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その4

クロトはラーミャにある、街という街をはじからはじまで駆け抜けていた。

どこだ、どこにいる···。

クロトは検索範囲を最大にして、普段サーシャには見せない真面目な顔で高速移動していく。

ピコンッ!と反応があった。

「いた···っ!」

クロトは反応のあった方へ進行方向を修正し、ドキュン!と駆けていった。


ケツを上につきだし四つん這い。お世辞にもお上品とは言い難い格好で、その場に生えている花を見つめている女性。

「○■●●⚪□⬛⬜★☆▼▷△か···いや待てよ▼▷⬛□■■○●▲▶▷◀☆の可能性も···」

もはや言葉ですらない音を発する美女は先日出会ったワイエットだ。

「おぉ〜い、ワイエットぉ〜」

ズザザザザァァー!と、ワイエットの真ん前で急停止したクロト。

ワイエットは、それでも気づかない。今度は花に停まったカマキリに夢中だ。

クロトはワイエットのまんまるぐるぐる眼鏡を取り上げた。

「カマキリは後でだ。俺の話を聞いてくれ」

途端に綺麗な夕焼けのような瞳が現れ、周りを照らす。

なんだってコイツはこんな綺麗な瞳のグラフィックを作っておきながら、なのに無関心にシステム解読に夢中になってやがんだ?

クロトにはワイエットの存在そのものが理解できない、が、今は彼女を理解している場合ではない。

「頼む、教えてくれ。この間言ってたよな?『疑われる』と。“アレ”とはなんの事なんだ?」

ボーっと、焦点の合わない視線をクロトに向けていたワイエットは、あぁ、と頷く。

「捕まっちゃったか。まぁね、プレイヤーをIDで識別する方法は、ないからね」

ぶつぶつと呟くワイエット。ふむ、とクロト。

「つまり、犯人は同じキャラ名だけど別人だって事で合ってっか?」

ワイエットは、クロトの手からまんまる眼鏡を取り返す。

「同じキャラクター名で別のキャラクターを作成する事は不可能だよ。あれはサーシャさんじゃない。ここの初期フォントは〈MSゴシック〉なんだけど、君は?どうしてる?」

「は?」

クロトは話の流れがよくわからない。

「フォント変えればたぶんわかりやすくなると思うけどな。あのトレード画面、全然別人だよね」

クロトの頭の上に?マークが広がっていくかのようだった。が、クロトはワイエットを離した。

「まぁいいや。理由なんかなくても、あいつが犯人じゃない事くらいわかってる。おまえさ、よくわかんないけど、それ運営に説明してくんね?おまえもサーシャが牢屋に捕まったままなの、嫌なクチだろ?」

ワイエットの目が泳いだ。

「でも僕、運営嫌いなんだよ···」

「俺もだよ。でもサーシャの事は好きだ。おまえもだろ?」


真理子は目を閉じ、自身の胸の内深く沈んでいた。

私は···、依然としてシップの中で睡眠を取る。ログイン時間は以前とは比べ物にならない程減り、深夜にログインする事もなくなった···ハズだ。

寝ているつもりで、夜中にログインし、チートツールを使い人々を襲っているのだとしたら···?誰かを傷つけたいという思いが、まだ自分の胸の底に沈み、チクチクと真理子、サーシャを蝕んでいる可能性が、ないとは言い切れない。

あのS S(スクリーンショット)···、確かにサーシャだ。

同じキャラ名で新たにキャラクターを作成しようとすると

〈すでに存在するキャラクター名です〉

とのエラーが出て、作成することはできない。だから、あのトレード画面はサーシャなのだろう。私は···やはり···あいつを悲しませてしまうのか···?

真理子は両手で口を覆い、そのまま頭まで手を動かす。

そこに、クロトから携帯に着信が入った。

真理子は出ることを少し躊躇い、だが鳴り続ける携帯に遂に観念して取り上げた。

「サーシャ、いたのか、良かった。掲示板見たろ?」

「あぁ、見た。確かに···私のようだ···」

沈んだ声。クロトは、はぁ?と声が裏返る。

「俺が言いたかったのはそんな事じゃねーぞ。やっぱ一人で見させるんじゃなかったぜ···」

真理子は今さっき浮かんだ思いに囚われている。がっしり掴まれ、他が見えない。

「無意識な自分自身に、自信が持てない。誰かに制裁を加えたいという気持ちが、眠りに落ちた後にどんな行動を取るか···。今までずっと、一日のほとんどをログインしたまま過ごしていたのだ。寝ているつもりでログインしていたとしても、体に大きな変化はないはずだ。気付けないかもしれない···」

