三月のある日のこと
「あの、結局、悪の秘密組織って、何なんですか……?」
おずおずとそう切り出すと、今の今まで思い出に浸っていた彼らの目に(とは言ってもテレビさんは目ではなく、画面だが)光が灯る。
「我々は世界征服を目標とする悪の秘密結社である。故に、子供達にお手本となりつつ、その土地の住民に快く統治権を渡してもらえるよう、日々活動している。悪の組織としての信条は他にもあるが、それはそのうちとして、普段はヒーローショーとか地域貢献活動を行なっている。」
その他にも防犯強化週間の外回りなど、思っていたよりもかなり地域に貢献していた。真っ当にイベント企業としての仕事の他、老人ホームを訪問したり、保育所に赴いて防犯教室を開催したり、おじいちゃんおばあちゃんや子どもにも優しい悪の秘密結社だった。何だかもう、ここまで聞いてしまうと怖さなんてものは全く感じられない。征服した暁には犯罪ゼロの世界にすべく、勤務時間内での戦いに勤しんでいるそうだ。
「そういえば、ボス、すでに八時過ぎちゃってるんですけどもぉ、フジカさん帰さなくて大丈夫なんです?」
「ああ、それなら心配ないです。今日は二人とも仕事なので帰ってこないです。」
「おや?お兄様は?」
「兄は今日は張り込みだと言っていたので、帰ってきませんね。」
「張り込み……ああ、警察さんなんですねぇ。じゃあ、お一人なんですか?」
「まぁ、そうなります、かね?」
テレビさんのその言葉におじいちゃんがもう居ない事を思い出した胸がじくじくと痛むのがわかった。涙が出そうになるが、ここで私に泣かれても彼らに迷惑をかけるだけだから、ぐっとこらえることにした。
「……なるほど、フジカさん、お寂しい時はいつでも来てくださっていいですからね?ボスの隠してるお菓子と薄いお茶しか出せませんが、遠慮なくいらして下さい。」
「隠してる菓子など無いが?まぁあれだ。寂しくなったら来るといい。」
子供の頭を撫でるような優しい手はどちらの手だったのか、俯いていた私にはわからなかった。ただ、暖かく、おじいちゃんを思い出すには十分過ぎて、一日中堪えていたそれは次から次へとこぼれ落ちていった。
散々泣いて、何とか落ち着いた頃にはさらに一時間ほど経っていて、テレビさんとボス(結局名前を聞きそびれた)に心配されながら家に戻った。空っぽのロッカーの奥にはおじいちゃんの背広。そのさらに奥、開けっ放しのクロゼットから仏間が見えるのは、何とも不思議な光景だ。クロゼットから出てしまえば、そこはいつもの仏間。そのまま視線を左側へ動かせば、誰も居ないリビングが見える。帰ってきたときに付けっ放しにしていた玄関のあかりのことを思い出し、私は玄関へと足を進めた。三月の三十日、風もない、静かな日のことでした。