カーライト
何にも縛られず、自分の好きな生き方をする……ただそれだけを頭の中に入れて、僕は生きて来た。
結果、僕はホームレスになった。
勉強も仕事も何もかもを放り投げ、今の世の中で出来る、僕の最も理想である生活手段は、ホームレスしか無かったのである。
両親からは縁を切られ、全くの赤の他人扱いをされている。
自分の好きなようにしか絶対に生きたくないとしか思っておらず、まともになる気配が何一つとして無い人を、息子と認めたくなかったのであろう。
親には悪いが、僕にはこの生活が性に合っている。
夜、中々眠る事が出来ず、段ボールの家から出て背伸びをしていると、車通りの少なくなった道に、一台の車が通った。
しかし僕はその車に、違和感を覚えた。
違和感の正体は直ぐに分かった。
カーライトの光が強過ぎる事だ。
あまりの眩しさに、その車のほうを見る事が出来ない。
まるで太陽だ。
車は普通に道を通って行ったが、道を曲がって車が見えなくなるまで、カーライトの光の所為で、車のほうを見る事は出来なかった。
ただ道を走っていた車なのだが、カーライトの光の強さといい、印象に残る車であった。
今日もまた中々眠ることが出来なかった。
すると外から車の走る音が聞こえて来た。
まさかと思い外に出てみると、前と同じカーライトの光が強過ぎる車が走っており、そして前と同じルートを走って行った。
光が強過ぎる車体こそきちんと見れないものの、僕は何だかあの車に、根拠のない懐かしさを感じていた。
その原因は恐らく、幼少期だ。
幼少の頃、僕は会社から家に帰って来る父親を、父親が会社に行く度に待った。
父親は決まって会社から家に、タクシーで帰って来ていた。
その為僕は、車の走行音が聞こえて来たり、玄関扉の窓から光が漏れているのを見たりすると、父親が帰って来たと思い、喜んでいた。
父親は毎回、僕と母親を喜ばせようと、大量にお土産を買って来ていた。
僕はその大量のお土産を、非常に楽しみにしていた。
一台の車が通っただけなのに、どうして幼少期の記憶が思い出されたのであろうか……。
最初に車と遭遇してから、夜に中々眠れず、車と遭遇すると言う流れが毎日続くようになった。
そしてやはり車の走行音を聞く度に、幼少の頃の記憶が思い出されるのである。
もしかしたら、あのカーライトの光が強すぎる車は、タクシーなのかもしれない。
普通の車とタクシーに何かしらの違いがあるのかは分からないが、あの車の走行音を聞いたり、壁に反射して弱くなったカーライトの光を見ると、決まってタクシーの記憶を思い出す為、可能性はあるのではと、僕は思った。
兎に角、車体を確認したい……そうだ! 良い方法がある。
ホームレス仲間が持っていたサングラスを借り、車のボディを確認する事にした。
走行音が聞こえて来るまで、じっと段ボールの家の中で待機する……。
聞こえた! 僕はサングラスを装着し、直ぐに外に出た。
車のほうを見ると、車体が見えた。
タクシーだ。
やはりこの車はタクシーだったんだ。
あれ? 後部座席に乗っているのは……父親? でも、最後に見た時よりも若い……。
その時見た父親は、間違いなく幼少の頃に見た父親の姿だった。
僕は無意識にタクシーのほうに走っていた。
何故だ……もう両親とは縁を切ったはずなのに……今の生活が……一番のはずなのに……。
僕はタクシーが走る道に飛び出した。
しかし飛び出す際にサングラスを落としてしまっていた為、車のほうを見る事が出来なかった。
しかし僕はやけになり、目をぎゅっと瞑りながら、走っているタクシーの前に立ちはだかった。
暫くして、ぎゅっと瞑っていた目を、ゆっくりと開けると、僕の目の前にタクシーが停まっていた。
なんとタクシーのカーライトの光が弱まっていて、サングラスが無くても大丈夫になっていた。
僕から見て右側の後部座席のドアが開き、父親がタクシーの支払いを済ませると、開いたドアからゆっくりと出て来た。
両手には大量のお土産を持っていた。
