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姫君と騎士  作者: 叶
3/8

白馬の王子の物語(前編)




「コンラートさまっ、コンラートさまー!」


遠くから息を切らせて走ってくるのは、おしとやかにあるべきだと昔から教育されているこの国の姫だった。

侍女達を遠くに残し、コンラートの前でようやく足を止めたジゼル姫は胸を押さえ、しばらく呼吸を整えた。

そして、ようやく落ち着いたのか輝くような笑顔でコンラートを見上げて、やっと口を開く。


「コンラートさま、こんにちは」


「はい。こんにちは」


コンラートの返事にジゼルは満足そうに微笑んだ。

そして、何事もなかったように踵を返し、来たときと同じように駆けていってしまった。

「……今のはいったいなんなんだ?何の用があったんだ?」

アンドルーがぽかんと小さくなっていくジゼルの後ろ姿を見つめる。彼女は相変わらず走るのが速い。

「姫がせっかく同じ城にいるのだからせめて挨拶をしようと提案をしてきたのです」

「挨拶?」

「はい。朝は『おはようございます』、昼は『こんにちは』、夕方は『こんばんは』と、夜は『さようなら』です」

淡々と説明するコンラートの言葉に、アンドルーは思いっきり嫌そうに顔をしかめた。

「それだけ、わざわざ?毎日か?」

「はい」

「……うざったくないのか?あれ」

アンドルーは、ドレスを持ち上げて走り、侍女たちに叱られているジゼル姫を指差す。

あれ、とは姫のことだろうか、と遅めに気付いたコンラートは首を横にふった。

「いいえ?姫が満足するならいいのです」

まったく気にはしていない様子のコンラートに、アンドルーは尊敬の眼差しを向けた。少し呆れの感情も含まれているような気がするのは、気のせいだろうか。

「…お前は思いっきり妻を甘やかして自分だけ苦労するタイプだな。絶対」

「光栄です」

「……まったく褒めていないぞ」


こういうのをバカップルと言うのかと、アンドルーはうんざりとため息をついた。




*******




やっと婚約を認められ姫と騎士は、微笑ましいほどに初々しく、仲睦まじく過ごしていました。


しかし、姫が結婚相手を決めたことをまだ知らない者たちがいました。

それは、姫の結婚相手を決めるパーティーに行きそびれた者たちです。


まだ、姫に求婚の手紙と肖像画を知らずと贈る者は後をたちませんでした。



********



贈られる肖像画をあれやこれやと楽しく見ているのは、まだ若い侍女たちばかりだった。

この人はかっこいいだの、優しそうだの、頑固そうだの、わいわいと討論している。

しかし、ジゼルはまったく興味がなかった。

だって、コンラートさまの方がかっこいいし、優しいし、誠実なのだから。

この肖像画の人達は、ジゼルではなく国の利益のために求婚してくる人ばかり。

ばかり、というか全員がそうなのだ。

だが、そんな求婚は婚約を決めたジゼルにはもう必要ないものだ。

ベッドに置かれている邪魔な肖像画を手にとる。

描かれているのは、ジゼルより一回りくらい年上の男性だった。

「……コンラートさまは肖像画を描かせる気はないかしら」

この絵の中の人物がコンラートなら、毎日抱いて眠るのに。

「きゃー!この方とてもハンサム!」

「本当、素敵…!」

「姫さま!見てみてくださいよ」

ひとつの肖像画にたくさんの侍女達がかじりついていた。

何がそんなに素敵なのか、と不思議に思ったジゼルはその絵を覗きこんだ。

金髪碧眼。

容姿淡麗。

純白の馬に跨った男がそこには描かれていた。

まさにおとぎ話から飛び出した白馬の王子さま。

侍女たちはその男性にこぞってほうっとみとれている。

「まあ、綺麗な馬!」

「姫さま!馬ではなくこの方ですよ!とてもハンサムですのに」

「あら。肖像画なんて美化させて描かせるものなのよ」

こんなおとぎ話や絵の中だけの人より、コンラートの方が数倍素敵だとジゼルは肖像画から視線を外した。



*******



本当にいたんだわ。


ジゼルは、隣国からきたフランシス王子を見上げてそう思った。

そのままあの肖像画から飛び出した白馬の王子さま。

その王子さまが、今、ジゼルの謁見用の自室に立っているのだ。

彼はジゼルにむかって輝くような微笑みを浮かべた。

「ジゼル姫は噂通りお美しいのですね。はるばるこうしてエクトールを訪ねた甲斐がありました」

「いえ、そんな…」

「実は姫を訪ねたのは、姫にある言葉を伝えにきたからです。先日のパーティーには天候のためこれなかったので」

「言葉、ですか?」

にっこりと微笑んだフランシス王子は優雅にジゼルの手をとる。

そしてその手に口付けを落とし、熱い瞳をジゼルに向けた。


「私と結婚して下さいませんか、姫」


フランシスが放つ色気に一瞬めまいがしたジゼルは、正気にもどるため首をぶるぶるとふった。

そして、すぐつかまれた手を無理矢理取り戻して後ろへ隠した。


「お、お気持ちは嬉しいのですけど、お受けできませんわ!」

「どうしてですか?」

フランシスは不可解そうに眉を潜めた。その様子も、ひどく美麗だ。

「もう、生涯の相手は決めてしまったのです。申し訳ありませんが、フランシスさまの申し出を受けることはできません」

ジゼルの言葉に、フランシスは目を見張って驚いていた。しかし、すぐ真剣な眼差しでジゼルを見つめる。どこか色っぽい視線が少し恐い。

「ジゼル姫」

「はい」

「姫の決めた男は、強くて、賢く、素晴らしい男なのですか?」

コンラートを思い出す。

頭に浮かべるだけで、ジゼルはふにゃりとにやけてしまった。

「はい!素晴らしい方です」

「なるほど」

静かに目を伏せたフランシスは、かすかに微笑んだ。そして、その微笑みを浮かべたまま再びジゼルに視線を戻した。

「私より?」

「へ?」

戸惑うジゼルの金髪の先を、フランシスは手にとる。その仕草は、手慣れているのかやけに自然だった。

「本当にその男は私を上回りますか?」

「はい!…あ、ごめんなさい…」

「そうですか。でも、もし私がその男より姫にふさわしい男だったのなら、その時は私と結婚して下さいますね?」

固まるジゼルの髪に口付けを落としながらフランシスは囁いた。


「大丈夫です。すぐに分かりますよ」



*********



「何?決闘をしたいだと?」


驚いた国王は思わず、細かい装飾が施されたきらびやかな玉座から腰を浮かせた。

「はい。お許し下さいますか?」

厳かな国王の謁見の間で、平然と頼むのはフランシス王子だった。

その表情は涼しげで、余裕が伺える。

「ふむ。わしにとってもジゼルを一介の騎士と結婚させるより、フランシス王子と結婚させるほが何かと良いのう」

「お父様!」

ジゼルは青ざめた。せっかく駆け落ち未遂をしてまで婚約を認めて貰ったというのに…!

