5音 入学式
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「こちらの誘導に従って下さ~い!」
「入学式の入り口はこちらからです」
「前の方から詰めて座るよう、ご協力お願いしまーす」
上級生と思われる生徒達がどこか初々しさを漂わせる新入生達の案内人を務めている。最寄り駅からこの学園に到着するまで、その制服を多く見かけたがかなりの人数が今日の入学式に駆り出されているようだ。しかし彼らの大半が会場までの案内をしている一方で、十人程度が学園を取り囲むように塀の外で待機している姿もある。どこか警戒した様子を見せる彼らに、玲も人知れず警戒心を強める。
ただ何も不審なモノは感じ取れず、取り敢えず目の前の誘導に従って、会場内へと足を踏み入れる。そこにはすでに多くの生徒達が着席しており、隣に座った者同士で会話を弾ませている。玲は彼らの無邪気な様子を見つつも、その輪に入るようなことはせず、あまり会話が行われていない右側の列の端に座る。そうして式が始まるまで目を瞑って待っていようとするが。
「わぁ、綺麗!」
「すげぇ髪の毛。ハーフかな?」
「脚ほそーい!めっちゃスタイル良いじゃん!!!」
周囲の声が先程よりも大きくなり、どうやら静かに待たせてはもらえなさそうだ。だが、誰も話しかけてこないようにと目を瞑ることは止めず、ただただ時が過ぎるのを待つ。そうしていると会場内が騒がしくなってくる。席もほとんどが埋まってきたようで自分の隣で誰かが座った気配を感じるが、そちらを確かめようとはしない。
新入生の着席が完了したのかウィーンという音と伴にドアが閉じる。それまでおしゃべりしていた者達も口を閉じ、上級生達が左右の壁側に並び背筋を伸ばし後ろ手を組んで待機の姿勢を見せる。いよいよ準備が整ったようで会場内の明かりが消える。
「ようこそ、新入生の皆さん」
舞台のせりを使ったのか、スポットライトを浴びながら舞台下から現れる男が挨拶の言葉を口にした途端照明が一斉に点灯する。男はそのまま新入生に向けた言葉を淡々と言っていく。
「藤の花言葉は『歓迎』。皆さん、改めてようこそ藤学園へ」
そう締めくくると学園長の男は登場と同様にせりを使って退場し、玲達はいくつかの学園に関する説明を受け、教室でのHRを始めるまで三十分の休憩時間を与えられた。玲は他の生徒達に捕まらないよう、静かに会場から抜け出すとそのまま校舎裏へと歩いていき、予め校舎図で調べておいたベンチに腰掛ける。首にかけていたヘッドフォンをつけ、最近リリースされた曲を再生する。疾走感に駆られるその曲調に自然とリズムに乗せられ、つま先でトントンと音を出す。一応制服は着ているが、特に校則で記載されていないため、玲はジャケット内に灰色の薄手のパーカーと愛用のヘッドフォンを身につけていた。初日からここまでする生徒はいないかと思いきや、かなりの人数が制服に改造を施していたので、別段浮くこともなく入学式では過ごしていた。…女子生徒でスラックスを穿いていた者は玲だけだったが。
「何を聞いているのかな~」
「……」
曲のサビに入るというところで、小さい女の子が下から覗き込むような体勢で突然現れる。玲が脚を組んでいるため、彼女の膝に手をつくようにして顔の距離を近づけてくるちびっ子。無視を決め込もうとしていた玲も流石に耐えられず、少女に向かって腕を横に振るう。
「わわっ!駄目だよ~暴力なんて。人を怪我させて良い事なんて無いぞ☆」
腕が身体に当たる前に後ろに飛び退くと、腰に手を当てて暴力反対を訴える。しかしヘッドフォンをしている玲は少女の口の動きから何かを言っていることまでは解るが、その内容までは見て取れなかった。仕方なくヘッドフォンを外し首に掛け直す。改めて眼前の不審者少女を観察すると、目算だけでも身長が150もないことが解る。中等部の人間なのだろうか。
この学園は中等部と高等部でそれぞれ三年ずつの課程に分けられ、校舎もお互い離れた場所に建てられている。中等部の生徒を前期課程生、高等部の生徒を後期課程生と呼ぶそうだが多くの生徒は『前期』、『後期』と略称を使っている。玲は高等部からの編入となり、所謂外部生のグループに所属している。さきほどの入学式は、内部生にとってはただの進級式であり、あの改造制服を着ていた者のほとんどが内部生なのだ。
「……何か用?」
取り敢えずベンチに腰かけたまま急に現れた意図を尋ねる。そのあからさまの不遜な態度に言及する訳でもなく、少女は「えーとね」と言いながら、また玲の方へと近づく。
「別に用という用は持ち合わせてないかな~。君が一人でいるから気になって付いてきてみました!あっそっか!自己紹介してなかったね~。初めまして~警備科所属の小兵日向だよ~」
警戒するような視線を向けてくる玲に少女―――日向は挨拶と自己紹介を始める。
「こ~んな見た目だけど、これでもヒナタは学年最優秀者に選ばれる実力なんだ~」
「警備科?じゃあ学園の周囲に居たのは…」
「そう!私達警備科のメンバーだよ~。この学園は政界のお偉いさんのご子息や~、軍関係者のご令嬢とか地位の高い人達の跡取りが通われるから~誘拐の危険も高くてね~。こういう行事の度に警備科が監視を任命されるんだ~」
日向の説明で疑問の一つが氷解する。だが学生に警備を任せる学校なんて聞いたことがない玲は、祖母の話の通りどこか常識に囚われない学校であることを再認識する。
「ヒナタ達以外にも警備につく科はあるにはあるんだけどね~。まぁSP科の子達は個人的な警護が多いから今日みたいなものには向いてないか~。と、まぁ科の話は後々習うだろうから置いといて~君のお名前は聞いてもいいかな~」
「………」
「う~ん、これでもヒナタ君の先輩なんだよ~?名前ぐらいは聞きたいな~ミステリアスな新入生さん!」
これは驚きだった。まさかその容姿で自分よりも目上の者だと考えていなかった玲は、日本人の童顔さに信じられないとばかりに頭を振る。その様子に『?』を浮かべた日向。少女の困惑に冷静さを取り戻した玲は、腕時計に目をやると立ち上がりこの場から去ろうとする。
「ええっ!ちょっ~と待って~。今の感じで無視するのは~ヒナタ傷つきますよ~」
ストップをかけようとすり寄ってくる日向に玲は鬱陶しいとばかりに、顔をそむける。
「なるほど~。そういう態度ですか~まぁヒナタも知り合って一日で嫌われるのは嫌ですから~。今日の所は解放しますね~」
やっと諦めた日向は、すでに校舎へと歩いていく玲に向かって手を振るのであった。
「まぁ~、どうせ一時間もすれば会えますからね~」