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 まさか、あの世で不当な権力に遭遇しようとは……。

 よくよく考えてみれば、閻魔という役職も、ある種の権力をさずかることなのだ。

 この力を私利私欲のためにつかってはいけない。

 ぼくは、自分の役割に責任を感じた。


     * * *


 次の日からの地獄ツアーは、心強いものとなった。

 武器を所持しているというだけで、これほどまでに安心感があるものなのか。生前は、護身用に刃物を隠し持っているような人間を軽蔑していたものだが……

 各観光地をまわり、もう帰ろうかというときになって、あの殺し屋があらわれた。

「島崎さん!」

 神尾更紗さんも、同じ場所にいた。昨日あれから、彼女には地獄へもどってもらった。

 どうやら改心してくれたようで、元夫の殺し屋に協力するつもりではないらしい。彼女は注意をうながすように声をかけてきた。

 大樹は、逃げる準備をした。

 殺し屋がショットガンをかまえる。

 ツアー客を、もどれ、と念じて執務所にもどした。

 幸いなことに本日の参加者は、一回でテレポートできるほどしかいなかった。

 バンッ!

 発砲音が全身をビクつかせたが、前回のようにはいかない。

 大樹は、虚偽の鏡をつかんで念じた。

 といっても、色も形も重さもないものだから、つかむというのはイメージでしかない。

 なにもなかった右手に、大きな盾があらわれた。これで防げということか。

 だが!

「なんで?」

 盾には、大きな穴が空いていた。

 危なかった。少しズレていたら、胴体にも穴が空いていただろう。

 ショットガンの弾丸を防ぐことができないなんて……あれも、なにか特殊な武器なのだろうか?

「あ……」

 大樹は思い出していた。天使に言われていたことがあったのだ。

 真実の鏡と虚偽の鏡は、攻撃をするためのものである──。

 それ以外のことには、まったく役に立たない……と。

 それを聞いたときには、戦闘だけで使うもの、という認識でいた。ちがうのだ。戦闘であったとしても、防御には使えない。あくまでも攻撃をするためのものなのだ。

 大樹は考えた。ショットガンを持つ相手には、どんな武器が有効だろう。

 同じような銃器だろうか?

 それとも、日本刀のような長い刃物だろうか?

 殺し屋はポンプアクションをすませ、次の一発を放とうとしていた。

「なんでもいい! 形になれ!」

 なかばヤケクソで、大樹は叫んだ。

 右手に「なにか」が、あらわれた。

「こ、これは!」

 鍵?

 小さな鍵が一つ。

 これで戦えというのか……?

 ムリだ! これは、武器ではない。

 それとも、べつの使い方が……。

 バン!

 爆音が、思考を中断した。地面に伏せて、なんとか無事だった。だが、幸運はいまので使い果たしただろう。

 三発目は、さすがに覚悟しなければならない。あのショットガンは真実の鏡ではないから、閻魔の座をおりるだけではすまない。地獄へ堕ちるしかなくなる。

 大樹はもう一度、鍵を見た。

 これが攻撃するための武器だとしたら、直接的なことではなく、これをなにかに利用しろ、ということのはずだ。

 だが、これをどう使えばいいというのだ……。

 そもそも、これはなんの鍵だ?

 形状をよく見たら、むかし──生前、父親が乗っていた車の鍵のようだ。大樹が、まだ子供のころの……。最近──死ぬ真際の父の車はスマートキーだったので、こういう形状ではなかった。

 これが本当に車の鍵ならば、どう使えばいいのだろう。

 大樹は、周囲を見回した。とはいえ、殺し屋からそれほど視線ははずせない。

 それでも、通りに停まっている自動車が眼に入った。地獄では、現世と同じように交通網が発達している。道路は縦横に敷かれているし、電車や飛行機もあって、よその国の地獄へも観光旅行ができるようになっている。

 大樹は、思いつきを行動に移していた。

 車に向かって走り出す。

 鍵をドアの鍵穴にさした。

 まわった。

 だれの車かは知らないが、ドアを開け、なかに乗り込んだ。

 そのとき、三発目が発射された。

 閉めたばかりのドアに、弾丸がぶち当たった。窓の部分に当たっていたら、まずやられていた。

 鍵をさし込んで、エンジンをかけた。

 アクセルを踏み込む。車の運転などしたことはないが、うまく動いた。もしかしたら、記憶のもどっていない過去の前世で運転経験があるのかもしれない。

 殺し屋めがけて激走する。

 銃口を向ける殺し屋の姿が、数メートル先にあった。

 そこからは、スローモーションのように時間が流れた。

 引き金を絞る指の動きまでがわかった。

 弾丸がフロントガラスを砕く。

 大丈夫だ。身体には当たらなかった。

 スピードは落とさない。

 殺し屋の顔が、恐怖に引きつった。

 どうする?

