8音 勧誘
□■□
「今日のところは取り敢えず終わりだ。今日の試合結果を鑑みてお前等の適性に合う科のリストをその腕時計型端末に送信しておく。明日までに自分の第一希望を決めておけ。以上、解散」
教室に戻った4Aの生徒達は辻の説明を聞き終えると、早速それぞれに送られたリストを確認し出す。
「おっ!俺には三つも来てるぞ!」
「私は…二つかぁ……」
「よしっ!機動科がリストに含まれてる!これでお父様に叱られずに済むぞ!!!」
自分達の親が希望する科がリストに含まれている、含まれていないと一喜一憂するクラスメイト達を横目に玲は人知れず教室から退却していた。このまま教室に残ればお互いのリストの見せ合いが始まりそうだったからだ。
(八つ全ての科がある…)
玲がリストを開いてみるとそこにはヒナタが説明していた科の名前が記載されており、そのリストの最後には『特科』の二文字もある。今日のところは初日ということもあり、一年生達は早めに授業が終わったので玲は事前に案内が来ていた寮に帰ることはせず、情報収集のためにと校舎内を歩き始めた。
この学校は再三言っているが、日本国内で重要な役職に就いている者達の跡継ぎが通っている。そのため学校内の防犯レベルがなかなかのモノだ。窓には防弾ガラスを採用しており、各教室のドアには生体認証システム、そして制服のブレザーの校章に刻まれた生徒を認証するためのIDチップ。他にも異常なまでの防犯カメラが校舎の壁面に設置されており、外部からの侵入者への対策がよく取られている。
校舎を観察しながら歩くこと五分ほど、自分達の試合相手として辻に駆り出された三人組の姿が見えた。そこには日向と金髪少女の姿はなく、引き返そうかと思ったところ相手に気付かれ手招きまでされたため玲は仕方なく彼らの許へと足を進める。
「あ、…こん…にちは」
「よお!さっきの強い子じゃないか!一人で何をしていたんだ?」
「…特には」
「……そうですか。それよりも入学早々、お疲れでしょうが少し時間を頂けませんか?貴女にぜひとも話しておきたいことがあります」
細身の男子生徒は窓から見える裏庭を指差して、あそこで話をしようと提案してきた。本来ならばあまり人と関わることは避けたいが今は少しでも情報を得る必要があると考えていたため、拒否の意を示すことなく三人の後ろをついていくことにした。
「さて、ここなら大丈夫でしょう。急な誘いをして申し訳ないが早い事に越したことはないと考えてね」
「おい!お前ばかり話すのはズルいだろ!俺に話をさせろ!」
「……どうぞ」
よしっとガッツポーズをする大柄な男子生徒に対して溜息をつきつつも、彼の好きなようにやらせましょうとばかりに自分は一歩後ろに下がる。そのやり取りをどうでもいいかのように見ていた玲は取り敢えず見るからに体育会系の男と視線を合わせる。
「単刀直入に言わせてもらうとだな、お前、俺らの所属するチームに入らないか?何なら俺とデュアルを―――ってぇ!何すんだよ!!!」
「…い、今はチームの話だよ。デュ、デュアルの話は…ダメ」
自分は引き立て役のような立ち位置を貫き通すのかと思いきや、意外と遠慮なく男の頭を叩く女子生徒の姿を見て玲は少し驚いていた。しかし、その事よりも気になったのが。
「…チーム、それに…デュアル……?」
「お、おい。まさかだけど…知らないのか?あ~いや、そういえばお前の担任は辻だったか。じゃあ仕方ねーのか?いや、仕方なくねーよな…」
「あ、あのねチームっていうのは基本的に同じ科の…生徒で組むもので人数は十人まで……。チームは学年、性別関係なく…お互いの…同意があれば組むことが出来る。え、えっと、それでデュアルって言うのはね……」
「言うなればパートナーの事です。その呼び名もそれぞれで単純にパートナーと言う人もいれば、ツイン、ダブルなど『2』を表す単語であれば特に問題ありません。一応呼び名の使い分けはされていますが…「えっそうなのか?」。はぁ…すみません、一応この馬鹿のために「馬鹿って何だよ!?」説明させてもらいますね」
次々に言葉を引き継いで答える三人組の様子に彼らの付き合いが長いことが窺える。しかし、一々話し手が変わるので玲にとっては迷惑でしかないが。
「私達警備科が好んで使う『デュアル』。……この単語には『異なる二対のもの』という意味が込められています。私達はそれぞれ違う人間ですが二人ならやり遂げられるという一種の暗示みたいなものでしょうか。そして『ツイン』。これは『同一の二人』。英語で双子をtwinと言いますが、これはその名の通り双子であるかの様な意思疎通、連携の良さを表します。実際うちの学校にも双子はいますが、そのほとんどが『ツイン』として活躍しています。あ、勿論双子でない『ツイン』もいますが、連携に長けている者達にしか使うことが許されていない呼び名ですね。次に『ダブル』。これは確か……」
「『0と2』…だったと思うよ」
「ゼロ…?」
女子生徒の言葉に玲は疑問を覚え、無意識に口に出してしまった。
「うん…『ダブル』は英語では2倍という意味を持つけど、二人の力が相乗効果で高まるかはその二人次第。その力をゼロにするか……それとも累乗的に上げられるかは分からない。…その子達両方の実力の高さを証明する呼び名として使われているよ…。そして『パートナー』―――これに込められている意味は『一蓮托生の二人』。……これについてはもう解るよね?」
「………」
「まぁそんなこっぱずかしい名称使っているやつ等なんて一握りだがな。ガハハハッ!!!」
「一々君はうるさいんだよ。まったく…それで話が逸れてしまいましたが僕達のチームに入りませんか?チームを組むことで評価も上がりやすくなりますし。貴女にとっても僕達にとってもチームの加入にはメリットがある」
「……同じ科で組むものと聞いたけど?」
三人は玲の言葉に顔を見合わせ、頷き合う。
「それは基本的に…の場合です。絶対ではありません。他の科の生徒で組んでいるチームもありますから安心して下さい。それで、どうでしょう?今この場で回答はいただけますか?」
「断る」
躊躇うことなく断りの言葉を口にする玲に一同は目を見開く。大柄な男に関しては口を開いてぽけーっとしたまま固まった。
「えっと…理由を聞いてもいいかな……?」
「…貴方達と組んで得られるメリットが少なそうだから。話が終わりならこれで」
「おっおい!」
先輩の制止の声を聞くこともなく玲は裏庭を後にした。男は両手を頭の後ろにもってきて、二人に振り返って悪態をつく。
「あ~あぁ、折角俺らが日向のヤツが暴走する前に誘ったていうのにな~」
「えぇ…」
「そうだな……」
二人は彼の言葉に否定することなく、現在姿が見えない日向の姿を思い浮かべるのであった。