その3
「い、い、いやったぁぁー!!」
相変わらず図々しくサーシャの自宅のソファに我が物顔で座るクロト。
何やら掲示板を開きつつ小躍りしている。
サーシャは後ろからクロトの掲示板を覗き込んだ。
「なんだ、何事だ」
肩に乗せそうなサーシャの顔を、クロトは両手で挟むとそのまま頬にキスをする。
「はっ、離せっ!···汚なっ!!」
興奮しているクロトを止める術はない。
サーシャは、この···と、背負投げ!!
と、クロトはくるくると体勢を整え、器用に着地した。
「やった!サーシャ!!アイテム:スクーターだぞ!手に入れた!夢だったんだ!」
サーシャは乱れた服を整えると、へぇ、とクロトを見た。
「これはな、サーシャ。ここLFOサービス開始記念でID取得30人まで先着順で配られたアイテムコードなんだぜ。この世界で30人しか持っていない、非常〜〜〜に希少な物なんだ!」
クロトはドアを開け外に飛び出していく。サーシャも後に続く。
「見ろ!これでどこに行くにも移動が楽チンになるぞ!」
ブルルン···とエンジンをかけると、
ボポポポ···と走って···行く···?
クロトが必死で運転しているその横を、サーシャが歩いて追い抜き、頭に片手を置いて言った。
「おい···それはその使い方で合っているのか?隣街まで、日が暮れるどころの騒ぎじゃないぞ···」
クロトは必死にアクセルをふかす。
「ばっ、馬鹿野郎。もうちょっとエンジンがあったまれば、だな···」
サーシャは小さく首を振り、家の中に入った。
ほどなくクロトも帰ってきた。
「まぁ、レア物って事には変わりないし、な。うんうん」
サーシャはため息をつきながらクロトに向き直った。
「金の使い方は人それぞれだけどな、クロト。ネタでしかなさそうなそのアイテムに、一体いくらつぎ込んだんだ?」
するとクロトは両手をもじもじさせながら
「あー、えーと、まぁ30Mくらいかな···」
サーシャは目を剥く。さ······3000万だと!?
そんなサーシャの様子を見て、クロトは焦って弁解する。
「でもな、二度とないんだぞ。本当に希少なんだ。30人の誰もがいくら金つまれても手放さない、って思ってたはずなんだぜ。よく出回ったもんだ」
サーシャはそんなクロトを横目で見る。
「最初からいたのなら、引退したっていい頃だ。もういらないんだろう?」
クロトは腕を組んだ。
「でもそれならゲーム内の金に換えたって同じ事だろ?この世界にいないなら金もいらないんじゃね?」
そうか···とサーシャは首をかしげた。
「最近アイテム掲示板を見てると不思議なんだ。かなり高価なアイテムが安めな設定で売りに出されていたり、スクーター程じゃなくてもレア品がポロポロ出回ったり···」
クロトは首をひねっている。
「なんだろうな···今までと、何かが違う気がするんだよな」
二人で首をひねる。と、そこに突然二人のキャラクターが出現した。
「!!」
ここはサーシャの自宅内部。通常、自宅に他者が突然に転移してくる事はありえない。
サーシャもクロトも警戒した。サーシャが言う。
「何の用だ」
一人のノッポの男が言う。
「我々はG Mだ。〈ID:3678490 キャラクター名:サーシャ〉貴殿を他プレイヤーからの強奪容疑で拘束する。一緒に来てもらおう」
サーシャは目を瞠った。拘束だと···?
そんなサーシャの前にクロトが立ちはだかる。
「なんの事だ。こいつが誰かから何かを奪うなんて事、するはずないだろ」
するとGMは、クロトに手の平を見せるように片手を掲げた。
「そういうのは公務執行妨害というんだ。リアルでも使える。覚えておくといい」
と言うと、男の片手がキィーンと空気を震わす。
「いい度胸だ、俺とやろうってのk···」
シュンっ!次の瞬間クロトは消えていた。
「!?」
サーシャは咄嗟にフレリスを開く。
クロトは自身の自宅に飛ばされている。状態はともかく、キャラクター消去はされていないようだ。
「こうるさい蝿だな。さぁ、暴れても無駄なことくらい貴殿ならわかるはずだ。行こうか」
手を差し出すGM。サーシャは無言で二人の男を睨みつけていた。
連れられた場所は、現実世界で言う『牢屋』そのものだった。
切り出した岩そのままに、ぬるぬると水がしたたり落ち、どこも、暗い。
「ここに入ってもらう。当然だがアイテムその他は全部預からせてもらう」
サーシャは、セラルも、武器も、鎧すらも取り上げられ、暗い牢屋に入れられた。
自分の体を抱きしめるサーシャ。GMは、そんなサーシャを気にも留めず続けた。
「記録によると貴殿は、開発室に並々ならぬ貢献をしていたようだな。だが、ここは警邏執行部門。生っちょろい白い部屋とは無関係だ。ナメた真似をしないほうがいいぞ」
サーシャは我関せずといった風で、はぁーと息を吐きながら天井を見つめている。
男は牢屋の鉄格子をガシャーン!と殴りつけた。
「これを見ろ」
男がウインドウを開く。そこには過去撮られたであろうスクリーンショットが写っていた。
トレード画面だ。たくさんのアイテムと、少なくはない額の金を渡そうとしているキャラクター。恐らくそいつが撮ったのだろう。トレード相手は“サ一シャ”だった。
「······」
サーシャは無言でそのSSを見ている。
男は勝ち誇ったような顔で続ける。
「ここ最近、ずいぶんとレア物が市場を賑わせている。中には、売りに出すこと自体疑問を感じる程の希少な物まであると言う。が、このS Sでほぼ説明がつく。貴殿には、必要のないアイテムより実際利用価値のある金にした方が、何かと便利なのであろう」
サーシャはSSから目を離すと、男を睨んで言った。
「働き者だな。その頑張りが、もう少し早くから見たかったものだ。最近やっと、成人したのかな?」
男はため息をつき、言った。
「言っただろう。ここは白い部屋とは違う。我々は世界の平定の為に動いている」
くだらん···。サーシャは男を無視し、部屋の奥へ移動すると、そこに座った。
トレード画面は加工されているわけではないだろう。GMが、それに気づかない程愚かでなければの話だが。
あれは確かにサーシャにアイテムを渡している証拠。もっと言えば、どうにかして相手キャラクターから金品を強奪している場面に、見える。が、当然だがそんな記憶はない。
「疑われるよ」
頭の中でワイエットの言葉が蘇る。
誰も、何も、見ていない···。
何をだ···?