 このまま轢くか?

 寸前になって、大樹はハンドルを切った。

 ダメだ、殺すことはできない。いや、殺すわけではないのだろうが、身体に染みついた常識が……魂に刻みつけられた道徳心が、そんなおこないを許してくれなかった。

 ガードレールをこすりながら、車は殺し屋の横を通過した。

 停まってからも、しばらく外には出られない。いつ四発目を撃たれるかわからないからだ。

 警戒しながら、大樹は車外に出た。

 殺し屋は、尻餅をついて呆然としていた。

 ショットガンも手放している。

 大樹は、殺し屋に近づいた。その様子を見るかぎり、もう殺し屋ではなくなっていた。

「あなた!」

 神尾さんが、そんな殺し屋に寄り添った。

「もうやめてください」

 大樹は言った。轢き殺すようなおこないは、二度としたくなかった。だが、まだ殺し屋が襲いかかってくるというのなら、脅威は払わなければならない。

「お、おれは……これをしないと……あんたをやらないと……」

「こんなことで地獄を抜け出せたとしても、意味はないでしょう?」

「意味なんてどうでもいい……おれは、ここを抜けて更紗と……」

 かつて夫婦だったときは、神尾さんはその名前ではなかったはずだが、彼は言った。

「現世で罪を犯したから、堕とされたんでしょう? 自業自得です! 反省もせずに、楽に地獄から出ようだなんて」

 大樹にも、彼の気持ちが理解できないわけではない。でも鬼にそそのかされて、楽な道を進もうとする彼に対して、たとえようもないほどの怒りを感じていた。

「こんなことをして自由を得ても、彼女が本当に喜ぶと思ってるんですか!」

 神尾さんは、そんな女性ではない。もしそうなら、地獄に堕ちているはずだ。

「だ、だがよぉ……あと何年かかるんだよう……もう死ぬほど年月が経ってる……」

「心から反省したときに、次の転生が待っているはずです」

 この男は、まだその時をむかえていない。

《ウー、ウー》

 と──、けたたましいサイレンが聞こえた。この音が現世のものと同じなら、パトカーがやって来たようだ。

 白と黒の車体が、すぐに姿をあらわした。一台ではない。四台いる。

 耳障りなブレーキ音を響かせて、パトカーは停まった。すぐになかから、制服を着た警察官が降りてきた。

「動くな!」

 大樹は、数人の警察官に包囲されてしまった。

「ちょ、ちょっと!」

 犯人は、そっちです! という眼を殺し屋に向けた。が、警察官たちには通じなかった。

「抵抗するな!」

「ぼ、ぼくじゃない!」

 警察官の一人が、殺し屋のショットガンを拾い上げた。

「おまえだな?」

 その警察官は、大樹の顔を見て言った。

「ち、ちがいます!」

「いいや、おまえだ!」

 警官の声は、かたくなだった。

 大樹は、瞬く間に拘束されてしまった。腕を後ろに回され、手錠をはめられた。

「ちがうって言ってるでしょ!」

「だまれ!」

 大樹にも、ここまでの事態になってようやく理解できた。この警察官たちは、騒動を沈静化するためではなく、大樹を逮捕するためにここへ来たのだ。

 公正な立場ではない。

 天国の住人であり、閻魔でもある大樹は、この地獄では敵にあたるのだ。

 このままおとなしく連行されるつもりは、大樹にはなかった。

 執務室に帰るために、念じた。

「え?」

 だが、なにもおこらない。

 どうしてだ? なぜ、テレポートしない?

 困惑する大樹に、答えてくれる者はいない。

 ここは、敵地なのだ。

 強引に逃げようとも考えたのだが、警官に囲まれているし、手錠もされているから、たぶん無理だ。失敗したときのことを想像すると、身体は動かなかった。

 パトカーに乗せられた。

 地獄の警察署につれていかれるのだろうか……。

 閻魔という立場なのに、逮捕されてしまった。


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