その時、まったく狂いのない一定に響く靴音が聞こえてきた。

姿を表したのは、騎士の平常服をひとつの乱れもなく着こなしたコンラートだった。

「陛下の御呼びに従い、ただいま参りました。コンラートです」

膝をつきながらそう言って、相変わらず丁寧に騎士の挨拶をする。


かっこいー…


その高潔で凛々しい様子に、ジゼルの胸が高鳴った。

「よく来た。フランシス王子がそなたに会いたいと言っていてな」

コンラートを娘の婿として若干敵視している国王は、わざと威厳たっぷりというように髭をなでる。

しかし、コンラートは臆した様子もなく真っ直ぐに視線をむけていた。

こうゆう所が可愛くないと、常々国王は思っていることなんて当然ジゼルは知らない。

「お会いできて光栄だ。コンラート殿。いや、コンラート君かな?」

相変わらず優雅な仕草でコンラートの目の前に進み出たのはフランシスだった。

挑戦的な微笑みを向ける彼に、コンラートは律義に跪いた。

「恐悦至極に存じます、王子。コンラート・アベラールと申します。王子のお好きな様に御呼びつけください」

「堅苦しいのはなしにしよう。姫と婚約する男なら対等だろう」

頷いて立ち上がったコンラートに、フランシスはさらに間近に詰め寄る。

さすがに居心地の悪さを感じたのか、コンラートは躊躇いがちに少し体をひいたようだった。

二人とも背が高い。

まわりの男性より均整のとれた体つきの男がふたり立っている様子に、ジゼルは特な物でも見ている心地になった。

顔が対照的なのもまた良いのだ。

きらきらな輝く容貌の金髪王子に、知的に整ったストイックな容貌の黒髪騎士。

絵を書かせたら、侍女たちに売れるんじゃないかとジゼルはふと思った。

「突然だが、提案があるんだ、コンラート君。私と決闘しないか?」

「……決闘、ですか?」

「そうだよ。…姫をかけてね」

ちらりと熱い視線をおくるフランシスを、ジゼルは容赦なくきっと睨んだ。

コンラートさまとのらぶらぶを邪魔するなんて、絶対許せないっ。

「フランシス王子!コンラート様は決闘なんてやらなくてもいいのです!もう私はコンラートさまの物なんですからね」

「いいえ。私にもチャンスがあるのです。国王陛下さえ認めてくれれば、ね。コンラート君。君から姫を奪ってみせよう」

にっこり笑ったフランシスに、まったくコンラートは動じた様子はなかった。

ジゼルを奪うと言われたというのに、まったく表情の変化が見当たらないのだ。

ジゼルは焦った。

もしかして、コンラートはあっさりジゼルを譲るつもりなのかもしれない。

律義で忠義の厚い彼は、王子という身分に遠慮して自分が引き下がるのかもしれない。国のために手放すのかもしれない。

「お、お父さま!そんなの認めるはずがないですよね?そうでしょう!?」

「うむ。決闘はお互いの合意が必要だ。コンラートが受けるというなら認めるが…」

そうだ。コンラートさえ否定すれば大丈夫なのだ。

ジゼルはほっと息をついた。

「コンラート。そなたはどうするのだ?」

「決闘は受けません!」

叫んだのはもちろんジゼルだ。こんなの、反対に決まっている。

「姫、お気持ちはわかりますが、コンラート君の意見をお聞きしたいな。どうするんだい?もし、君が決闘で勝ったら私は姫のことを綺麗さっぱり諦めよう。だが、君がここで辞退するのなら私は君を姫の結婚相手とは認めない。かならず奪ってあげよう」

