ある娘の独白
――生き返りって話、あるじゃないですか。
――そうそう、一度は死んだはずの人間が、よみがえる。古いのだと、キリストですかね。詳しくは知りませんけど、十字架に打ち付けられたのに、ひょっこり生き返ったんでしょう?
――え、それが何の関係があるかって? すみませんね。でもとっても関係のある話なんです。
――ねぇ、人が生き返るって、本当にあると思います? 人はどこからが死で、どこからが生なんだと思いますか?
――ふざけているのか、ですか。ひどいですね。私はこれ以上なく真剣です。真剣に、あなたの聞きたいことに答えようとしていますよ。
――そのために、わざわざここまでたどり着いたんでしょう?
――あら? どうしました? 顔色が悪いですけど、大丈夫ですか? お水、飲みます? ほら、お水なら、そこら中にありますから。
――ふふっ。冗談です。話を続けますね。具合が悪いのなら、そこのソファに座るといいですよ。赤い、皮張りのソファですよ。そういうと、お高く聞こえますね。
――座りませんか。なら私が座りますね。
――化け物を見るような目で、見ないでくださいよ。
――それで、どこまで話しましたっけ……そうそう、生き返りと死の定義のところまでですね。生き返りを語るには、まず死について考えないといけません。
――ねぇ、死ぬって何なんでしょうね。息が止まること。心臓が止まること。脳が止まること。体が腐り始めること。人々の記憶から忘れられること……魂が体から抜け出すこと。
――こうやって考えてみると、どれもいまいちピンとこないんですよね。息や心臓が止まることは言わずもがな、元に戻るなんてよくあることです。脳が止まったり、体が腐り始めたりは、確かにそれっぽいですけど、脳が死んでも、機械で生きることはできますし、生きながら体が腐ることだってよくあります。脳死については結局死ぬみたいですけど、線引きは曖昧です。腐ることも、そう。
――人々から忘れられること、なんて、馬鹿みたいですよ。自分の生を他者に依存させるんですか? まぁ、それについては死の定義というか、私の言いたいことの本筋からはずれてしまっているんですけどね。
――結局何が言いたいかって言いますとね。死というものはとてもあいまいで、境目がぼやけているんです。死んでいるようで、死んでいない。生きているようで、生きていない。はっきりと生きている人間はいるけれど、はっきりと死んでいる人間はいない。
――そういうものなんだって、最近思うんですよ。
――なら、生き返りは、死んでいる風な人間を生きている風に仕立て直すだけのことなんじゃないでしょうか。生き返り、死者蘇生なんて言うと御大層な話に聞こえますけど、境目の上を動かすだけって考えたら、案外、大したことないんじゃないかって思うんです。
――それでも人は、あいまいな生死の境目をはっきりさせようとして、生き返りをとんでもないことのように仕立て上げようとしている。愚かだと思いますよ。はっきり言って。
――狂っている、ですか。でしょうね。私が他の人と価値観がずれていることには気づいています。
――大事なことに答えてもらっていない。ですか。そうですね。私としては、必要なことを順番に話していっているつもりなんですが、あなたは何を聞きたいんでしょう。この部屋のこと? 私のこと? 父のこと? それとも、最近巷で騒がれている連続行方不明事件のことについてですか?
――なら、すぐに答えることができますね。犯人は私です。彼らをさらって、生死の境目をあいまいにしたのは私です。
――どうやって、ですか。意外と馬鹿ですね。この部屋を見ればわかるでしょう。いくら私がうら若き女性だったとしても、何らかの手段があるんだと予想がつくでしょう。見た目に騙されちゃだめですよ。
――どうしてこんなことを、ですか……それが生き返りと、つながってくるんですよ。でもその前に一度、私のお父さんの話をさせてください。
――私のお父さんはですね。もともと真面目な会社員だったんです。家族のために、毎日毎日身を粉にして働いて、休みの日にはよくいろんなところに連れて行ってくれました。
――今振り返っても、いいお父さんです。人柄なんでしょうね。私の家にもよく、お父さんの友人や会社の同僚が訪ねてきていましたよ。
――本当に、普通の、人だったんですよ。テレビドラマを見るのが好きで、子どもが好きで、お母さんを愛していて、思春期に入った私に加齢臭のことを言われてへこむ、本当に普通な……
――すみません。少し感情的になってしまいました。ふふっ。私が感情的、だなんて変な話です。
――お父さん……父は変わってしまいました。きっかけは、はっきりしています。五年前のことです。一人娘が死んでしまったんです。
――目に入れても痛くないくらいに溺愛していた娘を亡くして、父は壊れてしまいました。不幸な交通事故です。目の前で娘は壊れてしまいました。大型トラックでしたからね。肺が千切れて、心臓はつぶれて、脳みそは飛び散って。痛みを感じる暇もなかったみたいです。
――血だまりの上に、肉塊と内臓が広がって、周りの人間たちは面白がって写真を撮る。父は悪趣味なスポットライトの真ん中で、娘の体をかき集めていました。まるでパーツを全て揃えてつなぎ合わせれば、娘は生き返ると思っていたかのように。
――ですが娘は生き返りません。生死の境はあいまいなまま、これまた父の目の前で燃やされました。憔悴しきった父の心はここで、ぽっきり折れてしまった。壊れてしまったんです。
――え? おかしいところがある? 何がです?
――辻褄が合わない。……なるほど。そうでしたね。あなたは、刑事さんはそこが引っかかっていたんですね。
――父は一人娘を亡くした。でも私がいる。死んだはずの一人娘が目の前にいる。なぜなのかと。
――愚問ですよ。それは。だってずっと話してきたじゃないですか。
――生き返りって話、あるじゃないですか。




