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今度こそ遠慮なく悪徳大魔女目指します!  作者: くろのあずさ
第1話 私が目指すのは伝説の大魔女です
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7

 クローディアはゆっくりとシャルロッテとの距離を縮めてくる。その途中、彼女の視線がシャルロッテの後方へと向いた。


「これは、これは。総監察官ではないですか。閣下ほどの御方がなぜこのようなところへ? まさかこの魔女が?」


 言葉遣いは丁寧だが、上辺だけの敬意は明白だ。その証拠にクローディアの薄気味悪い笑みは不快さを伴う。


「貴殿には関係なかろう」


 相手をするつもりは微塵もないと、ヘレパンツァーが跳ねつける。クローディアはシャルロッテを値踏みするかのごとく改めてまじまじと見続けた。


「そうですね。しかし見たところ彼女と契約は結んでいないよう。これ幸いなり。書物で私を呼び出したこの頭の悪い女より魔女の魂の方がよっぽどいい」


 シャルロッテは呑気(のんき)に「私も安く見られたものだわー」と両肩を軽く上げ、わざとらしく嘆いている。


 どちらかといえば、その発言は彼女よりもうしろの悪魔の気に障った。男は眉間に皺を寄せる。


「それで私を出し抜くつもりか? 所詮お前は素人の呪文で呼び出されるほどだろ」


「ええ。だから絶好のチャンスなんです。契約者ではないなら閣下とはいえ手出しは無用です。あなたほどの地位なら彼女は役不足でしょ?」


「当事者除け者にして話を進めないでくれる?」


 シャルロッテが口を挟み、クローディアに対峙する。しかしクローディアの目には勝算の色が浮かんでいた。


「祓魔の力は持ち合わせていないらしいな。どうする? またこの女ごと、どこかに閉じ込めるか?」


 相手の言い分はもっともだ。直接、攻撃を仕掛ければクローディアが傷つく。中の者だけをどうにかする手立てをシャルロッテは懸命に頭を働かせて考える。


 そのとき、不意に背後からシャルロッテの肩が掴まれた。本人はさることながら、クローディアも驚く。


 ずっと傍観者として決め込んでいたヘレパンツァーがここにきて不機嫌そうに口を開く。


「生憎、私は目の前で自分の獲物に手を出されるのを指をくわえて見ているほど心は広くはないんだ。むしろ短気で狭すぎるくらいさ」


 鮮血を彷彿とさせる紅い瞳が細められ、クローディアを()めつける。続けて彼の視線は自分の身長よりもだいぶ低いシャルロッテに移った。


「おい、シャルロッテと言ったな。我を呼び出しシャルロッテ・シュヴァン・ヴァールハイト。汝の望みどおりここに契約を結ぶ。その名と血盟の証を我に差し出せ」


「って」


 急展開すぎでしょ!とツッコミを入れる暇もない。続けてヘレパンツァーのとった行動にシャルロッテは目を剥いた。


 彼は強引にシャルロッテに顔を寄せると、彼女の唇の端に舌を這わす。その瞬間、シャルロッテの体に熱を伴った電流が走った。


 体中を駆け巡ったなにかがやがて彼女の中に溶けて落ちていく。


 かすかではあるがシャルロッテの血の味をじっくりと堪能し、ヘレパンツアァーはクローディアの中の存在に笑いかけた。


「契約も履行できない下賤者(げせんもの)め、さっさと消えろ」


 言ったそばからシャルロッテをクローディアの前に突き飛ばす。柔らかな金色の髪が揺れ、彼女は慌てて体勢を整え直した。


「契約者なら、もう少し丁寧に扱ってくれない?」


 うしろを向いて文句を垂れるシャルロッテに対し、クローディアの表情は打って変わって緊迫めいたものになる。そんな彼女にシャルロッテは改めて優しく問いかけた。


「さて、その体から出て行く気になったかしら?」


「悪魔は往生際が悪いのさ。どうせこの娘との契約は成立されない。ならば」


 ちらりとクローディアの目が動く。彼女の視線の先には先ほど自ら放り投げた剣があった。


「魂だけでもいただいていく」


 白く細い指がしなやかに宙を舞い、呼ばれたかのように剣は浮き上がった。そしてクローディアをめがけて鋼の剣先が牙をむき、騎士団の面々にもさすがにどよめき、緊張が走る。


 この青白い光の結界の中に普通の人間は足を踏み入れられない。向かってくる剣にクローディアは満悦の表情だ。


(イサ)


 しかしシャルロッテの凛とした声に呼応し、剣はクローディアに刺さる寸前で止まった。しばらくして剣は重力に従い、床に落ちる。


 鈍い音が響き、状況を悟ったクローディアは眉と目をつり上げ、シャルロッテに憎悪をぶつける。


「美人が台無しね。今度は体を張ってまでは庇わないわよ」


 そこでシャルロッテは一息間を空け、意識を集中させる。


『鋼鉄の檻、ニルヴァーナを逃したケルベロスの咆哮(ほうこう)、闇を支配する者の(くびき)を逃せ!』


 口にした呪文は力を持ち、クローディアにぶつかる。彼女の長い断末魔が城中に響き、火あぶり後のような焦げ臭さと熱が発散された。


 なにかがふっと消失し、クローディアは気を失ってその場に倒れ込む。床に描かれていた青白い光も消え、クローディアの安否を確かめようとフィオンが彼女の元に駆け寄った。


 息があるのを確認し、団員に伝達する。場が違う意味で騒がしくなってきた。


「あーあ。完全に予想外、計画が大失敗だわ」


 シャルロッテが肩を落として近くの壁にもたれかかる。


「それはこちらの台詞だ。まったく私も勢いで、こんな小娘なんかと契約してしまうとは……」


 ヘレパンツアァーが後悔と自己嫌悪で顔を歪めて吐き捨てる。しかし彼はふと真剣な面持ちになった。


「ひとつ訂正しておく。我々悪魔は契約ありきで動き、卑劣だ、残虐だとあれこれ人間は言うが、成立すべく忠実に行動しているだけだ。あんな無粋な真似をする下等者ばかりじゃない」


 どうやらヘレパンツアァーは、クローディアに憑いていた者のやり方に腹を立てたらしい。


 悪魔として、彼も自分の立場にプライドと信念を持っている。そこはシャルロッテも同じだと思った。


「ええ、わかっているわ。ただ、成り行きとはいえ私と契約したからには付き合ってもらうわよ。地獄帝国の総監察官ヘレパンツァー殿」


 仰々しく言えば、ヘレパンツアァーは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「それは正式じゃない。私の……俺の名前は『フェーゲフォイアー(Fegefeuer) パンツァー(Panzer)』契約者なら覚えておけ」


 “煉獄(れんごく)の戦車”という意味だ。しかしいまいちしっくりとこないシャルロッテは、自身で結論を導き出す。


「うーん。長いし言いにくいからパンターでいいかな?」


「この鳥頭。第一、それは……」


 シャルロッテが聞き取れたのは、そこまでだった。耳鳴りがして急に世界が歪む。正確にはシャルロッテの足元が崩れ落ちそうになったのだ。


 本人に自覚がないまま、どこかに意識が引っ張られる。倒れ込む寸前で力強い腕に受け止められた気がするのだが、それが誰なのかまでは把握できない。


 ああ、私。やっと世界一の大魔女になれるはずだったのに――。


 次の手立てを考えなくては、と思いつつシャルロッテの視界も思考も暗転した。

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