回想5 友達とお客様
「話があるんだけど」
そう言った彼女の瞳は、爛々と輝いていた。海真はどぎまぎした。今まで一度も話したことがない彼女からの用など、想像も出来なかった。海真はこくりと頷くと、結花に連れられて、屋上へとやってきた。ここは立ち入り禁止の場所のはずだ。海真がそれを伝えようと口を開こうとするが、向こうの方が早かった。
「本当はここは立ち入り禁止なんだけど」
結花がくしゃりと髪をかいた。
「アンタとの話のためにわざわざ来たんだ。それくらい重要な話」
結花が目を細めて空を眺めた。風に彼女の長い髪がなびく。きれいだな、と海真は思った。本当にモデルか何かをやっているのではないか。
「あの......話って」
海真がうずうずして聞く。
「アンタってさ」
結花が、空を見上げたまま口を開いた。
「孤児院からの出なんでしょ。ホントの親なんていなくて、今は一之瀬っていう探偵に世話されてる」
海真の体に衝撃が走った。どうして彼女がそれを知っているのだ。一之瀬は警察、関係者以外は極秘にすると言っていた。嘘をついたのか?海真はフルフルと首を横に振った。そんなハズはない。じゃあどうして。
「どうして、佐江さんがそれを......?」
海真はぎゅっと目を瞑った。もう何もかもが怖い。
「アタシのお父さん、警察なんだよね。だからお父さんがいろいろ知ってんの。一之瀬探偵と近いから。それでアンタの話も聞いて」
結花がつまらなそうに言う。......決して極秘ではないではないか。海真は頭の中で、ポコスカと一之瀬を叩いた。いつも一之瀬と親しくしている警察、あの中に結花の父親がいたということになる。
「で、アンタの親友の名前......その、木更って子の家族を探してんでしょ。行方不明の」
「うん」
海真はゆっくりと頷いた。
「だからさ、」
結花が海真へと振り向く。
「アタシにもそれ、協力させてよ」
えっ、という声が、海真の口から出た。
「力になれるかはわからないけど、アタシも、なんとなくそういう気持ち、わかるよ」
結花がにっこりと笑う。海真は目が回った。本日二回目だ。おろおろしている海真に、彼女は手を差し伸べてきた。
「まずは友達から。よろしく」
海真は、しばらく結花の金色の瞳を見つめた。そして俯いて、彼女の手を取った。
「......よろしく」
結花はそれを見て笑った。
「ツンデレかよ~!」
海真は居心地悪そうにポリポリと頭をかいた。教室へ戻ろうと、二人で階段を下りていると、結花が話しかけてきた。
「あのさ、アンタアンタ言ってちゃ悪いからさ、お互い呼び方決めようよ」
互いの目が合った。
「アタシのことはユイでいいよ。小さい頃からそう呼ばれてるし。アンタは、あだ名とかあるの?」
海真は少し考えて、これしか無いな、と口を開いた。
「......シーマって呼ばれてる」
「シーマ?」
結花がすっとんきょうな声を出した。そして、しばらくして、「ああ、なるほど」
と納得した。
「『海真』の『海』を英訳したのか!いいね、それ。言いやすいし覚えやすい」
彼女は一人でウンウンと頷くと、何かを思い出したかのように、指をピーンと立てた。
「そーいえばさ、シーマって最近、磯山と話してるよね?何?気があるの?」
結花がニヤニヤとこちらを見つめる。海真の頭にハテナマークが浮かんだ。
「話してるっていうか、話しかけられてるだけで......。それに、『気がある』って、何?」
「え?」
結花が立ち止まる。
「えっと......そーいうの、わからない感じ?」
質問を質問で返された。海真は相変わらずきょとんとしていた。結花は「うーん」と唸ると、顔を少し赤らめて、海真に話し始めた。
「『気がある』っていうのは、その......『好き』っていうことで......。『好き』っていう感情は、わか......るよね?」
海真は「当然」という顔でウンウンと頷いた。
「私はオムライスとりんごが好き」
結花は苦笑いをして、また話し始めた。
「うーんと、まああながち間違いではないか......。でもねシーマ。『好き』っていうのには二種類あって、今みたいな物に対する『好き』と、もう一つ、異性に対する『好き』があるんだよ」
海真はその言葉を復唱した。
「異性に対する『好き』......」
そこでチャイムが鳴った。
「うわっ、急がないと!次移動教室じゃん!」
結花がボーッとしている海真の手を取る。
「ほら行こっ!」
海真は引っ張られながら、その後ろ姿を眺めた。
(『友達』......)
