プロローグ ただの夢
気づけば暗いところにいた。
寒くて、痛い。 早く家に帰りたい。温かい、あの家に。
* * *
「いたっ」
そこはいつもの自室のベッドだった。そしていつも通り天井に頭をぶつけた。
頭をさすると、じっとりと汗がついた。
悪い夢でも見ていたらしい。
どんな夢だったか思いだそうとしても思い出せない。それが夢だ。
「シーマ、起きたか?丁度朝飯ができたぞ」
下から威勢のいい声が聞こえてくる。大きなあくびを一つすると、梯子を下りてリビングへと向かっていった。そして朝食を盛るその男に声をかける。
「おはよう、先生。どうして起きたってわかったの?」
男は誇らしそうに胸を反らして言った。
「いつも通り、寝室から鈍い音がしたからな。頭をぶつけたんだろう?この名探偵、一之瀬光にはお見通しさ」
「推理でもなんでもないでしょ」
そう、彼は探偵だった。一之瀬光。この街では知らない人はいない、名探偵。そして、医者でもある。
そして私は、彼に雇われた助手、柚木海真。男のような名前で、私は好きじゃない。なんでも昔、私がお腹の中にいた時、親は男の子だと勘違いしてその名をつけたらしい。まあどうでもいいが。
顔を洗って歯を磨き、準備は整った。
席につくと、目の前にはたくさんのフレンチが並んでいる。私は目を輝かせた。
「いただきまーっす」
一之瀬はそんな彼女を見て目を細めた。
「そういえば、今日は依頼が来ているんだ」
海真は動きを止める。
「ホントに!?」一之瀬は頷く。
「私の出番?」一之瀬は笑う。
「かも、しれないね」
「どんな依頼?」
一之瀬がうなる。
「うーん、まあ一応窃盗が増えてるってので依頼を受けたね。ま、万引きだね」
その曖昧な言い方に、海真はうかがわしい目を向ける。
「えっ窃盗なの?万引きなの?」
一之瀬はさあ?と言わんばかりに肩をすくめて見せる。
「まあ事情は行けばわかる。シーマも、食べ終わったら学校に行かないと。友達作り頑張れ~」
海真はむむむとうなる。この一之瀬に雇われてから学校に行き始めたのだが、まだ友達が一人もできていない。
「······頑張る」
そうして、今日も海真はしぶしぶ学校へ向かった。
そう、これはまだ誰も知らない。
小さな小さな一つの物語だった。




