オタ恋~オタクが恋しちゃダメですか?~
オタク―それは好きなことや趣味を極めた者のこと…
そう、僕はオタクだ。今日も静かに教室に入る。教室の騷々しさに、ドアを閉める音がかき消される。自分の席に行く途中、女子にぶつかった。
女子に、うわっきもっ、といわれつつも自分の椅子に座る。うん、いつも通りだ。こんな僕にも、実は好きな人がいる。
隣の席の明里ちゃんだ。僕は彼女に笑顔で話しかける。なんてことできるはずもなく、彼女をちらちらと見る。でも、勇気を出して、今日も天気がいいなぁ、と呟いてみた。曇りだけど。彼女は、「何言ってるの?くもりじゃん! ○○くん面白いね。」と言ってくれた。かわいいなぁ。
このあとの僕の言動は、思い出すだけで死にたくなるから聞かないでくれ。
いつものようにホームルームが始まる。そんないつも通りの日常のなか、それは、突然起こった。雷のような、地震のような、そんなかんじ。
「今度の合唱コンクール、○○と明里が実行委員な。」先生は、確かにそう言った。ここから、恋が始まるような気がした。ただ、僕にはひとつ問題があった。
そう、僕は音痴なのだ。
先生の一言になんで僕?と思ったが口に出せない。忘れないでほしい、僕はチキンだ。だが、それを僕だけが思うはずもなく、クラス中からブーイングの嵐が起こる。彼女はリーダーのような感じではないが、顔のかわいさと性格のよさからクラスでもNo.1の人気者だ。
安心しろ、くじ引きだ。
と先生が言う。僕は机の下で小さくガッツポーズをする。ひねくれている僕だが、いまだけは運命の女神とやらに感謝せねば。
やったよお母さん。
休み時間僕は彼女に勇気を出して話しかける。
「ぼぼ、ぼ、ぼく、音痴なんだ。ごめんね。」
あぁ、キョドった。死にたい。そんな僕とは別に彼女は言う。じゃあ一緒に練習しよっか?
ああ、なんていい子なんだろう!キュン死にするぞコノヤロウ。
こうして僕は、音痴のおかげで天使の連絡先を手にいれることができた。
僕は、女の子に告白したことがある。
それは今から6年前。小学六年生の時だった。その女の子の名前は咲良。とても美しかった。静かで人をよせつけない雰囲気があり、僕には高嶺の花。橙色の光が差し込む合唱コンクールの後の放課後、僕は告白した。彼女からの返事はこうだった。
「あんたみたいな調子に乗った人大嫌い。しかもあなた、音痴じゃないの。」
彼女にそう言われた時、僕のガラスのハートはガシャンと音をたてて崩れ落ちた。
それからは、明るかった僕の性格は、正反対になり、
内気で暗くなった...。
と、まあ、ありきたりな回想シーンが済んだところで僕はカラオケボックスにいる。
連絡先を交換して家に帰った僕は、大好きな美少女アニメも見ず、大好きなパソコンや飛行機のことも考えないまま布団に潜る。そしてそわそわして眠れないままもう次の朝だ。今日は土曜日、天気は曇り、ああ、良い朝だ。
そんな感じでうだうだとすごしていると、
「お兄ちゃん、総司令部からの連絡だよ」
というLINEの着信音が、耳にはいる。僕は、ドキドキしながらスマホを手に持ち、LINEを開く。彼女からの連絡だ。
「今日の10時からカラオケ行こう! 」
僕は2つ返事で、OKし、LINEの着信音をかえた。
そして今にいたる。
その日、衝撃の事実が2つ判明した。
まずひとつは、明里が音痴だったこと。
そしてもうひとつは、僕の歌が上手くなっていたことだ。
考えてみればあたり前のことだった。声変わりしてから歌が上手くなるなんて、よくある話だ。しかも僕は、フラれたときのショックで何度も歌の練習をしたから、歌が上手くなっていても不思議ではない。
カラオケボックスでのことは、正直あまりよく覚えていない。ただ、ひとつ覚えていることは、どこからでているのかわからない彼女の歌だった。彼女は、別れる瞬間、悲しげな瞳でこう言った。
「○○くん歌うまいんだね 」
それは信じていたものに裏切られたような、そんな瞳だった。そんな彼女を僕は強く抱き締める。
ことができたら、僕はモテモテだろう。みなさん、思い出しただろうか。僕はチキンだ。その日は、そのまま家に帰った。
僕は布団に潜り、朝が来るのを待った。そして日曜日の朝、僕は緊張で震える手を押さえながら
「今日は遊びませんか」
と打った。少し経って彼女からいいよという返事が来た。僕は、それを見てよくオーケーしてくれたなと驚きつつも、お気に入りの美少女キャラクターのストラップをバッグから取り外し、そのバッグを肩に提げて持ち合わせ場所へ向かった。
彼女が視界に入ると同時に、足がすくむ。勇気を出して僕は、歩み出した。
「お、おはよう」緊張で声が震える。だが、もう後にはひけない。僕は彼女とカフェへ向かって歩き出す。カフェに着くと、僕は扉を開けて彼女に先に入ってもらう。店内は静かな落ち着いた雰囲気に包まれていた。僕は息を大きく吐き、向かい合うようにして座った、窓際の席に。窓の外は雨がポツポツとふりだしていた。先に口を開いたのは、彼女だった。
「なんかごめんね。私の方が音痴で…迷惑かけた…よね。」
僕は、そんなことないよと言いながら、彼女にかける言葉を、必死に探していた。そんな意味のないやりとりを何回も繰り返したあと、彼女は突然席を立ち、カフェの外へと走り出してしまった。僕は驚き、立ちすくむ。
そんな僕に声をかけてくれたのは、店員さんだった。
あんたの大事な人だろう。早く追いかけな!!
