回想3 木更由紀
「......とまあ、そんなことがあったわけだ」
一之瀬は一通り話し終わり、ため息をついて、コーヒーを啜った。客の少ないおしゃれなカフェのカウンターで、一之瀬はその人と2人きりでいた。
「なるほど。そりゃあ、災難だったっスね。で、シーマちゃんはその後大丈夫だったんスか?」
その相手は、コーヒーにドボドボと角砂糖を入れながら尋ねた。
一之瀬は気だるげに答えた。
「しばらく、頭が痛いと言って寝込んでたよ。顔色も悪かった。変な夢を見ていたらしい。これはもう、完全に俺のせいだよな......」
一之瀬はまた大きなため息をついた。一之瀬が手を挙げて店員を呼ぶと、メロンソーダフロートを1つ頼んだ。
「相変わらずがっつりしたのいきますね」
その相手は苦笑いした。
「まあ、そういうことも受け入れて助手になってくれたのがシーマちゃんじゃないっスか。心配だけど、頑張ってもらうしかないっスよ」
一之瀬はその相手がうまそうにコーヒーを啜る様子を眺めた。
「......ホント、いつも悪いな、遥人。こんな話聞いてもらって」
その相手、三島遥人は、一之瀬に向けてニッと笑った。
「当たり前じゃないっスか。なんてったって、俺は一之瀬光探偵の弟子なんスから!」
一之瀬は改めて彼を観察した。短く切り整えた色素の薄い髪は、太陽光に当たってライオンのたてがみのように金色に染まる。ぱっちりとした目に整った顔は、どこか優しい印象を与えた。
「そういえばお前、またとなり町での研究に行くんだろ?いつ頃帰ってくるんだ?」
遥人は通っている大学で、考古学を研究している。本人は地味でモテないと言ってはいるが、やっぱり楽しいらしい。
遥人はううーんと唸った。
「一応は来週には帰ってくる予定なんスけど、また前回みたいに長引く可能性は大なんで......」
「そうか。今は何の研究をしているんだ?」
「今は縄文遺跡をテーマとした大々的な研究を!今回のことが解明されたら、そりゃあもうマスコミにも引っ張りだこで......」
遥人は空気が抜けた風船のようにしぼんだ。一之瀬が驚いたように尋ねる。
「......どうした?」
遥人は居心地悪そうに体を縮めた。
「いや、その。俺が大学の研究ばっかりに精を出して、先生の手伝いとか全然できてないから......俺、弟子なのに、ホント申し訳ないなって思って......」
遥人は頭を下げた。一之瀬はいかにも心外という風に目を見開いた。
「......頭を上げろ。誰もそんなことは咎めちゃいないだろう。お前は自分の好きなことをやっているだけだ。探偵の仕事だって、常日頃からあるわけじゃあない。気が向いた時にまた会いにこればいいさ」
遥人は嬉しそうに笑った。
「は、ハイ!俺、頑張」
「メロンソーダフロートのお客様」
店員が何の躊躇いもなくやってきた。
一之瀬はスッと手を挙げた。
* * *
海真はしばらく自室で休んでいた。恐ろしく気分が悪い。前にもあの夢を見た気がする。海真は今までに何度も夢を見ている。そのほとんどがユキの出てくる夢だ。だが、今回のは今までのと何かが違う。胸がキリキリする。何かが引っ掛かる。
「......事件の話、どうなったんだろ」
海真は当分行けそうにない。一之瀬が1人で行ってしまったのかもしれない。
『先生、私、ユキの家族に会いたい』
海真はゆっくりと瞼を閉じた。
『葉山家じゃなくて、その前の......ユキが、孤児院に入る前の、ユキの本当の家族に会いたい』
「ユキはずっと言ってた。前の家族に会いたいって。でも、前の名字も知らないし、孤児院に来たのは3歳くらいの時だったから、あんまり覚えてなくて。でも1つだけ、お姉ちゃんがいたことは覚えてるんだって。お姉ちゃんは優しくて、どうして自分はお姉ちゃんと一緒にいれなかったのか、知りたいんだって。だから、ユキの無念を晴らすためにも、私がそれを知りたい。もしそれが知れるんだったら、私、助手になります」
「ユキちゃんの孤児院に入る前の名字ならわかったよ」
一之瀬は言った。
「『木更』だ。彼女の本当の名は、『木更由紀』」
それを聞いた瞬間、その響きに、海真は震えが止まらなかった。それから一之瀬は、警察とも協力して、木更家の特定に努めたが、木更家は一向に見つからなかった。海真は、情報を集めるべくして、一之瀬の助手になり、学校へも通った。一之瀬が担当した事件関係者には、木更家の心当たりを聞いて回ったが、それも無理だった。
目を開けると、そこはいつもの自室だった。先ほどまでのダルさは、嘘のように消えていた。
「......お腹空いたな」
海真はベットを下りて、リビングへ向かった。
「おー、シーマちゃん」
そこには遥人がいた。にっこりと笑ってピースまでしている。
「こんにちは、遥人くん」
「先生に頼まれて、面倒見に来たんだ。あの人、1人で事件解決しに行ったんスよ。体調は、大丈夫そうっスか?」
海真はこっくりと頷いた。
「お腹空いちゃって。事件って、今朝言ってた事件のことかな。私も捜査に入れてくれるって言ってたんだけど」
遥人が首をかしげる。
「じゃあきっと先生は、シーマちゃんの体を気遣って1人で行ったんだと思うっスよ。あ、お腹空いたなら、なんか作ろうか?」
「遥人くん、料理できるの?」
海真が怪しげに遥斗を見つめる。
「こう見えても得意なんスよ、料理!よし、じゃあシーマちゃんをあっと言わせるか!」
遥人はそう誇らしげに胸を反らして、キッチンへと入って行った。海真はその様子を見てクスクスと笑った。
「わっ、なんスかこの冷蔵庫!」
声だけがこちらへと聞こえてくる。
「食材がたんまりと......。こりゃ何でも作れそうっスね!さすが料理好きの先生!シーマちゃんは何が食べたいっスか?」
海真はうーんと唸った。
「じゃあ、オムライス!」
海真はドキドキと返答を待った。
「いいっスよー。子供っぽいチョイスで」
「最後が余計」
海真がそう突っ込んで、2人で笑った。
「じゃあちょっと待ってて」
海真が窓の外を見ると、夕焼けが広がっていた。もう夕方か、と思いつつも、1人の少年の姿が頭に浮かび上がった。
(あの子は一体何なんだろう)
しばらくしてケチャップの香ばしい香りが漂ってきた。
海真は、明日からの学校が、少し楽しみになったような気がした。