ユキ以外の友達。それもいいな、と海真は心の底からそう思えた。
(帰ったら先生に報告しよう!先生どんな顔するだろうなあ!)
* * *
「で、あんた誰なんスか......」
遥人は、一之瀬不在中にやってきた客に頭を悩ませていた。とりあえず中に入れて、コーヒーも出して事情を聞こうと思ったのだが、この客、口数が少な過ぎる。
「だから、一之瀬光探偵の......この病院の先生の、同級生よ」
その女性らしい抑揚のある声は、遥人でさえも魅了されそうになった。遥人は緊張しながらも、相手を観察した。綺麗なグリーンの長い髪を胸まで垂らし、真っ黒い瞳はまるで宝石のようで、見つめていると吸い込まれそうになる。その細い体に、地味なワンピースが似合っていた。正直、遥人からすると、正直、かなりの美女だ。だが残念だと思ったのが、目の下の濃い隈だった。髪の毛も所々はねているところも見ると、かなりお疲れの様子だ。
「いや、ですから、お名前を......」
遥人がうんざりと尋ねる。
「ああ、名前ね」
それしかないだろ、と遥人は心の中で突っ込んだ。彼女はスカートの下で長い脚を組み、コーヒーを啜ると、にっこりと笑った。
「申し遅れたわね。私は天根蛍。一之瀬とは、探偵専門学校で同じクラスだったのよ」
そして遥人をまじまじと見つめる。
「確かあなたは、一之瀬の弟子......だったかしら?名前は忘れたけど」
遥人はため息をついた。
「三島遥人っス。覚えて帰って下さい。で、何の用で来たんスか?先生は今仕事中っスけど」
蛍はきょとんとした。
「あら?いないの?」
「さっきもそう伝えましたけどね......」
遥人が居心地悪そうに頭をポリポリとかいた。蛍が残念そうに肩を落とす。
「そう......。いないんじゃあ、用件は伝えられないわ」
「......俺が伝えておきましょうか?」
蛍はフルフルと首を横に振った。
「本人に直接伝えたい内容でね。大事な話なの。でもいないんじゃ仕方無いわね。じゃあ......」
これでようやく帰ってくれる、と遥人は安堵した。
「彼が帰ってくるまで、ここに居させて貰おうかしら」
「は!?」
遥人は立ち上がった。本人はきょとんとしている。
「ダメだった?」
遥人は座った。ダメではないが、この人は変過ぎる。
「そーいうわけじゃないっスけど......」
遥人は返事に詰まる。そんな彼を見て蛍は、ニッと笑って口を開いた。
「遥人くん、貴方、土器に興味はない?」
「え?」
* * *
「......おいおい、これは一体どいうことだ」
一之瀬は仕事が終わり、玄関に入るなり、ため息をついた。目の前には、考古学関連の文献などが散らかっている。
「あっ先生!おかえりなさいっス!」
リビングから遥人の声が聞こえてくるので、一之瀬はその文献などをまたぎながら、リビングへと向かった。
「遥人、どうしてこんなに散らかして......」
一之瀬はリビングに入るなり息を飲んだ。そして呟いた。
「......リーダー」
蛍と目が合うと、さっと目を反らした。
「天根さん、先生の同級生なんスよね?すごい考古学に詳しいんスよ、この人。先生が帰って来るまで暇だったんで、土器について語り合ってたら、盛り上がっちゃって......」
遥人は蛍に並んで文献などを机の上に広げていた。蛍は遥人に向けて微笑む。
「私も昔はそういうの好きだったから。ついね」
そして彼女は一之瀬に向き直った。
「久しぶりね、一之瀬。探学以来だから、8年ぶりかしら」
「......どうして今まで現れなかった?今までどこで何してたんだ?」
一之瀬が蛍を睨む。蛍は依然、余裕そうな表情だ。
突然始まったわけのわからない展開に、遥人はおどおどした。ここにいてはまずいと思い、席を立って台所へと向かった。
「な、何か作りますね~......」
その時だった。
「ただいま~」
海真が帰ってきた。遥人はあわてて海真に駆け寄り、「しーっ」と、口元に人差し指を立てた。首を傾げる海真に小声で遥人が言った。
「い、今先生は、その、お客さんと大事な話してるんで、と、取り敢えず自分の部屋行っててっス」
海真はチラリとリビングを見ると、コクリと頷いて、自室へと向かった。
「あっ」
海真が何かを思い出したように振り返る。
「遥人くん、ちゃんと玄関の物とか片してね」
「......ハイ」




