回想6 じゃあな
「今までどこで何してたんだ?」
一之瀬は怒りを隠しきれなかった。この目の前にいる女を殴ってやりたかった。
「どうして今現れるんだよ......!」
蛍は顔を伏せた。
「ごめんね一之瀬。辛い思い、させたわね」
一之瀬は歯を食い縛った。拳に力が入る。
蛍は顔を上げて、周りをゆっくりと見回し、誰もいないことを確認する。
「ちゃんと説明するわ。だから少し、話を聞いてくれる?」
____拝啓 天根薫様____
2003年4月
私の母、天根薫は、私が4歳の時に病気で亡くなった。私は母が大好きだったし、母も私を大好きでいてくれた。そしていつも、私のことをこう話していた。
「『蛍』っていう名前はね、とっても素敵な意味があるのよ。蛍は昼間はあまり目立たずにいるけど、夜は明るく光って、その暗い道を照らしてくれる。だから蛍ちゃんも、誰かを灯してあげられるような存在になってね』
だからとてつもなく悲しかった。私は4歳にして、「死」を味わった。
6歳になった私は、市立の小学校へと入学した。だがそこで私は変人扱いされ、誰とも友達になれなかった。
「コイツ、虫と土が好きなんだってよ!」
「だから名前も虫か!」
「お前の親も、虫好きなんだな!」
私はカッとなった。私の母と、そして母が大事にしていた自分の名前を馬鹿にされたからだ。私はその男子児童を殴った。「ふざけるな」と叫びながら。あわてて他の人に止められて、我に帰った。相手は鼻血を出していた。担任の先生にはこっぴどく怒られた。
「どうしてユウト君を殴ったの?」
「あの人たちは私と、私のお母さんを馬鹿にした」
「嫌な気持ちはわかるけど、殴るのは違うと思うわ。嫌なことは嫌だって伝えないと」
「先生」という存在は、いつでもどこでも綺麗事を並べる。
「お母さんが悲しむわ」
そんなのわかってる。家に帰ると、父に一晩中怒られた。父は、母が死んで、その悲しさから酒に溺れるようになった。毎日帰ってくるのも遅い。
「......ったく。面倒を起こしやがって。学校に通わせてやってるんだから、少しは俺の身にもなれよ」
今考えると、当時小学一年の私に、何を偉そうに言っているのだと馬鹿馬鹿しくなってくる。それでも、当時の私は父が怖かった。母がいた時のように、優しい父になって欲しい、と心から願っていた。
ある日、父の転勤で、転校することになった。引っ越した場所は複数の小学校の近くであったため、私が通う学校は、その中でも学費が安いものと父が決めた。それが、探偵専門学校だった。探偵になんてなる気はなかった。でも、最低限の学習はできるというので、通ったまでだった。
探偵専門学校では、主に二つの時間がある。普通の学校のような教科ごとの学習時間と、探偵になるための勉強の時間だ。後者では、卒業までに課せられた課題をグループで解決するという内容があった。この課題というのは、在学中の授業で習ったことをヒントに、答えを導くことができる。答えを導くのが早ければ早いほど、そのグループとして将来探偵になるための特権を獲得することができるのだ。この学校の生徒達はほとんどの人が探偵になることを夢見て入学しているというのに、自分だけただの学習に来ているなど、恥ずかしくて誰にも言えなかった。その日は、卒業まで共に活動することとなる、グループメンバー決めをした。各々が好きに動いて、それぞれでグループが決まる中、私はただ一人、その場から動けずにいた。
「なあ、お前、一人?」
一人の少年が話しかけてきた。濃い黒髪に、整った顔立ち。瞳が輝いていた。ああ、この子はきっと、探偵になりたくてしようがないんだ、と私は思った。
「俺も実は一人でさー。友達できる自信はあったのに、この一年間、一人も友達できなくてさ。お前は転校してきたから、まだ一人もいないだろ?じゃあさ、俺と組もうぜ!な?な?」
元気な子だった。もう誰でもいい。
「......いいよ。だけど、グループは四人以上必要」
その少年は、「よしっ!」とガッツポーズをすると、あたりをきょろきょろと見回した。
「うーん、あと二人か。俺探してくるから、お前も探してきてくんね?頭の良さとか関係ねー。とにかく、一人でいるやつを探してこいよ」
そう言って彼は、奥に消えていった。私も少し、辺りを見回すことにした。そして、一人の少女を見つけた。周りをきょろきょろと見回して、どこか怯えているように見える。
