表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

後編 それぞれの別れの中でリスタート

 外から怒声が聞こえてきました。何事かと思い、部屋の窓から外を窺うとガラの悪いチンピラが三人程いました。どうやら、彼らの声のようでした。元の世界にもああいう程度の低いのはいましたし、見るからに素人ですので無視して布団に戻ろうかと考えていたところ、チンピラの相手の姿が見えて一気に青ざめたのが分かりました。


 急いで部屋を飛び出し、外の道路に出て現場に回り込むとやはりそうでした。チンピラ三人が私の大切な彼に今にも掴みかかりそうな勢いで迫っていました。


「君! どうしたんですか!?」


 慌てて彼の名前を呼ぶと彼もこちらに気が付いたようで驚きの表情を見せる。ああ、彼の驚いた表情もとても良いですね。いえ、そんなことよりも彼はこちらに鋭く声を飛ばしてきます。


「あなた! 来ちゃ駄目だ!」


 彼は私にそう言いましたがこの状況を見過ごすことは到底できません。私は状況を確認しようとしましたが、イマイチ掴めません。ですので直接聞くことにしました。


「この状況で放っておくわけにはいきません。そこのあなた方、どうしてこのような状況に? 彼が何か致しましたか?」


 直接はっきりと聞くと、チンピラ達はこちらにも睨みを利かせてきました。あまりにも威圧感の欠片もない程度の低い威圧でしたが、ここは彼の為にもある程度は下手に出た方がいいでしょう。なので、わざとビビってしまったかのように弱々しく見せます。そうしたら、勢いに乗ったのかチンピラの一人が口を開きました。


「なんだてめえ? 部外者は引っ込んでろよ。それともこいつの連れか? だったら、お前にも誠意を見せてもらおうか」


 聞いてもいないことをグダグダと、聞いていることにも答えない。程度の低い者達は最低限の会話も出来ないのでしょうか? それとも、私の質問の意図を理解出来ていないのでしょうか? これでは私が下手に出ている意味がありません。こんな程度の低いチンピラから早く私の大切な彼を離してあげたいのですが、中々すぐにとはいかなさそうです。ですがこのままでも埒が明きません。諦めてちょっとばかりは主張することにしましょう。


「私はあなた方にどうしてこのような状況になっているのかを訪ねているのです。余計なことは喋らないでください」


「ああん? 質問してるのはこっちなんだよ。あんまり舐めてると殺すぞ? まあ、でもお前このガキの連れで確定だな、ならお前もこいつと一緒に並べ」


 私としてそれなりに譲歩しているつもりなのですが、チンピラ達はいたく気に入らなかったらしく余計に逆上したようです。そもそも先に質問したの私なんですけどね。それに、このチンピラ達は本当に殺す度胸もないくせに軽々しく殺すなんて言って虚勢もここまで来ると虚しいですね。まあ、虚しいから虚勢なのですが。それはそれとして、ここまでこのチンピラ達の対応が面倒だとは…………。私の大切なかっこいい彼の為でなければ絶対にやりたくはありませんね。でも、彼の傍に近寄ってもいいとチンピラ自ら認めてくれたのでそこだけは感謝しつつ彼に近づきます。ああ、本当にキリッとしてて彼はかっこいいです。


「あなた、どうしてここに……」


「君がこのチンピラ達に迫られているからです。失礼なことを言うようですが、君は力を持っていないのですから放っておくわけにはいかないと判断しました」


「でも……」


 彼はどこか納得いかないような表情をしていました。私があんなチンピラに後れを取るなんてありえませんし、何をそんなに心配なのかはイマイチ理解が出来ませんが、いずれにせよ今は目の前のチンピラ達です。チンピラは今にも暴れそうな勢いです。


