3
「それをまさかこうして第二の人生で叶えるなんて。やっぱり私って魔女になるべくして生まれたのね!」
思わず目の前の男と手を取り合って喜びを分かち合いたくなるが、男は全力で拒否する。そもそも彼に実体はなく、触れられそうもない。
ヘレパンツァーは崩されていた調子を取り戻して体裁を整え直し、再びシャルロッテに問いかける。
「とにかくお前の望みはなんだ? 地獄帝国でもかなりの高位に就く私を呼び出したのは純粋に褒めてやろう。そこまでして結びたい契約はなんだ? 内容と対価次第では聞いてやらないこともない」
怪しくにんまりと笑うヘレパンツァーにシャルロッテは軽い口調で説明する。
「もうすぐここに王家に仕える騎士団の面々がやてくるわ。おそらくそれなりの剣の使い手で、この私を倒すために」
「なるほど。そいつらを蹴散らせと」
納得した表情を見せるヘレパンツァーにシャルロッテは素早く『違う、違う』と否定した。おかげで彼は眉根を寄せる。シャルロッテは先を続けた。
「まぁ、ある程度張り合って戦うつもりではあるわ。手強い相手だったと思わすほどにわね。ただ、私は死闘の末に負けて泣く泣く隠居するの」
「負けるのが目的? お前は何がしたいんだ」
ヘレパンツァーは顔を歪めたまま鼻を鳴らす。しかしシャルロッテは陽気なままだ。
「だから、負けたとしても『王家に仇をなした最強の魔女シャルロッテ』の噂と伝説は人々の間で語り継がれ、私は誰もが認める大魔女となり長年の夢が叶うっていうわけ」
「理解できないな。そこは俺と組んで相手を返り討ちにするべきだろ」
「だめだめ! それじゃ、また違う勇者とかが現れるでしょ? 英雄は死してその名を歴史に刻むのよ!」
ま、私は英雄でもなければ、実際、死ぬのは御免だけれど。
幸いこの国には死刑制度はなく無駄な殺生もあまり好まない。重罪を犯してもせいぜい国外へ永久追放だ。それがシャルロッテの望みでもある。大事なのは名を遺すこと。
完璧な計画だとシャルロッテは自分に酔っていた。そこにヘレパンツァーが水を差す。
「冗談じゃない。そんなくだらない茶番に私を付き合わせるな。お前とは契約しない。なんでこんな色気もないうえ、ほぼ間違いなく生娘の面倒臭そうな女なんかと」
「ちょっと! 後半は認めるけれど前半は納得できない! 大魔女伝説には、最高位の使い魔は必須でしょ」
「知るか。というより後半は認めるのか」
冷たく返しながらも悪魔はやや毒気を抜かれる。シャルロッテは十八歳にしては、あどけなさの残る顔立ちで、細身である分、体型はお世辞にも女性らしい凹凸さはあまりなかった。
見た目だけでいえば、年齢的にかなり下に見られると自覚はある。
それでも、紫水晶を彷彿とさせる意志の強そうな瞳に、ある程度の魔術を操り「紫水晶の魔女」とそれなりに恐れられている存在ではあった。
その証拠に、ヘレパンツァーほどの階級の悪魔を呼び出すのは、そうそうにできる技ではない。運や偶然だけではなく、そこは彼女の実力だ。
もちろん呼び出された側も重々に承知している。
「この戦いだけでもいい。あなたの力を貸してほしいの」
打って変わって真剣な面持ちで告げるシャルロッテに、男はゆっくりと魔法陣の中から出てきた。淡い彼の輪郭がくっきりと色づき青年としての実態をなす。
すると男は、揺らめく炎に似た赤い瞳でシャルロッテを見据え、至近距離まで歩み寄って来た。
シャルロッテも相手から目を逸らさない。ヘレパンツァーはシャルロッテの頤に手をかけ、顔を上に向かせた。
「なら、お前の魂をもらおう。それくらいの覚悟をもって私を呼び出したんだろ? それとも手っ取り早く今から目合うか? 好きなところに烙印を捺してやる」
脳に直接響く声色だった。その瞳には冷たさと残忍さが滲んでいる。しかしシャルロッテは怯まない。
固く結んでいた唇をほどこうとしたそのとき、遠くでなにかが壊れる音が響く。シャルロッテはさっと血の気が引いた。
「嘘!? もう来ちゃった? どうしよう、まだ準備が……あ、最終決戦のために用意していた新しい黒衣にも着替えないと!」
「ホームパーティーかなにかと勘違いしていないか?」
急に慌てだすシャルロッテにヘレパンツァーは律儀にツッコむ。話の腰を折られたのは間違いないが、とりあえず召喚部屋を出て移動するシャルロッテの後を追う。
そこでふと疑問が浮かんだ。
「にしても、なんで騎士団が乗り込んでくるんだ? お前はそんなに悪名高い魔女なのか?」
シャルロッテは振り向かずに足を前に動かして答える。
「ああ、うん。私も色々悩んだんだけれど普通に魔女をしているだけじゃ、それなりの敵も現れないでしょ? だから……」
そこでシャルロッテは目的地にたどり着く。決戦の場としてかまえていた大広間のドアを両手で押し開けた。