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二股宣言!されました。  作者: 春氷
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ブローチは二つ

 調子の良いことを言う王子に詐欺師を重ね合わせたクリスティアナは悪くない。

「私的に会うのは禁止されてたはずでは?これがバレたらまた半径1Kは接近禁止になると思いますけど」

「それ、もはや見えないよね。大丈夫今日は私は王太子じゃないから。ニワトゥ~リ男爵だからさ」

 先程聞いた名前と微妙に違っている。

 いい加減なんだからもうとクリスはフォークを置いた。

 目の前でご機嫌な猫の顔をした殿下は実はクリスティアナの初恋の人だった。

 初めて王宮に行って王族に会うと言われたときお父様から煩いほど繰り返し言われた。

「王家の人間は皆頭がおかしいから出来るだけ近寄らないように。そして笑顔は絶対に見せないように。彼らを前に油断したら、可愛いクリスなど一瞬で頭からパクッと食べられてしまうからね」

 と。

 それを聞いた幼い私はどんな怪物が現れるのかとビクビクしながら待った。そして現れたのは輝く金髪と綺麗な空色の瞳をした王子様だった。

 どこかで会ったようなそんな泣きたくなるような懐かしく嬉しい気持ちで一杯になり、来る前に父親から散々注意された言葉が頭からすっぽりと抜けてしまい、満面の笑顔で挨拶してしまった。

 その結果変態行為に及ばれてしまった訳で、初恋は一瞬にして瓦解してしまった。

 そんなことだったとは絶対誰にも言えないし、目の前の王子にも言うつもりはなかった。

 アップルビー一族との婚姻は王家の悲願とも言えるらしい。呪いのせいで王族の人間は無条件にアップルビー一族に惹かれてしまうから。

 きっとクリスティアナのように王家の人に惹かれた人間も今までいただろう。けれども呪いのせいで行きすぎた愛情表現に辟易して背を向けた人が多数な気がする。


 父親と兄に初めて王族と会ったときどうだったのか訊ねたが、普段何があっても動じない二人がもの凄く嫌そうな顔をして顔を反らしたので、二度と同じ質問は出来なかった。

 兄は未だにアグネス王女を避けて地方の領地に引きこもっているし、社交シーズンでも王都に顔を見せもしない。どちらかが結婚するまでこの状態が続くのだろうが、兄への婚姻の申し込みを陰で王女が悉く潰しているというまことしやかな噂が流れていることから、現状は長引きそうだった。

 王家の呪いは年の近い異性により強く表れるようで、アグネス王女からの被害はクリスには特になかった。せいぜい溺愛されるというレベルで落ち着いていた。

 側にいると美味しいお菓子とかならまだしも国宝級の貴重な宝石まで譲ろうとしてくるので、自分から積極的に会おうとはしなかったが。

 王国唯一の公爵家ということもあり、呪いのこともあり、アップルビー一族は王家主催のパーティーでも欠席することを唯一許された一族だった。しかし余り我慢させると爆発するとの過去の事例から年に一度王家主催の新年パーティーにだけは参加することを義務づけられていた。

 

「クリスは今年社交界デビューしたのだから新年パーティーも出るのだろう?」

 マクシミリアンの手がクリスの手を触ろうと伸びる度にどこからか飛んでくるフォークが王太子の手の甲に突き刺さった。今では3本のフォークがプラプラと甲の上で揺れていた。

 どうやらクリスの手を握るチャンスを諦める気がないようで、フォークもそのままにしているようだ。


「そうですね。そのつもりです。婚約者と共に」

 うろうろするマクシミリアンの手をぴしゃりと叩くと、叩かれたのにも関わらずマクシミリアンは嬉しそうな顔をした。

「まだ婚約破棄していなかったんだ」

「婚約破棄をするつもりはありません。アレックスを愛してますから」

「浮気してるのに?」

 クリスのポーカーフェイスが崩れた。

 なぜそれを知っているのかと顔に出てしまった。

「規約違反ですよ」

「アップルビー一族にスパイは入れていないよ。入れたのは向こう(侯爵家)。というか貴族達だって王宮に多数のスパイを入れているのだから批判される筋合いはないよ。侯爵家に限らず他の家にだって入れてるからね。入れていないのは君の家だけだ」

