白滝董太
兄の名前は白滝董太。警視庁捜査零課に勤めている。捜査零課、と言う単語自体、耳馴染みのない人の方が多いと思う。そもそも、この零課と言うもの自体つい数年前にできた真新しいもので、俗に言う怪事件や、不可解な事案を調査、犯人の確保を行う課、らしい。
オカルトや不思議が大好きな兄は、自ら志願してこの課に入ったそうだ。真新しいことや、業務の内容からして不人気の課で、流れ者しかいないところに自分から入ろうとするなんて、と珍しく父に言われていたのもつい一年前の話だ。口の上手い兄に言い負かされ、もとい、言いくるめられた時の父の顔はとても渋かった。きっと私が割とすんなりと悪の秘密結社の事を受け入れたのもこの兄と零課の存在の影響が大きいかもしれない。現にここ数年不可解事件も多く、去年兄が関わった事件も何件かあったと聞く。そんな零課に自ら志願し、勤める兄は文字通り、変な人である。普段は柔和な笑みを浮かべており、甘い物好きで、某コーヒー店の新作は必ずチェックする。更にコンビニスイーツも大好きだ。ほっそりとしたグレーの背広はおじいちゃんと一緒に作りにいった本人お気に入りのもので、同じものを三着ほど持っている。どうやら女性人気もあるらしい。ここまでの羅列では零課に望んで入った事以外に変人の要素が見当たらないかもしれないが、最大の問題点はそこではないのだ。兄はオカルトの話になると延々と喋っていられるたちなのだ。もしかしたら他もそうなのかも知れないが、オカルトの話になるとこれがまたよく喋る。これが原因で彼女と別れたこともあったほどに。
そんな兄に今回のクロゼットの事を話そうものならどうなるか、私にも簡単にわかる。確実に大興奮だ。だからこそできればバレたくない。妹のそんな思いを知る由もない兄は玄関を開け、入ってくるなり「じゃーん!」と小さな紙でできた手提げを掲げたのだった。
「このケーキね、駅前のほら、美味しいケーキ屋さんの。開いてたから入ってみたんだけど、開いてすぐだったみたいで沢山あったから買ってきちゃった。」
本日二度目となるコーヒーの匂いを嗅ぎながら兄の話を聞く。「じいちゃん、甘いもの好きだったし、喜んでくれると思って。」と兄の開いた箱の中にはきらきらぴかぴかの美味しそうなケーキが詰め込まれていた。家に私しか居ないのを知っていて六つも買ってきたのは仏前に上げると言う目的もだが、単に本人がどれもこれも美味しそうで決め難かったのだろう。
「じいちゃん、どれが喜ぶと思う?」
兄の問いかけにどう答えるべきか悩む私の目に鮮やかな赤が映る。
「うーん……いちご、かなぁ。」
「ショートケーキならふわふわしてるし、じいちゃんでも食べられるか。ん、じゃあ仏壇に上げてくるから、藤華は先に食べてて。」
「わかった。」
お皿に乗せたショートケーキを手に仏間へ向かう兄を見送り、椅子に座ってフルーツロールにフォークで切れ目を入れるのと兄の素っ頓狂な叫び声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
大慌てで仏間へ急ぐと困惑しきった顔のボスと、そんなボスに好奇の目、と言うより熱視線を送る兄が居た。
「お兄ちゃん?!」
「藤華!見て!我が家にワープゲートが!」
子供のようにはしゃぐ兄。ケーキは仏壇に置かれているあたり、騒ぎには巻き込まれなかったようだ。