一緒に取り出した。

 サラダと牛乳をテーブルに置いてから、食器棚を開けグラスと茶碗を取り出す。そのグラスに牛乳をなみなみと注ぎ、そのまま牛乳を冷蔵庫にしまった。

 茶碗に白米をよそってからイスに座り、かけられているラップを全て取る。

「いただきます」

「どうぞ召し上がれー」

 自分が作ったわけでもないのに、伊織が背中を向けたまま軽くそんなことを言ってきたが、特に相手にせずに母さんが用意してくれておいた朝食を食べ始めた。

 俺も伊織も何も話さない。テレビから漏れてくる音だけが唯一の音源と言うわけではないが、そう感じさせるくらい外は静かだ。もう少ししたら小学生の登校時間になり、少しは騒がしくなるんだろう。まあ、その頃には家を出るから外が騒がしいとは感じないわけだが。

 それにしても、伊織がこうも何も喋らないのも珍しい。いつもなら、俺が食事中だろうが平気で話しかけてくるんだけど……

「なあ伊織」

 特に話したいことがあったわけじゃない。だけど、なぜか無言の伊織が気になって声をかけてしまった。

「んー?」

 さっきと変わらずに背中を向けたまま返事を返してくる伊織。どことなく生気が感じられない様な、ぼーっとしている様な声だ。

「えっと……」

 名前を呼んだものの、話しかける内容がない。言葉に詰まってしまった。

「ああ、なんだ……あ。そう言えば、今日って午後出の講義だけじゃなかったか?」

 今日が水曜日だと言うことを思い出し、何とかそんな言葉を紡いだ。俺の記憶が確かなら、水曜日の伊織の講義は午後からだったはずだ。

「そうだけど?」

 それがどうかしたの? とでも言いたげだ。

「それにしては早起きだな? 午前中に出かける用事でもあるのか?」

「んー、何にもないわよ」

「そうなのか? それにしては早く起きたよな」

 伊織は休日なんかは好きなだけ寝てるタイプの人間だ。その伊織が予定もなくこんなに早く起きるなんて……

「雨降らないよな?」

「何か言った?」

 今までずっとテレビに向けていた視線を、ようやくこっちに向けてきた。ただし、いつになく鋭い視線を。

「何も言ってません」

 普段は無害そうに見える伊織だが、怒らせると手に負えない程凶悪になる。まあさっきのくらいじゃ逆鱗には触れないだろうけど、一応不機嫌そうになったらフォローに入る様にしないと痛い目を見るのは俺だからな。

「さっきも言ったじゃない」

「は?」

「士朗の温もりが欲しかったの」

 何を言ってるんだ? まさか、俺の温もりが欲しかったから起きて俺の部屋まで来たとでも?

「何ぽかーんと間抜けな顔してるのよ? 格好良い顔が台無しだよ?」

「いや、だってなあ……」

「まあ、起きたのはたまたま。って言うか寒くて起きたんだと思うよ?」

「それで、暖房点けるよりは俺の所に来た方が早く暖が取れるとでも思って来たのか?」

「まあ、ご飯食べてからだけどね」

 それだったら飯食べ始める前にリビングのエアコン点ければ良かったんじゃあ……

 って、そんなこと言ったらどうせまた俺の温もりがどうとか言い出すんだろうけど。

「そうだ!」

 ちょっとだけ自分の思考に落ち込みそうになった所に、伊織の大声が聞こえてきて驚きの余り肩をビクッと震わせてしまった。

「ど、どうしたんだよ?」

「士朗、今日の夜暇?」

「何だよ突然……」

「いいからっ。時間ある?」

「……まあ、特に予定はないけど?」

「なら、ちょっと付き合って欲しいんだけど。いいかな?」

 伊織がわざわざこんな風に頼んでくるなんて……予定もなしに起きることより珍しいぞ。いつもなら問答無用でつき合わす癖に。やっぱ今日は雨か? 一応折りたたみ傘は持って行こう。

「何かとすごく悪意を感じるんだけど……」

「気のせいだろ」

「そう? ならいいんだけど。それで、いいの? ダメなの?」

 そうだな……伊織に付き合うといつも面倒事に巻き込まれるんだけど、放っておいたらどこまででも暴走しそうだしな……

「わかった。俺も男だ。覚悟を決めるよう」

「何だか良く分からないけど、付き合ってくれるってことでいいのかな?」

「ああ」

「ありがと。それじゃあ、こっちの講義が終わったら連絡するね」

「了解」

 そんな会話の後は特にこれと言った会話もなく、朝食を終えた俺は食器を洗ってから自分の部屋に戻った。

 大学に行く仕度をしようと思った所で、顔を洗うのをすっかり忘れていたことに気がついた。

 荷物(と言っても殆どないが)の確認をして、洗面所に向かう。リビングからはまだテレビの音がしてたから、伊織がまだ見てるんだろう。顔を洗った俺は、そのまま大学へと向かうべく家を出た。

「行ってきます」

 出る時に呟いたそんな言葉は、どうやら伊織には届かなかったらしく返事はなかった。

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