決闘を受けたらコンラートが負けることになるだろう。

ジゼルがそう思うのは、知っているからだ。

毎年、この国では騎士の大会がある。予選に勝ち抜いた者だけ、王族や貴族の前で優勝を争える大会だが、それにコンラートが出たことは一度もないのだ。

強くなくとも、ある程度の者なら、たいてい一回くらいは大会に出ているのに、コンラートは一度もない。

つまり、出させてくれないほどの腕ということなのだ。そんな騎士は逆に珍しいのかもしれない。

剣の腕はそれほどなくても、頭の良さで第三王子付きの騎士になったのだろうかとジゼルは推測する。

そして、フランシス王子は趣味が狩りというほどなかなか武勇にたけている。

勝目などない。

そんな危険な取引なんて、受けるほうが愚かだ。

「大丈夫です。コンラート様!決闘を辞退しても私はコンラート様から絶っ対離れませんから。こんな決闘馬鹿げています」

「姫はこう言っているがどうするんだ?コンラート君」

余裕な笑みを浮かべるフランシスを、コンラートは真っ直ぐに見つめた。

その表情から、感情は伺えない。

ようやく口を開いたコンラートに、ジゼルはほっとした。やはり、こんな決闘はおかしいとコンラートだって気づいているはずだ。

「フランシス王子の申し込み、謹んでお受けいたします」

「コ、コンラートさま………!?」

なぜ、とジゼルは言葉につまった。

コンラートは真っ直ぐにフランシスを見つめているだけだ。

「よろしい。決闘を認める。ジゼルをかけてな」

目の前が真っ暗になったジゼルの耳に、国王の低い声が響いた。



********



「どおゆうつもりですか!?コンラートさま!」

中庭でようやくコンラートに追いついたらしいジゼルは、息をきらせながらもコンラートに詰め寄った。

「はあ…。あの、今からアンドルー王子の所に行くつもりですが」

「その『つもり』じゃなくて、決闘の方の『つもり』で……、…何を言っているのか自分でもわかんなくなっちゃったじゃないですか!」

「…すいません」

潤んだ瞳に睨まれ、コンラートは反射的に謝った。

姫が怒っているときは、たいてい理由がわからない。考えれば考えるだけわからなくなるコンラートは、謝るしかできない。

姫が怒っているのなら、こちらが悪いのだろう。

「どうして決闘なんか受けちゃったんですか!?」

「えっと、受けたかったからです」

なんと答えていいかわからずに、頭をかく。

そんなコンラートの様子に、ますます怒ったようにこちらを見上げたジゼルは、そのままなぜかぼろぼろと涙を流し始めた。

「…ひ、姫…。あの、えっと…」

顔を覆ってめそめそ泣き出したジゼルに、まずい、とコンラートは何もできずにただ慌てた。

泣きやまないジゼルに、ただ途方に暮れる。

「……いやなんです」

涙に揺れた声が、手で覆った顔から漏れた。

「…自分が賭けられるのも嫌ですけど…、コンラートさまが怪我をしたり、危険な目にあうのが、一番、…いやなんです…!」

「……姫?」

決闘というからには、無傷でいられるのは難しいかもしれない。騎士の大会でも、怪我人はたくさんでるのをジゼルは知っていたのだ。

だけど、そんな理由で泣いているのか、とコンラートは内心驚いた。

コンラートが怪我をしてしまうかもしれないというだけで、この姫は泣いているのだ。

コンラートはかすかに笑って、ジゼルの頭に柔らかく手をおいた。

「大丈夫です」

そう囁くと、ジゼルは涙に濡れた顔でこちらを見上げた。

「怪我なんてしません。大丈夫ですよ」

静かになったジゼルに、コンラートはほっと胸をなでおろした。

これでわかってくれたのだろう、と頭においた手を離す。

「…コンラートさま…」

「はい」

「何言ってるんです!?そんな保障どこにあるですか!!!ジゼルが納得するよーに、きっっちり話して下さい!!!」