「お? なんだ? お出迎えか? 駄目だぞ! 一人で外に出たら!」
「え?」
父親は、僕を幼少の頃と同じ接し方で話しかけて来た。
「ちゃんとママと一緒にいないと! お土産やんないぞ? さあ! 家に入ろ!」
「あ……あの……家って……」
「おんぶしよっか! さあ!」
すると父は屈んで、おんぶが出来る姿勢になった。
僕は急な出来事について行けていなかったが、何だが幼少の頃に戻ったようで、とてもおんぶされたい気分だった為、父親におんぶされる事にした。
「あ! 重い! 背高くなっただけじゃないなあ! ハハハ!」
僕をおんぶしながら父親は、なんと僕が今使っている段ボールの家に向かって行った。
「ただいまー! 今日もお土産いっぱい買って来たぞー!」
「おかえりなさーい!」
なんと、衝撃的な事に段ボールの家には、幼少の頃の母親がいた。
「一人で家から出しちゃ駄目だよママ?」
「ごめんなさい! はい! パパにごめんなさいして!」
「……ごめんなさい」
「うん! 偉いね! えへへ」
「良し! じゃあお土産食べよっか?」
「うん!」
「食べる食べるー!」
「ママもはしゃいでるねえ!」
「その前に、手洗ってうがいして!」
「うん!」
「ほら、パパと一緒に行きな」
「……はい」
「幸せに生きなさい、まだ人生長いんだから」
「……え?」
「え? いや……なんでもない! ほら、手洗いとうがい!」
「おう! 行こうか!」
「……うん」
父親は段ボールの家を出ると、父親は公園の蛇口に向かって歩き始めた。
僕はその父親について行く。
「幸せに生きろよ、まだやり直せるんだからな」
「え?」
「ん? あーいや別に……お土産楽しみだな! ハハハ!」
「うん!」
父親と話しながら蛇口に向かっていると、突然蛇口が光り、あの車のカーライトと同じ位の光の強さになった。
僕は目をぎゅっと瞑った。
「か……だいじょ……で……大丈夫ですか! すみません! 大丈夫ですか!」
目を開けるとそこには見知らぬ人がいた。
「僕は……一体何を……」
「突然車道に飛び出して来たと思ったら突然倒れられて……危うく轢いちゃう所だったんですよ!」
「そう……だったんですか……すみません……」
僕は何とか立ち上がった。
僕の目の前に停まっていた車は、タクシーではなく乗用車だった。
しかし、あの時僕が見たのは間違いなくタクシーだった。
後部座席に……僕が幼少の頃の父親が乗っていて……全て幻だったのであろうか?
あれから僕は夜に直ぐ寝れるようになり、いくら待っても、あのカーライトの光が強すぎる車と遭遇する事は無かった。
僕はあの夢の中のような所で、両親に言われた言葉……。
「幸せに生きなさい、まだ人生長いんだから」
「幸せに生きろよ、まだやり直せるんだからな」
この言葉がどうしても忘れられなかった。
僕は今の生活で十分幸せを噛みしめていると思っていたのだが、この二つの言葉を聞いてから、気持ちに揺らぎが生じ始めた。
あの二つの言葉は……僕に仕事をして生きて欲しいと言っているようだった……。
「ありがとうございました!」
僕は、ホームレスからタクシー運転手になった。
夢の中のような所で聞いた両親からの言葉、あの言葉のおかげで僕は今、仕事をしている。
そしてこれは後から知った事なのだが、僕が一番最初にあのカーライトの光が強過ぎる車に遭遇した日に、僕の両親は家の火災で亡くなっていたのである。
火災で身体中が焼けてしまい、今の姿では現れることが出来ず、僕が幼少の頃に時を戻し、あの車が走るようになった。
僕に……最期の言葉を言う為に……と、僕は思っている。
ママ……パパ……僕に仕事をする力をくれて……本当にありがとう……。
「どうぞ、何処まで行きます?」
「Kまでお願いします」
「かしこまりました」
「ちょっとお土産多過ぎたかなあ……」
「それお土産ですか?」
「ええ、妻と息子に頼まれちゃいまして……多過ぎですよねえ」
「……多くても全然良いと思いますよ、奥さんと息子さん、きっと喜んでくれますよ」