私にも、それは見えていないのか?
プシューと空気を吐き出しながら、真理子はシップの外へ這い出した。
途端に小さな犬がまとわりつく。
「わかった、わかったってばパトラッシュ!一人にしてごめんごめん」
ベロベロ顔を舐めるパトラッシュを抱き上げながら、真理子は携帯を取り上げた。
「······」
何十回もクロトからの着信。
真理子はため息をつくとクロトの電話番号をプッシュした。
「あ···さあああああしゃ!!良かった、心配してたんだああああ!!」
ッキーーーンと耳元で大音量。
「大丈夫だ、問題ない。クロトのほうこそ大丈夫だったか?」
「あぁ、大丈夫だったぜ。自宅に追いやられたけどな。なんだよあのGMって奴。今度会ったらコテンパにしたるわ!」
真理子はため息をつく。
「無理だ。あっちはシステムにまで干渉できるんだ。敵うはすがない」
「···結局なんの疑いだったんだ?」
クロトが気遣わしげに聞いた。
「他プレイヤーからアイテムと金を盗んだ犯人に仕立て上げられた。証拠SSがある。私は無実だ、だがその証明は難しいだろうな」
電話の向こうでクロトが息を呑む雰囲気が伝わってきた。
「やっぱそれか。俺も今、パソコンで掲示板を漁ってたとこだ。ひどい内容だぜ。アドレス送るから、おまえも見てみろよ」
真理子は携帯を肩で挟むとパソコンを起動した。ほどなくクロトからアドレスが届く。そこを見ると、なるほど、掲示板は炎上真っ最中だった。
「一旦切る。内容を見たい。心配かけてすまないが、私なら問題ない」
「あぁ、俺は潜る。何かわかったら連絡するよ」
そしてクロトとの通話を切った。
掲示板の内容は、おおよそ、そのどれもが「自分も同じ被害にあった」という事後報告だった。
ひとけのない街、あるいは道を歩いていると突然背後から奇妙な装備を頭に付けられ、巨大な体の大男に締め上げられる。すると少女が現れ、所持金とアイテムを残らず寄越せと言う。否定するとその背にある剣でツ···と攻撃をしてくるのだが、その攻撃が実体に痛みとなって伝わってくるという。
当然だが、通常LFO内でのダメージは実体になんら影響がない。が、少女は何らかの方法で、ダメージを痛みとして実体に伝わらせるようにして、その痛みを盾に要求を通しているのだ。
被害にあった誰もが、地獄のような惨状を吐露している。更に酷いのは、要求通り全てを渡した後だ。少女はすべてのプレイヤーに対し、腕や、場合によっては、足を切り落としその場を去っている。命に関わる程のダメージを体が感じ、誰もがゲームを強制終了してしまうという。意識が飛び、次に気付いた時はシップを投げつけている、あるいはシップから飛び出している、のだそうだ。
真理子はブルッと震えた。なんて酷い事を···。
サーシャも、日々クロトにはひどい事をしている。もちろんその倍以上もひどい目に合っていると真理子は思っているが···。もし、あれらがすべて現実の痛みを伴った攻撃であったら···?真理子は冷や汗が出た。
だが···。と、真理子は思う。私がもしそのツールを持っていたのなら···。
使わなかったと、言い切れるか?相手の違いこそあれ、私は···、私なら···?
連日投稿して参ります。
ー用語解説
掲示板:ゲーム内と外がある。ゲーム内はアイテム募集、パーティ募集、身内·私用とタブが別れていてそれぞれ、ゲーム内どこででも閲覧可能。
ゲーム外は2chのあれです。
開発室:サーシャが以前、バグの原因解明のためキャラクターデータを端から端まで解析された真っ白い部屋。
パトラッシュ:サーシャのリアル側、真理子の飼う白い小型犬。人懐こい。
強制終了:通常どの機器でもよく思われないものではあるが、フルダイブの場合実体にも何らかの影響が出る可能性がある為、原則禁止されている。