異世界転移してから「大好き!」としか言われなかった俺が森で助けたエルフに「大嫌い!」と言われた話
彼女いない歴=年齢の普通のサラリーマンでしかなかった俺は、営業先から帰る途中にトラックに撥ねられそうになった。後で聞いた話だが、神様が運命を間違えたらしい。
神様は大慌てで車とぶつからない位置へ移動させようとしたが、勢い余って異世界まで飛ばしてしまったのだ。しかも、この移動は片道切符だったようで、元の世界に戻せない代わりに様々なスキルを与えてくれた。
天下無双の力を得た俺は、冒険者ギルドのおかげで生活に困ることはなかったが、パンを頼んだらお酒が出てきた時は流石に驚いた。そういうものと割り切ってしまえば生活に支障がないので、あまり気にはならなかった。
そして、幸いこの世界には俺好みの女の子が大勢いた。それになぜかどの子も俺に対して好意を持ってくれるのだ。これも神様が与えてくれたスキルのおかげなのだろうか。
例えば、誰もが振り返るたわわな胸を持つ魔法使いネム、明るく元気な尻を持つ武闘家のヒプ、全てを魅了する太ももを持つ宿屋のイーサ。どの女の子も俺に対して「大好き!」と愛の言葉を口にする。だが、俺には理想の女の子を探すという勝手に決めた大切な使命があるから、いつも別れを惜しみながらその場所を後にするのだ。それぞれ過ごした時間は短いが、全てが良い思い出だ。
愛を探求する旅の途中、傷だらけで倒れているエルフを森で見つけた。気を失っているようだが、涙を流しながら「お母さん……」と何度も呟く彼女を見て、金髪お姉さん最高!と思ったのだ。その髪、その唇、その控えめな胸、その細く長い足、どこを切り取っても俺の理想だった。
必死の介抱のおかげか、その日の夜に彼女は目を覚ました。
「……っ!こ、ここは!?お母さんは!?パティーン王国の兵士達は!?」
「俺が君を見つけた時には、他の人はいなかったよ」
「そんな……」
聞けば、パティーン王国ではエルフを奴隷にすることが流行っているらしい。すでに姉も妹も連れ去られ、母と共に故郷を捨てて、新天地へ向かう途中に襲撃されたのだと言う。彼女を逃すために母親は自ら囮になったそうだ。
俺は故郷も家族も失った彼女を優しく抱きしめた。胸の中で声をこらえて泣く姿はそそられるものがあったが、紳士なのでグッと堪える。せっかく掴んだチャンスなのだ。
行く宛を失った彼女は俺と行動を共にした。いや、生きる目的を失った彼女を無理矢理同行させたと言ってもいいかもしれない。名はハインと言うらしい。
人間に恨みを持っているだろうに助けられた恩を感じてか、「好き!好き!」と口にするものの明らかに警戒されていた。毒を盛られたこともあったが、これまでに受けてきたものを考えれば可愛いものだ。俺は全て受け止めると決めているのだ。
命の恩人と一生を添い遂げる掟がある種族がいると聞いたことがあったがエルフがそうだったのか。仕来りは大切にしなければならないとは思うが、このような形は不本意だ。彼女が心からそう思える日まで、俺は手を出さないことにした。ここまで恋愛に誠実になったのは初めてかもしれない。
数ヶ月経ち、彼女の目にも光が戻ってきたように思える。良いところを見せようとして、人助を繰り返すうちに俺に対する警戒も緩んだように感じていた。しかし、これから先の冒険には危険が付きまとう。今後のことは彼女の意思に任せることにした。野営の準備の最中、思い切って切り出した。
「この先、俺に着いてくるも落ち着いた生活を求めるのも自由だ。好きにするといい」
「一緒にいさせて。これが私の意思だから」
ハインは頬を紅く染めて目を逸らす。この世界に来て1番幸せを感じた瞬間かもしれない。だが、彼女は仕来りに縛られているのかもしれない。つい先日、パティーン王国の追手を撃退したばかりだから、尚の事意識してしまう。
「べ、別にアンタのこと嫌いじゃないんだから勘違いしないでよね」
念押ししてくる始末である。そんな様子を少し前に助けたホビットのチッパが恨めしそうにこちらを窺っていた。小柄で可愛らしい見た目をしているが、俺の守備範囲外だ。何度も同族の集落へ預けようとしたが、俺と離れるのを嫌がるので、仕方なく同行させている。俺とハインが仲良くしていると全力で攻撃してくるのだが、愛情表現と思えば可愛いものだ。
山を越え谷を越え、いつくもの冒険を繰り広げた。その途中で離れ離れになっていた彼女の家族を救出することができたが、ハインは変わらず俺の側にいてくれた。……もちろんチッパも。
この頃から、ハインは俺に対して「嫌い……」と自分の気持ちを素直に口にするようになった。俺の目を真っ直ぐ見つめて言うものだから正直傷付いた。彼女の幸せを考えて身を引くことを考え始めたのはこの頃だった。
ハインのことは大好きだ。大好きだからこそ相手の幸せを願うのだ。そう考えている自分に気づくと、なんだか笑いが込み上げてきた。そこまで本気だったのかと。
魔天十六柱を全て倒した数日後の宿屋、チッパが寝静まったのを確認して思いを伝えた。本題に至るまでに二言三言会話を交わしたと思うが、緊張のあまり覚えていない。
「仕来りに囚われないで、自分の思うようにするべきだと思うんだ」
「それって……」
「ああ、そうだ。別れる時が来たんだ」
彼女の目に涙が浮かぶ。嬉し涙なのだろう。数年越しにようやく解放されるのだ。これを喜ばないわけがない。ここまで引きずったのは、俺の未練だ。
「大嫌い!」
覚悟していたが、いざ口にされると思考が止まるほどの衝撃があった。そして、言葉を失い、使い道のなくなった俺の口を柔らかいものが塞いだ。ハインの唇だ。俺の気持ちはとうに伝わっていただろうから、これまでの恩返しのつもりだろうか。ありがたいが、俺にとっては呪いの魔術と同等の何かだった。
「……ついにプロポーズされちゃった!」
「え?」
唖然としている俺の空いた口は、再び塞がれる。頭の整理が追いつかない。
「これからも一緒……お母さん達にも報告しなきゃね!」
これまで俺は思い違いをしていたのかもしれない。この世界に転移したころ、性に奔放だった俺に「大好き!」と言った女達は、物を投げつけてきたり、持ち前の最大打点の技を放ってきた。それがこの世界の愛情表現だと学習していた。なまじ言葉が通じる分、誤りに気づかなかったのだ。
パティーン王国の王に成りすましていた魔王を倒して数年後、王の名の下に古い掟は撤廃され、チッパは故郷へと帰って行った。すぐに大荷物を抱えて戻ってきた時は驚いたが、掟関係なく彼女も本気のようだった。
俺は本物の王様から賜った新居の庭でチッパの求婚から逃げ回る。ハインはそんな俺を捕まえて笑顔で「大嫌い!」と口にする。俺も「みんな大嫌い!」と口にして、この平穏な日々に感謝した。