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名探偵の回想録  作者: 時雨
6/8

回想5   友達とお客様

「話があるんだけど」

そう言った彼女の瞳は、爛々と輝いていた。海真はどぎまぎした。今まで一度も話したことがない彼女からの用など、想像も出来なかった。海真はこくりと頷くと、結花に連れられて、屋上へとやってきた。ここは立ち入り禁止の場所のはずだ。海真がそれを伝えようと口を開こうとするが、向こうの方が早かった。

「本当はここは立ち入り禁止なんだけど」

結花がくしゃりと髪をかいた。

「アンタとの話のためにわざわざ来たんだ。それくらい重要な話」

結花が目を細めて空を眺めた。風に彼女の長い髪がなびく。きれいだな、と海真は思った。本当にモデルか何かをやっているのではないか。

「あの......話って」

海真がうずうずして聞く。

「アンタってさ」

結花が、空を見上げたまま口を開いた。

「孤児院からの出なんでしょ。ホントの親なんていなくて、今は一之瀬っていう探偵に世話されてる」

海真の体に衝撃が走った。どうして彼女がそれを知っているのだ。一之瀬は警察、関係者以外は極秘にすると言っていた。嘘をついたのか?海真はフルフルと首を横に振った。そんなハズはない。じゃあどうして。

「どうして、佐江さんがそれを......?」

海真はぎゅっと目を瞑った。もう何もかもが怖い。

「アタシのお父さん、警察なんだよね。だからお父さんがいろいろ知ってんの。一之瀬探偵と近いから。それでアンタの話も聞いて」

結花がつまらなそうに言う。......決して極秘ではないではないか。海真は頭の中で、ポコスカと一之瀬を叩いた。いつも一之瀬と親しくしている警察、あの中に結花の父親がいたということになる。

「で、アンタの親友の名前......その、木更って子の家族を探してんでしょ。行方不明の」

「うん」

海真はゆっくりと頷いた。

「だからさ、」

結花が海真へと振り向く。

「アタシにもそれ、協力させてよ」

えっ、という声が、海真の口から出た。

「力になれるかはわからないけど、アタシも、なんとなくそういう気持ち、わかるよ」

結花がにっこりと笑う。海真は目が回った。本日二回目だ。おろおろしている海真に、彼女は手を差し伸べてきた。

「まずは友達から。よろしく」

海真は、しばらく結花の金色の瞳を見つめた。そして俯いて、彼女の手を取った。

「......よろしく」

結花はそれを見て笑った。

「ツンデレかよ~!」

海真は居心地悪そうにポリポリと頭をかいた。教室へ戻ろうと、二人で階段を下りていると、結花が話しかけてきた。

「あのさ、アンタアンタ言ってちゃ悪いからさ、お互い呼び方決めようよ」

互いの目が合った。

「アタシのことはユイでいいよ。小さい頃からそう呼ばれてるし。アンタは、あだ名とかあるの?」

海真は少し考えて、これしか無いな、と口を開いた。

「......シーマって呼ばれてる」

「シーマ?」

結花がすっとんきょうな声を出した。そして、しばらくして、「ああ、なるほど」

と納得した。

「『海真』の『海』を英訳したのか!いいね、それ。言いやすいし覚えやすい」

彼女は一人でウンウンと頷くと、何かを思い出したかのように、指をピーンと立てた。

「そーいえばさ、シーマって最近、磯山と話してるよね?何?気があるの?」

結花がニヤニヤとこちらを見つめる。海真の頭にハテナマークが浮かんだ。

「話してるっていうか、話しかけられてるだけで......。それに、『気がある』って、何?」

「え?」

結花が立ち止まる。

「えっと......そーいうの、わからない感じ?」

質問を質問で返された。海真は相変わらずきょとんとしていた。結花は「うーん」と唸ると、顔を少し赤らめて、海真に話し始めた。

「『気がある』っていうのは、その......『好き』っていうことで......。『好き』っていう感情は、わか......るよね?」

海真は「当然」という顔でウンウンと頷いた。

「私はオムライスとりんごが好き」

結花は苦笑いをして、また話し始めた。

「うーんと、まああながち間違いではないか......。でもねシーマ。『好き』っていうのには二種類あって、今みたいな物に対する『好き』と、もう一つ、異性に対する『好き』があるんだよ」

海真はその言葉を復唱した。

「異性に対する『好き』......」

そこでチャイムが鳴った。

「うわっ、急がないと!次移動教室じゃん!」

結花がボーッとしている海真の手を取る。

「ほら行こっ!」

海真は引っ張られながら、その後ろ姿を眺めた。

(『友達』......)

