交渉会議 IV
リチャード「当社では現在軌道エレベーターをインド洋の赤道直下に建設中ですが、同時に火星まで航行可能の大型無人宇宙船の開発を行っています。火星の開発を目指しております。火星と地球の中間点にもスペースコロニーの建設を考えています。」
デバイスアス社最高経営責任者スティーブン
「しかし、それだけの投資を行っても回収できるほどの利用があるとは思えないが」
リチャード「火星に大量のミスリルとオリハルコンの存在が確認されました。」
デバイスアス社最高経営責任者スティーブン
「それだけでは、意味を持たない。ミスリルもオリハルコンもアダマンタイトも多少高価ではあるが地球で生産されている量でも問題ない」
リチャード「宇宙空間で、たとえばスペースコロニーや大型の宇宙船を作る場合にはどれも大量に必要です。」
デバイスアス社最高経営責任者スティーブン
「いや、だから先ほど言ったように利用する人がいなければ意味がないのでは?」
リチャード「先ほどホーエンベルク殿が説明されたように、今後も不老不死者は増えます。魔法使いも聖獣もですが。しかも我々は不老不死者に制限をかける気もありません。当然、子供ができます。確かに不老不死者は子供ができにくい体のつくりではありますが、子供ができるとしたら双子の場合がほとんどです。さらに言うと、最近の研究で魔法による延命も可能ですし、聖獣も完全な聖獣でいる期間は不老であることがわかってきました。つまり、地球の人口は増える一方ということです。なので、不老不死者は安全航行の確立が成った時点で宇宙へ出ることを考えており、具体的には火星への入植を計画しています。少なくとも今後50年から100年で20億人の不老不死者を火星へ移住させる計画です。」
不老不死者はレベルが低いほど子供ができる確率は高くなるが、それでもいままでの人類と比べると率は下がる。受精しても受精卵が通常の本人の細胞分裂とは別の異物として着床することができないのだが、一卵性の双子の受精卵のみ、受精卵の強さで着床することができる。親の不老不死に対抗できる力は双子以上なければ不可能に近い。高レベルの不老不死ほど難しいが、それでも子供ができる可能性はゼロではないし、長い人生で考えると子供ができない期間は長く感じることはないだろう。
人類評議会議長スコット「では不老不死者は地球を出ていくということだな」
俺「すぐにではありませんが、いずれはそうなるでしょう。しかし、前に言った通りそのころには旧来の人類はほとんどいないでしょう。」
人類評議会デューク議員「やがて地球は無人となるということですか?」
リチャード「これは今の皆様方というよりは、さらに先の時代の責任を担う人たちとの話になるのですが...まぁここにいる大半はおそらくその先の時代でもほぼ似たような立場にあるでしょうから、今お話ししますが、地球は全体が今で言うと国立公園とか保護区的な、またリゾート地的な存在となるでしょう。今の話し合いで、できれば遠くない将来そうなったときに美しい地球を残しておけるならば、それがこの話し合いの最良の結果と考えています。」
「例えば今のこの会場の海龍城も、今は不老不死者が軌道エレベーターやその先の宇宙関連事業の作業を行う場所になっていますが、宇宙に出て行ったあとは、故郷である地球に戻ったときのホテルとなる予定の場所でもあるのです。」
不老不死者はとにかく危険を嫌うので、軌道エレベーターの建設作業もここ海龍城から遠隔操作のロボットで行っている。その先の大型宇宙船の建設作業や、初期の火星の開拓もロボットによる遠隔操作で行うが、実はそのためのミスリル、オリハルコンは地球の生産量では全く間に合っていないというのが実情だ。おそらく、高レベルの不老不死者や身体強化や状態異常無効化のできる魔法使い、そして、同じく高レベルの聖獣で先行して火星に入り資源確保のための基地建設をしなければならないだろう。
ちなみにアダマンタイトは地球には若干量があるが、より魔法的に重い金属なので金星と土星、木星とその衛星にあることが予想されている。しかし、宇宙空間での戦闘などを前提としない限り、当面の宇宙進出はミスリルとオリハルコンで事足りるだろう。ちなみにミスリルは宇宙空間上の施設の外壁に用い、それ単体でも宇宙線や有害な光線、電磁波の類を遮断するが、所定の魔法をまとわせることで物理的な、つまり小型の隕石やデブリなどは防ぐことができる。オリハルコンはいくつかの金属と合金化して魔法を通すことで、重力付与が可能となる。推進力の補助やなにより無重力空間でも地上と同じ重力を発生させることができるので、長期間の宇宙での航行や生活には必須の技術となっている。
少なくとも50年から100年後には不老不死者だけでも20億人が火星から地球の里帰りに宇宙船を利用する需要があるのだ。もちろん、火星との航行時間からも毎年のことではないし、不老不死者は時間の流れ方も変わってくるから頻繁な里帰りではないにしろ、大きな需要が見込めるだろう。
ルドルフ「いすれにしても、我々としてはつまらない戦争は早期に見切りをつけて、新しい方向へかけたいという思いでいる。皆様方の見解をお聞きしたい」
ここで、ずっと話を聞いているだけで声を発することのなかった参加者から発言があった。