ジゼルはさらに怒ったように、コンラートに詰め寄った。

わかっては、…もらえなかったらしい。

「勝てなかったら、…大怪我したらどうするんです!!」

「大丈夫です。勝てますし、怪我もしません。たぶん」

「どうして『たぶん』なんてつけるんですか!」

「あ、…そうですね。えっと、……絶対」

「その間はなんですか!?もう、コンラートさまは私の気持ちなんて少しもわかってくれないんですね!」

「そんなことはありません。…あ、姫。頭にゴミが…」

「えっ?、……。~~~!ゴミじゃなくて花びらじゃないですか!?…もう、コンラートさまのばかあ!!」

そのままコンラートに背を向けたジゼルは、コンラートが引き止める間もないまま走り去ってしまった。

あんなに走って転ばないだろうか、と違う心配をしていたコンラートはジゼルが視界から消えるまでとりあえず見守っていた。

「どうしようもない男だな。君は」

背後からかけられた声に、はっとして振り向く。

そこには、華やかないでたちのフランシス王子が微笑んでいた。

「ふふ。花びらをゴミとはね。乙女心がみじんも理解していない君に、姫は大いに失望しただろう。私なら、姫の髪に新しい花を飾るよ」

「乙女、心…ですか?」

やっぱり理解できなくてコンラートは首を傾げた。

「まったく。こんな男が私のライバルなんて…。君みたいな男は姫に花すら贈ったこともないんだろう」

やれやれ、と肩をくすめたフランシスは庭に生えていた小さな雑草の花をつみとった。それは風にゆれ、可愛らしく震える。

「私なら姫に、百の愛の言葉と百本の薔薇を贈る。君は姫に何をしてあげられる?」

「私は…」

言葉につまるコンラートに、フランシスはふっとほくそ笑んだ。本当どうしようもないね、と。

「女性の喜ぶことがひとつも思いつかないのかい?これは決闘なんてしなくても、姫は私を選ぶだろうね。もう決着がついたと同じことだ」

くすくす笑いながら、つみとった花をコンラートに手渡す。

「まあ、決闘の日を楽しみにしているよ。君が無様に負けて、姫が私の物になる日だからね」

高笑いをして去っていくフランシス王子を見送りながら、コンラートは手の中の花を握りしめた。


『君は姫に何をしてあげられる?』


その言葉が耳から離れない。


「はあ~。あのナルシスト王子はいったか?」

がさっと茂みから現れたのはアンドルーだ。

次から次へと人が入れ替わる日だな、とコンラートは呑気に思った。

「王子。いつからそこに?」

「最初からだ。ジゼルがきたときから、最初から」

長い間しげみでこそこそしていたアンドルーを想像する。…この人は本当に王子だろうか。

「俺はあの王子がどうも苦手なんだ。きらきらしていかにも『王子さま』って感じだからな」

「…王子も一応『王子さま』なんですから、見習って下さい」

ぷいっと顔を背ける王子の様子に、やっぱり姫とどこか似ているなあ、とコンラートは少し感動した。

「…何、笑ってるんだ?」

「笑っていません」

「そんなんで本当にフランシスに勝てるのか?あんなキザな男をぶちのめせなかったら、俺つきの騎士失格にするからな」

「…王子の騎士失格?もう自由奔放な王子を探すこともしなくていいんですか?……負けるのもいいかもしれない」

「…こ、コンラート!お前!」

「冗談です」

はあ?、と悔しそうに顔歪めるアンドルーから視線を外したコンラートは、ちらりと見える剣技場を見据えた。

種目は騎馬戦。

決戦は明日。

腰につってある剣をコンラートは無意識に握った。




********



コンラートさまのばか。


ジゼルはベッドに突っ伏しながら、コンラートに似せて作った自作の人形を放り投げた。

しかし、すぐに悪いことをしたような気持ちになり起き上がって取りに行く。