 アップルビー一族と王家には不可侵条約が結ばれている。だが他の家にまで入れるなというのは難しい。

 そのせいで自分に関わる醜聞が漏れたことを悔しく思った。

「大丈夫、他の貴族にはまだ知れていないから。まああれだけ派手に遊んでいたら時間の問題だとは思うけどね。噂になっていないのは単にあのボンクラの存在感がないからだろうね」

 そんなにあの二人は堂々と遊んでいるのかとクリスは眉をひそめた。

「潰してあげようか?君が望むなら王家の力を使ってなんとでもしてあげるよ?どちらが良い?女性の方?それとも男性の方?それとも両方行っておく?」

 まるで邪魔な駒を指先一つで弾き飛ばすかのような気安さで提案してくるが、感情のままクリスが頷きでもすれば翌日には確実にマリーアンの身体が川に浮かぶことだろう。いや、マリーアンだけとお願いしてもついでとばかりにアレックスの身体も隣に浮かぶだろう。

 二人の土左衛門がぷかぷかと浮かんでいる姿を想像して急いでクリスは首を横に振った。

「いりません。絶対に手を出したりしないで下さい」

「残念」

 全然残念そうに聞こえない声で王子は手を上げ降参のポーズをした。

「君が一言yesと言ってくれればいつだって動いてあげるよ。命までは取りたくないというのならいくらでも社会的に抹殺してあげよう。気が向いたら気軽に私を思い出して欲しいな」

 浮気男と変態とどちらがマシなのか思わず考えた。初恋の男が変態で次に愛した男が浮気性とは、クリスはもしかして不幸の原因は自分の男を見る目なんじゃないかと思った。

 ご機嫌な猫目で残酷なことをいう目の前に座る男をどうしようかと考えていると、離れた場所で令嬢のわざとらしい嘲笑が耳に入ってきた。

 友人に言っている風を装っているが、音量が明らかに他人に聞かせるようだった。

 漏れ聞こえる言葉から察するに、どうやらマリーアンのブローチを馬鹿にしているようだった。

 マリーアンが声の聞こえる方をキッと睨み付けるのが見えた。それを見たご令嬢方がクスクスと馬鹿にするように笑った。

「ほら、カミラったら声を少し落とさないと駄目よ。貧乏人は身体が丈夫だから聞こえちゃったじゃない」

「あらだってあんな安物をドヤ顔で披露するなんて。さすが田舎者は違うなと思ったのよ」

「それを言ったら可哀想よ。新品のドレスを買うことも出来ないのですもの。せいぜい庶民の店で安物のブローチを買う事くらいしか出来ないのよ」

「それもそうね、ごめんなさいマリーアン。さ、どうぞ自慢を続けて」

 煽るように扇子で促すと、物珍しさでマリーアンの周りにいた人々が空気を読んで離れ始めた。

「あらぁごめんなさいね。折角主役になれていたのに無粋なことを言ってしまって。私達由緒正しい貴族は余りそう言った安物になれていないからとても珍しかったのに。また新しい安物を庶民の店で買ったら見せて下さいね」

 あちらこちらでマリーアンを笑う声がした。

 マリーアンが社交界で虐められているというのは本当の事のようだった。

 屈辱にマリーアンが顔を真っ赤にしてうつむき震えている。

 マリーアンはいつもこんな侮辱を受けているのかと一瞬憐憫の情が湧き、アレックスが折角贈ったブローチを馬鹿にされるのは些か面白くもないのでその件についてだけはフォローしようかと口を開きかけた瞬間、マリーアンは叫んだ。