中国本土政府外務部楊楽進「旧来の人類という言い方をされたが、それは確実にいなくなる。それも淘汰ではなくて、変化という形で好むと好まざるに無関係にということでしょうか?」
俺「その通りです」
中国本土政府外務部楊楽進「それは、たとえば不老不死者や魔法使い、聖獣がいなくなるという事態に至ってでもでしょうか?」
俺「そうですね。例えば旧来の人類同士が結婚して子供を作っても、相手が不老不死者でも、聖獣でも、魔法使いでも、そおらく各国とも実験してご存知かと思いますが、3つの力を持った者の発生率はまったく変わりません。」
日本外務副大臣青木「どれくらいのスピードで進むのでしょうか?」
俺「これも各国それぞれ予想はしていると思いますが、旧人類がすべて変化し終わるのに50年、問題は私のように3つの力を完全に得るまでは500年から1000年程度は必要と思われます。」
実は人類がこれらの力を手にして地球の死産を免れたとして、次は太陽系から生まれ出でることができるかという問題が残っている。
地球には制限がかけられていたので、今の今まで人類は絶滅せずに済んだ。その制限が解除された今も絶滅のリスクが高いのだが、実はもっと難しいのは制限解除が終わりきってしまって変化の過程が一番リスクが高いのだ。つまり、3つの力の融合の過程で、3つの力を持つものとまだ1つ、もしくは2つしか持たざる者との力の差が生まれたときにも絶滅レベルの戦争の可能性が高まるのだ。
日本外務副大臣青木「それでは、今回の危機が去っても、まだまだこの先に今度は力持つ者同士の諍いが絶えないということですか?」
なかなか鋭いところを突いてくる。
俺「確かにその可能性もありますが、隣の家の庭より、これより先もっと大きな海原が広がっているので、そこへ漕ぎ出すほうに力を使っていこうと皆様で考えていただきたいのです。」
中国本土政府外務部楊楽進「現在、わが国では表向きは不老不死者、魔法使い、聖獣と旧人類を隔離する政策をとっておりますが、実際は我が国の人民であるリチャードが活躍しているように寛容な政策でそれぞれの存在は認めている。しかし、これを表立って認める政策に転換するとなると、相応のメリットが欲しいところですが。たとえば力あるものが宇宙に出ていき、基盤を作るにしても、それを誰が治めるのか?具体的は統治はどのようにするのか?地球上の組織が介在するのか?関与できるのか?宇宙領の概念についても取り決めていかねばならないはずですが」
ルドルフ「故につまらない戦争を早く終えてもらいたいのだが」
人類評議会議長スコット「宇宙の特定の国や個人の支配などはあってはならない。」
俺「そうならないためにも、戦争を早期に終わらせていただきたい」
人類評議会議長スコット「地球上のことと宇宙空間でのことは別だ」
俺「では早い者勝ちということでよろしいということですね。」
デバイスアス社最高経営責任者スティーブン
「この会議に参加させていただいた立場としては魔法師の地位向上の条件は必須ではありますが、当社としては今後地球上の戦争関連事業からは撤退する意思を明確にしておく。さすがに膝元でガタガタ戦争を続けるような国元では軌道エレベーターの建設の競争相手となることはできませんが。」
巨大企業体は利があると判断してこちら側についたな。
聖獣評議国代表ハシム「我が国を含め聖獣の国はまだ少なく経済規模も予算規模も小さな国だ。しかし宇宙へ進出という夢は非常に魅力的である」
さすが欲を具現化し磨く存在。フロンティアとしての宇宙進出に有意義なところを見出しているようだ。
参加者の多くは先に目が行きはじめた。
俺「前にも言いましたが、多少のいざこざは問題ありません。今回は多少外野がかかわりすぎて収拾がつかなくなるおそれが出てきたので、皆様での話し合いを持っていただいただけです。魔法師、聖獣解放会議のエリック殿、アレックス殿、アメリカ共和国の首相顧問のジェイコブ殿、ローガン殿が紛争の当事者。私としてはこの範囲のみに紛争を収縮できるのであれば最良と思っておりましたが...おそらく当事者同士だけでは戦争維持も難しいはずと思っていましたがいかがでしょう?そろそろお互いに引くべきところではないでしょうか?」
アメリカ共和国首相顧問ジェイコブ
「確かに本音を言わせてもらうと、旧人類はどんどん減っている。しかし、その取り残された人々にも人権があり誇りがある。あなた方不老不死者は不老不死であるがゆえに敵を作りたがらない。しかし旧人類は人生が有限であるが故に、敵を作ってまで自己の確立にこだわるのだ。その性が無くなるというのはまさしく神になるということなのだろう。今のままでは今すぐの戦争終結はないだろう。私としては終結を望んでいるのだが...」
ローガン殿は黙っている。
魔法師、聖獣解放会議エリック
「こちらとしては、戦線は膠着しており、これを国境とすることでの停戦、終戦の意思はある。ゲリラ戦もこの国境線の外側の部分では、戦士の安全な移動を確保してくれれば即時停戦もありうる」
アメリカ共和国首相顧問ジェイコブ
「こちらとしては首相が戦争継続の意思決定を行うのでなんともいうことができないが、伝えておく」
ルドルフ「では、今回の会議の内容を実務レベルで詰めて、正式の会議を開催することとします。」
リチャード「では、皆様には引き続き晩餐の用意をしております。堅苦しい話を抜きにみなさまに楽しんでいただきたいと思います。」