ユキ以外の友達。それもいいな、と海真は心の底からそう思えた。

(帰ったら先生に報告しよう!先生どんな顔するだろうなあ!)


*                 *                *


「で、あんた誰なんスか......」

遥人は、一之瀬不在中にやってきた客に頭を悩ませていた。とりあえず中に入れて、コーヒーも出して事情を聞こうと思ったのだが、この客、口数が少な過ぎる。

「だから、一之瀬光探偵の......この病院の先生の、同級生よ」

その女性らしい抑揚のある声は、遥人でさえも魅了されそうになった。遥人は緊張しながらも、相手を観察した。綺麗なグリーンの長い髪を胸まで垂らし、真っ黒い瞳はまるで宝石のようで、見つめていると吸い込まれそうになる。その細い体に、地味なワンピースが似合っていた。正直、遥人からすると、正直、かなりの美女だ。だが残念だと思ったのが、目の下の濃い隈だった。髪の毛も所々はねているところも見ると、かなりお疲れの様子だ。

「いや、ですから、お名前を......」

遥人がうんざりと尋ねる。

「ああ、名前ね」

それしかないだろ、と遥人は心の中で突っ込んだ。彼女はスカートの下で長い脚を組み、コーヒーを啜ると、にっこりと笑った。

「申し遅れたわね。私は天根蛍(あまねほたる)。一之瀬とは、探偵専門学校で同じクラスだったのよ」

そして遥人をまじまじと見つめる。

「確かあなたは、一之瀬の弟子......だったかしら?名前は忘れたけど」

遥人はため息をついた。

「三島遥人っス。覚えて帰って下さい。で、何の用で来たんスか?先生は今仕事中っスけど」

蛍はきょとんとした。

「あら?いないの?」

「さっきもそう伝えましたけどね......」

遥人が居心地悪そうに頭をポリポリとかいた。蛍が残念そうに肩を落とす。

「そう......。いないんじゃあ、用件は伝えられないわ」

「......俺が伝えておきましょうか?」

蛍はフルフルと首を横に振った。

「本人に直接伝えたい内容でね。大事な話なの。でもいないんじゃ仕方無いわね。じゃあ......」

これでようやく帰ってくれる、と遥人は安堵した。

「彼が帰ってくるまで、ここに居させて貰おうかしら」

「は!?」

遥人は立ち上がった。本人はきょとんとしている。

「ダメだった?」

遥人は座った。ダメではないが、この人は変過ぎる。

「そーいうわけじゃないっスけど......」

遥人は返事に詰まる。そんな彼を見て蛍は、ニッと笑って口を開いた。

「遥人くん、貴方、土器に興味はない?」

「え?」


*                 *                 *


「......おいおい、これは一体どいうことだ」

一之瀬は仕事が終わり、玄関に入るなり、ため息をついた。目の前には、考古学関連の文献などが散らかっている。

「あっ先生!おかえりなさいっス!」

リビングから遥人の声が聞こえてくるので、一之瀬はその文献などをまたぎながら、リビングへと向かった。

「遥人、どうしてこんなに散らかして......」

一之瀬はリビングに入るなり息を飲んだ。そして呟いた。

「......リーダー」

蛍と目が合うと、さっと目を反らした。

「天根さん、先生の同級生なんスよね?すごい考古学に詳しいんスよ、この人。先生が帰って来るまで暇だったんで、土器について語り合ってたら、盛り上がっちゃって......」

遥人は蛍に並んで文献などを机の上に広げていた。蛍は遥人に向けて微笑む。

「私も昔はそういうの好きだったから。ついね」

そして彼女は一之瀬に向き直った。

「久しぶりね、一之瀬。探学以来だから、8年ぶりかしら」

「......どうして今まで現れなかった?今までどこで何してたんだ?」

一之瀬が蛍を睨む。蛍は依然、余裕そうな表情だ。

突然始まったわけのわからない展開に、遥人はおどおどした。ここにいてはまずいと思い、席を立って台所へと向かった。

「な、何か作りますね~......」

その時だった。

「ただいま~」

海真が帰ってきた。遥人はあわてて海真に駆け寄り、「しーっ」と、口元に人差し指を立てた。首を傾げる海真に小声で遥人が言った。

「い、今先生は、その、お客さんと大事な話してるんで、と、取り敢えず自分の部屋行っててっス」

海真はチラリとリビングを見ると、コクリと頷いて、自室へと向かった。

「あっ」

海真が何かを思い出したように振り返る。

「遥人くん、ちゃんと玄関の物とか片してね」

「......ハイ」


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