その言葉に勇気をもらい、僕は彼女を追いかけた。店員さんとすれ違うとき、彼の何年もコーヒーを挽いてきたであろう年季の入った手は、4本の指が丸められ、親指が天に向かって真っ直ぐ伸びていた。僕はそれをみて、柄にもなく、あばよっ、と言った。彼は、
「お代はいいから彼女さんと仲良くやんな!」
と言っていた。そんなやりとりに少し照れながらも、僕は彼女を追いかけた。この時、店員さんとの間に何か特別なものが生まれた気がした。
彼女は橋の下にいた。心臓の鼓動が痛いくらいに胸を打つ。僕は彼女の隣に座り、そっと話しかける。彼女はさっきまでの態度とは違い、とても落ち着いていた。
彼女は僕に話してくれた。彼女もまた、音痴が原因で初恋の人にフラれたらしい。そのことを聞き、僕は少し悔しかった。なぜかは分からない。僕は彼女に言う。「そんなことを気にするなんてらしくない。僕が好きになったのは、明るくて楽しそうな笑顔の君なんだ!」―言ってしまった。急に冷静になった僕は彼女の顔を見ないまま、その場を立ち去ってしまった。
空はあかね色に染まり、とても美しかった。
僕には空が少しピンク色に見えた。
彼女と別れた次の日、僕は普段通り登校した。いつも通りの教室、いつも通りの騒々しさ。ただひとつ違っていたのは、彼女の僕への態度だった。今までより、少し距離が空いた気がする。これはなんと表すかな そうだ、これは「気まずい」だ。そんないつもと違ういつも通りの日常はホームルームで一瞬で砕け散った。
転校生がやって来たのだ。先生が「伝えるの忘れてたけど、転校生の咲良だ。」僕は、彼女の目を見ることができなかった。なにせ彼女は僕の初恋相手であり、こんな性格にした張本人だからだ。先生、本当にあんたはテキトー過ぎるよ。
この時から時間の進みが早くなっていくように感じた。合唱コンクールに向けて練習が忙しくなった。合唱コンクールまであともう少しになった頃、僕は咲良に呼び出された。
「急に呼び出してごめんな..。」
関西のなまりが少しはいったその言葉はちょっぴり心地よくて耳にすっと入っていく。
彼女の言葉は、僕の想像していたものとは真逆の言葉だった。ああ、もう放課後だというのに太陽が眩しい。僕が愛菜佳から聞いたことは3つ。1つは、彼女が、僕をフッたのは、動揺してしまったからだということ。2つ目は、彼女は当時、僕のことを好きだったこと。3つ目は彼女の気持ちが今でも変わっていないということ。僕はとても驚いた。なにもいえないまま、時間だけが過ぎていった。
僕は、ずっとトラウマがあった。でもそのトラウマも今消えつつある。彼女の顔をみるとまるでイチゴのように赤く色づいていた。僕は口を開いた。
「僕には好きな人がいるんだ。だから、その…ごめんなさい!」そう言って、僕は駆け出した。どこに行くかもわからないまま、無我夢中だった。気がつくと、僕は1人の女性の前に立っていた。そう、明里だ。
僕は彼女に伝えたいと思った。いや、伝えなければならないと感じたんだ。
「あの…好きです。一目見たときから、ずっとずっと。だから、付き合ってください!」
僕は、彼女の顔をそっとみる。彼女は泣いていた。しかしその顔は嬉しそうに微笑んでいる。彼女は小さく頷いた。
空は、彼女の顔のように赤く色づいていた。あたりはもう夕方になっていた―――。
私が彼を意識し始めたのは、ごく最近だった。それまで彼の印象は、自分に自信がなく、顔の割に地味な性格といった感じだった。でも、彼と二人で会ったとき、胸の奥に違和感があった。誰にも知られたくなかったことも知られた。それから、彼に今までどう接していたか、彼とどう接したら良いかわからなくなった。
ある日の放課後、彼が「昔の幼馴染」に呼び出されていったのが見えた。なんだかとても胸が苦しくなった。なんだか気になって、私は教室の前から動けなかった。
彼が私のところに走って来る。
そして彼は言った。
「付き合ってください!」
なぜだか分からないけど涙がでた。でも悲しくはなかった。
彼は今、金色に輝く合唱コンクールのトロフィーを持って私の隣にいる、私の手を握って。
これからよろしくね――――――。
Fin.