三月のある日のこと
「ふぅん……おかしな事もあるもんだなァ。」
ロッカーをしげしげと眺めながら、その人は顎をかいた。
「悪の秘密結社のアジトと一般市民の家が繋がっちまうなんてな。」
私の家のおじいちゃんのクロゼットは悪の秘密結社の会議室の備え付けロッカーに繋がってしまったらしい。この怪人の言う事には定例会議が終わり、次どうするか考えていたところ、いきなりロッカーが開いて私が出てきたのだという。
「まー、あれだな。繋がっちゃったもんは仕方ないし、そういう事もあるよなぁ。うんうん、あ、そう言えば嬢ちゃん名前は?」
「え……?あ、白滝、藤華です。」
「フジカねぇ、あ、アレみたいだな!あの漫画のセクシーな女泥棒!」
ああいう美女系の怪人っていいよなぁ、次の会議でそういう怪人採用できないか思い切ってみんなに聞いちゃおうかな〜と部屋の中をうろうろするその人にどことなく、緊張感が消え始めていた。
「あ、あの……。」
「ん?」
「勝手に入ってきて、その、すみませんでした……。」
頭を下げると少し何の事かと考える様な素振りを見せる。
「まぁ、ほら、気にすんな。うん、お隣さんみたいなもんだからよ。基本的にうちは……あれ?」
「わぁ、ボスどうしたんですかこの人間!思い切りかわいこちゃんじゃないですかぁ〜!」
怪人さんが言い終わる前に私はテレビ頭の別の怪人によって、テディベアか何かのように持ち上げられていた。
「テレビ!テレビちょっタンマ!」
「新人ちゃんですかぁ?いやぁ〜私、こんな可愛い子なら大歓迎です!はぁい!」
私を持ち上げながら喋り続けるその人の画面にはぴかぴかとピンク色のハートが映っている。
「ちょっと!違うから!話聞いてって!!!お願い!!!」
慌てる怪人にはしゃぐ怪人、持ち上げられる一般市民。「何なんですか、もー。」と渋々と下ろしてくれたテレビ頭のその人に説明するその姿はどこか疲れていた。
「なぁーるほど、それはまた稀有な運命ですねぇ。よりにもよってウチの会社に繋がっちゃうなんて。あ、お母様とかお父様とかは怪人ってダメなタイプです?」
怒涛の勢いで喋り倒さんとするその怪人は「あ、私、テレビマンって名前なんですよ、テレビさんって呼んでくださいね。」と付け加え、画面でウインクをする。割とノリが軽そうだな、等と思いつつ、父と母を思い浮かべる。
「ダメ……かは分かりませんけど、父も母もほぼ家には帰ってこないので……。あ、兄は多分そういうの大好きです。」
「あら、お父様とお母様のお仕事は?」
「父は、警察です。母は弁護士で……。」
「マジすか。」
私の言葉に目配せをする怪人二人。どうやら何か思い当たる節でもあるのか、顔を見合せ頷きあっている。
「……フジカさん、我々が不審者として事情聴取からのしょっぴかれたりしたらよろしくお願いしますね……。」
「されたことあるんですか?」
「あいつらマジで話聞かねぇから……頼むぜ……。」
「された事あるんですね?」
公園で青空を見つめていたら職質されたと話す彼らの声のトーンはかなり本気だった。怪人にも傷心することがあると知った。
「結構色々ありましたからねぇ。挨拶回りで通報されたり、公園でゴミ拾いしてたら職質されたり……。」
「そうそう、近所に馴染むまでが大変だったぜ……。」
「ですねぇ……。」
どうやら、彼らにも並々ならぬ努力の時期があったようだ。あまり聞こうという気にはならないが……。先程までの不安感は、遠足のような軽い足取りでどこかへいってしまった。さようなら、不安感。