「私を馬鹿にするのはクリスティアナ様を馬鹿にするのと一緒だと言ったでしょう!私をそうやって馬鹿にするのならクリスティアナ様にも言ってみなさいよ、さあ!」

 辺りが一瞬静かになった。数人の貴族達がマリーアンとクリスティアナを見比べて、クリスティアナがどう動くか注目している。

 だが何も言わないクリスティアナを見て、カミラ達がふんと鼻を鳴らした。

「またあなたの嘘?前回あなたクリスティアナ様と姉妹だというのは誤解だったって言い直したじゃない。それなのにまた嘘を吐くの?いい加減その嘘を吐く癖を止めたらどう?チャールズもあなたと付き合ったことがないって言っていたけど、どうやら恋人同士だと言うのも嘘だったようね。私としたことがまんまと騙されてしまったわ」

 カミラがマリーアンを虐めるのはチャールズが原因だったらしい。マリーアンと同時進行で付き合っていた女性というのはどうやらカミラのようだ。

「チャールズとはあなたが強引に別れさせたんじゃない。チャールズはいつも言っていたわ、彼女の性格がきついから私に癒やされるんだって」

「なんですって!?」

「安心なさって。今の私はチャールズなんて浮気男全然これっぽっちも興味ありませんから。今の私には私だけを愛してくれる男性がいますもの。あんな浮気男と付き合っていつ捨てられるか分からないあなたが可哀想に思える程ですわ」

「たかが貧乏男爵令嬢の分際でよくも私にそんな失礼な言葉が言えるわね!」

「私に手を上げるおつもりなら止められた方が賢明ですわよ。私にはあなたやチャールズなんかよりずっと強力な味方がいるんですから」

 チラッとマリーアンがクリスティアナを見た。

 その視線を追って皆がクリスティアナを見たが、クリスティアナは無視して紅茶を飲んだ。

 カミラの友人の一人がクリスティアナに近寄って訊ねた。

「あの、クリスティアナ様はマリーアンと姉妹関係だって噂がありますが、本当ですか?」

 全員がクリスティアナの答えに注目した。

 yesと言えばこの騒ぎは収まるだろう。だがクリスティアナはそんな嘘をマリーアンの為に言うつもりはなかった。

「いいえ、私とブラウン男爵令嬢は姉妹関係ではありませんわ」

 その瞬間を待っていたかのようにカミラの平手がマリーアンの頬に飛んだ。

 マリーアンの持っていたブローチが手から離れて芝生に落ちた。そのブローチをカミラが踏みつけて壊した。

「きゃあ、私のブローチが。彼からのプレゼントなのに」

「あら、ごめんなさい。うっかり踏んづけてしまったわ。こんな安物をプレゼントしてくれる強力な味方の彼氏さんをどうか大切にね」

 割れたブローチを拾い上げてマリーアンはカミラを下から睨み付け、一瞬の隙に殴り返した。

 カミラの華奢の身体が横に飛んでテーブルにぶつかった。

「きゃあ」

 カミラにぶつかった女性が悲鳴をあげた。

 紅茶が零れ被害者だったマリーアンは一瞬にして加害者に成り代わった。

 周囲の咎める視線を受けてマリーアンは泣きながらクリスティアナに走り寄りドレスにすがりついた。


「助けて下さい、クリスティアナ様」

「そうやってお優しいクリスティアナ様に庇って貰おうなんて図々しいわよ。姉妹だなんて嘘を吐いてクリスティアナ様に迷惑をお掛けしたくせに」

「嘘じゃありません。私達は特別な関係です。ね、クリスティアナ様」

 庇ってくれて当然とでも言いたげな態度にクリスは気分が悪くなった。

 いつもは虐められても大人しくしているのに今日これだけ強気に出たのはいざとなればクリスが守ってくれるに違いないという考えが頭にあったからだろう。

 一方的に虐められていろとは思わないが、婚約者をクリスから奪っておいてクリスの助力を当てにするのはさすがに図々しいと思った。 

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