もしかしたら、本当に離れ離れになってしまうかもしれない。

コンラートがひどい怪我をするかもしれない。

たまらなくなってギュッと小さな人形を胸に押し当てる。

「姫さま。あの…フランシス王子が姫に会いたいと…」

こんな時間になんだろう、と寝巻きの上にショールをはおって寝室をでる。

鏡で軽く髪をチェックして、ジゼルは出入口の扉を開けた。

すぐに柔らかな微笑みを浮かべたフランシスが目に飛び込んできた。

「こんな時間に申し訳ありません。姫に就寝前のあいさつをしたくて」

そういえば、今日コンラートに『こんばんは』と『おやすみなさい』を言い忘れてしまった。

悲しくなりながら、ジゼルは笑顔を作ってフランシスに向けた。

「まめな方なんですね。フランシス王子は」

「コンラート殿は違うんですか?」

「……えっと、コンラートさまはそういうタイプの方ではないんです…。……で、でもそこが素敵なんです!」

余裕ありげに笑うフランシスに、なぜか焦りを覚えながらジゼルは強く言い放った。

「コンラート殿が羨ましいです。姫君にこんなにも想われて。…しかし、コンラート殿は返してくれますか?」

「…え?」

「『想い』をです。姫君がこんなにもコンラート殿を想っているというのに、姫君を喜ばせることをしてくれますか?とびきりの愛を返してくれますか?」

「……それは」

確かに、感じとりにくいかも知れない。

しゅん、とするジゼルの目の前で突然フランシスが跪いた。

「私は、できます。とびきりの愛をあなたにあげます」

にっこり笑った彼は、ずっと背後に隠していたらしい薔薇の花束をジゼルに差し出した。

どきり、と胸が高鳴った。

こんな情熱的な花束を貰ったことはないのだ。

確かに、フランシスは女の子がときめくことをしてくれる。

『とびきりの愛をあなたにあげます』


愛、とはなんなのだろう。


フランシスの愛はわかりやすい。

それは、本当にジゼルに愛情を持っているからだろうか。

だとしたら、わかりにくいコンラートは、ジゼルに愛情を持っていないのだろうか。

恋愛経験が皆無に等しいジゼルは混乱した。

「明日の決闘を楽しみにしていて下さい、姫君。あなたのためにかならず勝利を掴みます」

手の甲にキスを落とすフランシスは、自信に満ち溢れていた。

おやすみなさい、と言って立ち去ったフランシスを見送り、部屋に入る。

すると、うっとりと侍女達が何度もため息を漏らしていた。

「かっこいいですねぇ…、フランシス王子…」

「本当に素敵!」

「姫さま!フランシス王子とご結婚なさるべきです!」

「そうすべきですよ!」

きゃあきゃあ騒ぎ出す侍女達に、ジゼルはむっとする。なんだか、自分の大好きな人が否定されたみたいだ。

「な、何に言ってるのよ!!私にはコンラートさまがいるんだからっ!コンラートさまだって、コンラートさまだってね、とても…、とても素敵なんだから…」

自分が好きになった人は、世界一素敵な人。

ジゼルはそれを疑ったことなんてない。

でも、コンラートはジゼルが本当に好きなのだろうか。

想ってくれているのだろうか。

想っていないから、勝てる見込みがない決闘をうけるのだろうか。

ジゼルと離れる口実をつくるために。


コンラートさま、どうなんですか?

ジゼルのことが好きですか?


想っていますか?


なんでもいいの。

花束をくれなくてもいいの。

ときめく言葉もほんの少しでいいの。


少しだけ見せてくれるだけでいいの。

ただ、少しだけコンラートさまの心を見てみたいの。

泣きそうになりながら、コンラートの人形を眠るまでジゼルは抱きしめていた。


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