故売屋ヤナギの人生
求めるモノ:吸血鬼(20代♀)
出せるモノ:ヒト(20~60代♂♀各種)
残酷な等価交換の募集にうんざりした俺は、キーボードから指を離し天井を見上げた。
冷めたコーヒーを啜る。
思わずため息が漏れた。
柳洋一郎。31歳。新宿在住。
職業:故売屋。盗品を盗品と知った上で、買い取り、売り捌く、流通屋。
但し、普通の盗品は扱わない。
俺の扱う盗品は、ヒトと―――ヒトの社会に紛れ込む二つのヒトならざる種族、鬼だけ。
ヒトの道にも鬼の道にも外れた最低の故売屋ヤナギ。
それが俺。
目を閉じる。
10年前の12月24日午前2時00分。
平凡な大学生だった俺が、この世に吸血鬼なるモノが存在すること、ヒトの血は紅く内臓は黄金色であることを思い知らされ、復讐のために鬼どもの社会に潜り込むことを決意した日。
やっとここまで来たのだ。
振り向くな。
意識を戻す。
最初の5年でわかったこと。
一つ。
現代の日本には、少なくとも2種のヒトならざる種族が紛れ込んでいる。
吸血鬼。血を吸う鬼。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚といった五感を操る力に優れる。
和角鬼。日本土着の角有る鬼。
五感を操る力はないが、膂力に優れる。
強力な和角鬼なら、5時間もあれば雑居ビルを瓦礫の山に変えることができるだろう。
二つ。
吸血鬼も和角鬼も、現代の日本では組織を作り行動している。
吸血鬼の組織はシャトー、和角鬼の組織はシマと呼ばれている。
新宿で力を持っているのは、吸血鬼のシャトー『カルメネール』と、和角鬼のシマ『亜麻鬼会』だ。
三つ。
吸血鬼にしても和角鬼にしても、伝承にあるような絶対的な存在ではない。
寿命はヒトと変わらないし、マシンガンでハチの巣にされたりガソリンをたっぷりかけて燃やされたりすれば死に至る。彼らの耐久力は人間に毛が生えた程度に過ぎないといえる。
四つ。
吸血鬼も和角鬼も、ヒトより優れた力を持つが数が少なすぎるため、彼らはヒトの社会と本気の戦争にならないように、極力目立たずヒトを調達している。
ヒトでありながら、彼らにヒトを、時として鬼を、提供する流通屋になれば、鬼どもの社会により深く根を張ることができる。
そう考えた俺は、5年前にヒトと鬼の故売屋を始めた。
ヒトを買った。吸血鬼を買った。和角鬼を買った。
ヒトを売った。吸血鬼を売った。和角鬼を売った。
焼く。煮る。蒸す。刺す。斬る。折る。剥ぐ。犯す。
売られた先には地獄しかない。
わかっていて俺は、求められるままにヒトも鬼も売り捌き、鬼どもの信頼を勝ち得てきた。
復讐のために必要な情報を得る。
それ以外のことはどうでもよかった。
だが、本当にそうだろうか。
俺はいつのまにか、血と金に溺れているだけなのではないだろうか。
虚ろな思考の堂々巡り。
俺が俺自身の悪行を振り返ったとて意味などない。
自縄自縛の循環の蛇。
救済などない告解を続けていると、携帯が鳴った。
表示された名前を見てろくな要件ではないと思いつつも、思考を中断するために俺はすぐに応答ボタンを押した。
また一つ、小さな逃避。
「リュウさん珍しいね。デンワすぐつながる。」
電話の主は餓鬼の西海だった。
餓鬼は和角鬼の最下層の存在だ。異様に膨れた腹部、禿げあがった頭部。醜い外見に加え、大量に飯を喰らい、それが凝縮されたかのような信じられないくらい臭い汗とクソを排出する。
「俺はヤナギだ。リュウじゃない。何度言ったらわかるんだ」
「ニンゲンの言葉ムズカシイね。」
怒りで頭痛がする。
餓鬼は和角鬼の最下層だが、それでも人間よりは遥かに力が強い。
西海は人間の名前なぞ覚えないとコケにしているのだ。
「もういい。要件を言ってくれ。」
「オズワルドがリュウさんのこと呼んでるね。」
オズワルドの名を聞き一気に汗が引いた。
オズワルド。カルメネールのボス。20代後半の金髪の吸血鬼で、大層な美男子だ。
だが、その優男ぶりに騙されてはいけない。
3年前、カルメネールの反主流派として粛清されそうになったオズワルドは、たった一晩で当時の長老会の吸血鬼を皆殺しにした。
普通なら他の幹部連中の報復に遭うのだろうが、長老会の全員を一人で皆殺しにした腕っぷしと血の海に佇むオズワルドの美しさに、カルメネールの連中は参っちまったらしい。
報復はなされず、その日からオズワルドは、カルメネールのボスになった。
輝く深紅の月の王。血の海のフルムーン。新時代のノー・ライフ・キング。
オズワルドが俺のような故売屋を呼び出す理由などないはずだ。
いや。そもそも。
「和角鬼のお前が、なぜオズワルドのメッセージを俺に伝える。」
「知らないネ。ただ、オフィスまですぐに来てほしい言ってたよ。早くしないとリュウさんこの世とサヨナラね。」
そう言うと西海はけたたましく笑い声をあげた。
餓鬼は笑い声までも醜い。新しい発見。
問い詰めても無駄だろう。
俺は黙って電話を切った。
カルメネールのオフィスは、新宿最大のビルであるインペリアルタワーの最高層階にある。
吸血鬼には土の中の方がお似合いだが。
オフィスに入り、オズワルドの部屋に通される。
部屋の中では、オズワルドが巨大な水槽の中の厭魚に何かの肉片を与えていた。
厭魚。アロワナに吸血鬼の血を与えて造られる奇形種。
目玉が10倍ほどに飛び出た個体、脊髄が肛門から50cmも飛び出す個体など、個体ごとに全く異なる異常な奇形を発現するが、どの個体にも共通するのは、その異形故に餌を食べるだけで全身に激痛が走り苦悶するところだ。
俺には理解のできない嗜好だが、吸血鬼の連中はその苦悶のダンスを楽しむためだけに、この哀れな奇形種を造りあげ飼っている。
否、連中に言わせれば、苦痛の中でも生きるために餌を食べざるを得ないところに生命の輝きを感じるのだそうだが。
厭魚が食べ残した肉片が水槽の上の方に浮かび上がるのが見えて、俺はかすかな嫌悪感を感じた。肉片の元はヒトなのだろうか。
「柳さんは厭魚はお嫌いですか?」
苦痛にのたうち回る厭魚に背を向け、オズワルドが尋ねる。月の王。確かに美しい顔だ。
「ええ。我々ヒトは苦痛を楽しめるほどに強くないのです。」
「正直は美徳です。ですが、我々吸血鬼とあなた方ヒトの嗜好に質的な差異などありません。ほんの少しの量的な違いが存在するだけなのですよ。」
俺の暗い迷いを見透かされたような気がした。
「本題に入りましょう。」
そう言うと、オズワルドは一枚の写真を差し出した。
写真を見る。魅入られる。
17、8歳といったところだろうか。
肩まで伸ばした漆黒の髪。純白の肌。深い青の瞳。
美しい女だ。
吸血鬼だろうか?
「この女を生きたまま私のところまで連れてきてください。但し、サトリなので注意してくださいね。」
厄介な頼み事に眩暈がした。
(続く)