回想2 名前の行方
あれ、私は一体どのくらい眠っていたんだろう。
あの後、先生と警察が教室に入ってきて、男達が取り押さえられて、私は······。ああ、そうだ。安心して眠っちゃったんだった。でも妙だな。また変な夢を見た。
「おーい、シーマ。起きたか?」
目の前に一之瀬が逆さまに現れた。海真は仰向けになったままこくりと頷くと、一之瀬はニッと笑った。
「ホントありがとな。なんとか時間稼ぎしてくれて。怪我はないか?」
海真は起き上がると、「大丈夫」と一言だけ言った。周囲を見ると、クラスメイトの何人かや、担任の先生が警察から事情聴取を受けていた。そうでない人たちは、何かをコソコソと囁き合ったり、こちらを不審な目で見てくる者もいた。
海真はふと、今日担当するはずだった事件のことについて思い出し、そばにいる一之瀬に尋ねようとすると、
「柚木......!」
と声をかけられ、開きかけていた口を閉じた。声の主はあの磯山拓斗だった。
一之瀬がちらりと拓斗を見やる。
「体調は大丈夫?急に倒れたから俺心配でさ......」
海真は返事に困ったが、「......大丈夫、問題ない。少し、気が緩んだだけ」
と答えた。一之瀬からしたらぶっきらぼうに聞こえただろう。拓斗は、そんな海真の対応は気にせず、「そっか、ならよかった」と顔をほころばせた。すると、すぐに何かを思い出したようにはっとし、海真に詰め寄ってきた。
「それよりさ、さっきのすごかったな!なんか習ってんの?合気道とか。それにあの武器何!?必殺侍人で使うようなやつじゃん!いつもあんなの持ち歩いてるの!?なんかお前かっけーな!俺にもいろいろ教えろよ!」
拓斗のすごい剣幕に、海真はまた意識を失いそうだった。
「えっ......あっ......っと......」
海真が目をグルグルさせていると、拓斗は不思議そうな顔をして、海真と一之瀬を交互に見、口を開いた。
「なあ、柚木って一之瀬探偵の助手なの?」
私はビクリとした。あまりにも大きな声だったので、周囲の人たちが一斉にこちらを向く。当の本人、拓斗は相変わらず不思議そうな顔をしている。海真は相手を睨むこともできないまま、黙って俯いていると、威勢のいいハキハキとした声が沈黙を破った。
「いいや、違うさ」
一之瀬だった。彼は拓斗に近づくと、帽子を取り、一礼した。
「磯山拓斗君......だったかな?彼女......柚木さんは私の助手ではない。僕からしたら彼女は、今回の事件からこのクラスを守ってくれた恩人だね。彼女のことは充分に称賛すべきだ。警察の方からも、感謝状をもらうだろう」
海真は安堵した。自分が一之瀬の助手であることは、やはり警察以外に隠さなくてはならない。拓斗はハッとなると一之瀬に詰め寄った。
「じゃ、じゃあ、なんでこんなにも警察が来るのが早かったんですか?このクラスに何かしら警察と繋がっている人でもいない限り......」
「他のクラスはすでにホームルームを始めていたようだけれど、たまたま廊下を通りかかった教員の方が、警察に通報してくれた。そのお陰で早く君たちを救うことができた。それだけだよ」
一之瀬は拓斗にニコリと笑った。「一之瀬探偵ー」と、向こう側から声がした。
「じゃあね。君、ありがとう」と、海真にも手を振った。だが、何かを思い出したように「ああ、それと」と振り向くと、
「拓斗君、今回のことで一線を引かず、彼女と仲良くしてやってくれ。これからも」
と拓斗に笑いかけ、その場を去った。
海真は、さっきの夢が、ただの夢ではないような気がしてならなかった。頭が痛い。
「柚木、少し休んでろよ。顔色悪いから......」
拓斗が心配そうにこちらを見つめる。大体、どうして彼はこんなに私に干渉しようとするのだろう。ダメだ。さっきの夢が思い出せない。海真はしばらく、そこに座り込んだままだった。
* * *
「助手......?」
海真は首をかしげた。一之瀬は申し訳なさそうに言う。
「うん。もちろん、柚木ちゃんが迷惑でなければなんだけど」
海真は顔を伏せた。
「それは......何をするんですか」
「僕の探偵の仕事の助手だよ。捜査を少し手伝ってもらうだけでいい」
海真は顔を上げた。
「よく、わからないです。助手......でも、先生。もう私、帰るところがないんです。ちゃんと、伝えられなくてごめんなさい。一人が嫌なんです。ユキがいないのが嫌なんです。助手とか、本当に務まるかわからないし、孤児院に帰るのも嫌だし、もう、何もかもわからない......」
海真はまた泣きそうになった。ずっと、この人と一緒にいたい、と海真は強く思った。
「おっと、誰が孤児院に帰すなんて言ったかな」
一之瀬が声をあげる。
「助手をやってくれるなら、うちに住まわせられるよ。孤児院に帰らなくとも、そっちの方が一緒に暮らせるだろ?海真はうちの子になって、助手として好きに暮らせばいいんだ。それに、やりたいことをやればいい」
一之瀬はにっこりと笑った。優しい笑顔だった。海真は目を見開く。一之瀬がすぐ慌てたように、「ごめん、海真なんて軽々しく......!」と言った。そしてまた安心するような笑顔を見せると、こう言った。
「でも、僕はやっぱりその名前が好きだよ。嫌いになることなんてないんじゃないのかな」
海真は考え込む。
「やりたい......こと?」
一之瀬が頷く。海真には、まだやりたいことなどわからない。
「そうか。じゃあ、助手をやっていくうちに見つけるといいよ」
一之瀬は窓から空を見上げた。
「先のことなんて誰にもわからないけどさ、それでも人は必死に生きてる。だからさ海真、少しだけでも生きる意味を見出さないと、人はやってけないよ」
一之瀬は遠く昔を見つめるように、目を細くした。海真の目は、もうその人に釘付けになっていた。
「......『シーマ』」
その人は何かを思い出したかのようにその言葉を発した。そしてこちらへ振り向いた。
「......なんてどうかな?『海真』の『海』を英訳して読んだだけなんだけど」
そしてはにかんで言った。
「こっちの方が、呼びやすいし、女の子っぽくていいだろ?」