「......あの子一人だ」
近づこうとしたが、私はすぐにやめた。自分には、彼女を誘う資格など無いのでは、と思ったからだ。大して探偵になる気なんかないのに。
『頭の良さなんか関係ねー』『一人でいるやつを探してこいよ』
あの少年は、探偵らしさよりも、一人でいる子たちを選んだ。ならば、私は少年の思いに答えるべきなのではないか。とっさに足が動いた。
「ねえ」
少女が怯えた顔で振り返る。
「アンタも、一人?」
「よーっし!これで四人揃ったな!」
そう大声で話す彼と自分、そして自分が誘った少女にもう一人、彼が誘ったらしい少年もいる。これでグループが完成した。
「取りあえず、自己紹介だなっ」
彼はフフンと鼻を鳴らす。
「俺は一之瀬光!ぜってー探偵になるからな!ヨロシク!」
ドヤッとしている。誰も返事をしようとしないので、自分が返すことにした。
「......よろしく」
「次はお前だぜ、二番手」
一之瀬がそう言って私を指差した。
「......天根蛍。よろしく」
「蛍?珍しい名前だな!ヨロシクなっ!」
一人だけ元気があるものの、他二人は一向に返事をしない。
「ホラホラ、次はお前だ」
次に一之瀬の餌食にされたのは、私が誘った少女だった。さくら色の、肩で短く切った髪が印象的な子だった。それによく見るとかなり可愛い。だが今は、その顔が酷く怯えており、せっかくの可愛い顔が台無しになっている。
「......浅湊咲良です。......ど、どうぞよろしく」
声がどんどん小さくなり、語尾はほとんど聞き取れなかった。
「ヨロシクなっ!」
「よろしく」
私も一之瀬に連られて返事を返した。そして最後の少年は、相変わらずだんまりしており、体が一向に動いていない。一之瀬に指されても、その眼球だけを動かしていた。
「五十里圭。よろしく」
こうして全員が名乗ったところで、このグループに一つ目の課題が出された。
「えっと、課題は......」
一つ目の課題は、『どのような探偵になりたいか』
* * *
「......ちょっと待てよ」
一之瀬は右手を挙げて蛍の話を遮った。
「話はそこからなのか?」
「......そうよ」
「何でだ」
まだ一之瀬の怒りは治まっていないようだった。蛍は居心地悪そうに答える。
「......全て、繋がっていた」
「は?」
蛍は今にも泣きそうだった。一之瀬が怒っている。顔を真っ赤にして。
「先生」
突然聞こえたその声に、二人は同じ方向を向いた。海真だった。ドアの陰からそっと顔だけ覗かせていた。二人は息を飲んだ。
「......シーマ、いつからそこに?」
「ごめんなさい!」
海真はバッと頭を下げた。そして顔を上げて、まくし立てるように言った。
「ずっと話を聞いてたわけじゃないの!今来たばかりで......。話に入っちゃいけないのわかってるけど、その、先生が怒ってたから......」
海真はもう一度、ごめんなさいと言った。そんな海真を見て一之瀬は、いつものように優しく笑って、「大丈夫だよ」と言った。
「悪かったねシーマ。話が長くなってしまって。リーダー......蛍もごめん。ついカッとなった」
蛍に対しても頭を下げた。蛍は申し訳なさそうに、「いいのよ」と一言だけ言った。
「話はまた今度にしよう、蛍。今日はもう遅い。シーマも早く寝なさい」
一之瀬が言うと海真はこくりと頷いて、階段を上りかけると、何か言いたげにこちらを振り向いたが、また上って行った。
「......あの子があなたの助手?」
蛍は階段を上る海真を目で追いかけながら一之瀬に尋ねた。
「ああ。まだ中学生なんだ」
「随分と可愛い子ね。咲良にそっくり」
「やめろ」
一之瀬はまた蛍を軽蔑した。
「ごめんなさい。でも、扱いはほどほどにね」
蛍はそう言って立ち上がると、玄関へと向かった。一之瀬はそれを俯いたまま追いかけた。
「突然来て悪かったわね。でも理由があるの。そこはまたおいおい話すわ」
蛍は靴を履いて靴紐をキュッと結んだ。そして立ち上がると、どこか申し訳なさそうに笑った。
「じゃあね、一之瀬。また来るわ」
蛍は扉を開けて出ていった。一之瀬は追いかけようかと思ったが、それももうやめた。彼女に干渉し過ぎるのは、きっといけない。扉がガチャリと締まり、そこには一之瀬しかいなくなってしまった。一之瀬は歯を食い縛ると、
「ああ、じゃあな」
と、言葉を発した。
もう絶対に相手に聞こえることはないのに。