クロトはじっと聞いていたかと思うと、ハァとため息をつく。

それは受話器を通し、真理子の元には風の音のように響いた。

「いいか、一回しか言わないぞ。なぜならこれから先、それが変わることがないからだ。しっかり聞けよ」

前置きをすると、スゥと息を吸い、クロトは一気に言った。

「おまえを含めたこの世のすべての人間がおまえを疑っても、俺はおまえを信じる。おまえが誰かを傷つけたり、陥れたりしないことを、俺は知ってる」

真理子は、携帯を持つ手に力を入れた。

「そこで腐って見ていろ。俺が疑いを晴らしてきてやるよ。だが、そのときは覚悟しろよ。すけすけネグリジェを着る事を、おまえは拒め···」

パーーーン!と、真理子は携帯を持ったまま両手で自分の頬を叩いた。

「クロト、ありがとう。目が覚めた。私の疑いなどどうでもよかったんだ。人々を苦しめるどこかの馬鹿野郎を、たとえそれが私自身だったとしても、私がぶん殴ろう」

「いや、待て。すけすけネグリジェを···」

真理子は晴れやかな気持ちで携帯を切った。

さて、まずは疑いを晴らさねば動きようがないな···。


再びサーシャにログインしてみると、ワイエットからメールが届いていた。


〈サーシャさん、拘束されてしまったんだって?運営も馬鹿だね。こんな単純な事に気付かずにまんまと騙されるなんてさ。

あの単純馬鹿に言われて、仕方ないから説明しておいたよ。そのうち拘束も解かれる。

サーシャさん、今でも被害は続いているんだよ。見た目だけに騙されちゃ駄目だ。気を付けてね〉


ピトーン、ピトーン···と水音のする牢屋に座り、ワイエットのメールを反芻する。

ワイエットの言葉はいつでもパズルのようだ。だがそこには確かに鍵がある···。

やがてG M(ゲームマスター)の男がこちらに歩いてきた。

「どうやら貴殿には、システムに精通する友人がいるようだな。彼女に礼を言うといい」

横柄な態度に、サーシャは顔をしかめる。が、そこで油を売っていても仕方がない。

こいつらが自分の非を認めるはずがないのだから。

サーシャは一言も発せず荷物全てを受け取りその場を後にした。


サーシャはログイン状態を隠し、いつもと違う格好をしていた。

ダメージジーンズに白のぴっちりしたTシャツ。頭には幅広のカウボーイハット。腰に短銃を一つ下げ、他には武器を持っていない。

だからはじまりの街にいても、誰からも声をかけられることはなかった。

試しにギミクの店の前を通り過ぎる。鼻をほじりながらあくびしているギミクが、チラっとこっちを見たが、サーシャとは気付かずにすぐ視線を外した。

サーシャは目当ての露店を探し当てると、そばにある建物の影に潜み、じっと待った。

犯人が誰であろうが、アイテムを現金化しているのは今までの経過でわかっている。

希少なアイテムを多く扱う店、その売上は、定期的に一点に集まっているだろう。

プレイヤー一人が一度に持てるお金には上限がある。高価な物を売る店ほど、売上の回収はこまめに行わなければならない。

サーシャは、じ···っと待った。

ほどなく、それは現れた。目立たない、少年のグラフィックで、でも確かに売上を受け取り次の露店へ向かっていく。サーシャはしっかりと狙いを定め、その少年に向かい弾を放った。それはチートアイテム:トレースだった。

「ビンゴ」

サーシャは囁く。トレースは狙い通り金の入った袋に命中し、ピトっとくっついた。

サーシャはすぐさま路地に身を引き、リバーシで自宅へ飛んだ。

自宅に戻ると、サーシャはいつもの格好に着替え、剣とナイフとセラルを、それぞれ装備する。

鎧の耐久を確認し、装備していると、セラルがサーシャに頬をすり寄せてきた。

「おまえも···本当は置いていくべきなんだろうな···でも、傍にいてくれるか?」

セラルは目を細め、すりすりとすり寄る。

サーシャは目を閉じ、トレースの探索機能をオンにした。

途端に見える、袋の行方。グリンの街を背に、更に切りだった岩山の方角へ向かっている。

点が岩山の一点で動かなくなったとき、サーシャはリバーシでグリンの街へ飛んだ。

岩山へ、徒歩で向かっていると、前方に恐ろしく高い塔が出現した。

なんだ、これは···。

サーシャは知る由もないが、これは、今建設中の、5ヵ月後のアップデートで実装される『修練の塔』というダンジョンの骨組みだった。1階から徐々にモンスターレベルが上がっていき、自分の限界を試す場所。

現在はまだ骨組みだけ。100階までの階層が不気味に空に伸びている。

当然今はまだモンスターは沸かない。本来なら入場もできないハズだが、誰かが入り口の通行禁止コマンドを解除にしたのだろう。

誰が···?決まっている。

サーシャは、フンと鼻を鳴らすと、塔内へ新入していった。


連日投稿して参ります。


ー用語解説

所持金限度:アイテムと同様、所持金にも限度があり、その限度額に達している場合それ以上の露店での売買ができなくなる。その場合は一旦倉庫に付随する銀行に預けなければならない。


トレース:チートツール。取り付けた相手の行動がすべてわかるようになる。

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