「何、お前ら勝手に会話しているんだあ? あんまり、調子に乗るなよ?」


 本当に理解し難い。この者達は本当に人間という種族なのでしょか? これでは知能の低い獣と変わりません。知能の高い獣には遠く及びません。


「さっきからごちゃごちゃと……。いい加減にこの状況の原因を教えてくれませんか?」


「ちっ、しつけー女だな。そこのガキが俺らに肩ぶつけてきたんだよ。だから謝罪の気持ちがあるなら、誠意を見せろって言ったんだよ」


 はあ……。やはりというべきか、とてつもなく下らない理由でしたね。さて、どうしたものでしょうか。まずは彼に事実確認をしましょう。


「君、本当ですか?」


「本当。買い物帰りに少し眠気に襲われてそれで前方不注意でぶつかった。だけど、すぐに謝ったんだけどそれでも怒りが収まらないようで……」


 謝った……? それなのにこの状況ですか。決めました、このチンピラ達許しません。後、自分自身も。


「眠気ですか……。それなら、私にも責任の一端がありますね。ですからこの場は私が責任を持って収めます。ちょうどあの時と立場が逆ですね」


「あなたの責任って?」


「後で話します」


 そして、再び目の前のチンピラに向き直します。今度は言葉で戦う姿勢で。


「話を聞く限り、彼は謝ったそうですけど、それ以上に何を誠意を見せたらいいのでしょうか?」


「なんだあその強気な目は? 言葉なんてのはいくらでも言えるんだよ、そんなんじゃ誠意とは言えないなあ、とりあえずは今ある金全部寄こせよ」


 チンピラ達は滅茶苦茶なことを言っていますね。言葉なんていくらでも言える……このチンピラは言霊というのを知らないのでしょうか? 言葉には魂が宿る。そこには力、想い、ありとあらゆるものがのしかかる。言葉には重大な責任が伴います。このチンピラ達は今までの人生も軽率な発言を繰り返してきたのでしょうね。飽きれ気味にチンピラに言い放ちます。


「お金は渡せません。生憎と私達もお金には余裕がありませんので」


「じゃあどうするんだあ? 金払っておくのが一番楽だと思うけどなあ。どうやって誠意を見せるんだ? ……よく見ればお前、中々美人だし胸も大きいな。そうだお前、俺らの相手になってくれよ。とりあえず、その胸を揉ませてくれよ」


 チンピラは私の身体中を上から下まで舐めまわすように見て、随分と下卑たことを要求してきました。ですが今この場を問題なくやり過ごせるなら胸を揉まれるくらい大したことはありません。気持ち悪いですが。せっかくなら彼に揉んで欲しいくらいですが。


「いいでしょう。気の済むまで胸でも何でも揉んでください」


 私は胸を僅かに差し出すように張ります。


「お? 物分かりが良いじゃねえか。じゃあ、さっそく…………」


 今まさにチンピラ達の両手が私の量の胸に伸びようとした時――。


「俺の大事な彼女に指一本触れるな!」


 なんと彼が私の目の前に出て来てチンピラ達の手を払い除けました。なんて無茶を……。


「てめえ、良いところで邪魔しやがって! 舐めてんじゃねえぞ!」


 その時、彼がチンピラの一人に殴られてしまい、脇に倒れ込みました。彼が……、私の大切な彼が危害を受けた。私の大切な……。愛しの彼が……。


「それじゃあ、続きを……ってなんだよお前……」


 自分でもはっきりと分かるくらいに心の奥が冷え切っているのが分かりました。大切に思う人がどれほど大事か、どれほどに重要なのかを今完全に理解しました。まるで自分が危害を加えられたかのような気分です。誰かを大切に想うというのはこういうことなんでしょうね。私がこれほどまでに心を冷やすのは人生で初めてです。すいません、君との約束を破ることになります。


「あなた方、彼に手を出しましたね…………」


 相手を冷たく射貫く様に睨み付け、右手の指先を突き出すように手を前に出す。


「だからどうしたんだよ! おら、さっさと胸を――」


 言い切る前に私は魔法を使いました。とは言っても雷のような微弱な電気を一直線に放電するだけの初歩的なものですが、それでも魔法のないこの世界においてはかなりの効果を発揮するでしょう。


「な……なんだ? 今、雷でも走ったか……?」


「これ以上続けるのでしたら今度は当てます。黒焦げにしますよ?」


 指先から火花を大袈裟に散らせて相手を威嚇します。黒焦げにするというのは嘘ですが、やろうと思えば出来ないことはないので脅しとしては充分に効果があるでしょう。


「ひっ……化け物が! 殺されかけたって警察に言ってやるからな! 覚えてろよ!」


 そう言うとチンピラ達は三人揃って一目散に逃げていきました。果たして、警察に言っても信じてもらえるのでしょうかね。そのくらいは私にも分かります。チンピラが完全に見えなくなってから、私は彼にかけ寄ります。彼は既に身体を起こしていたようでちょうど道路に胡坐で座っている形になっていた。ちょうどいいので私も座り込み、彼の顔に手を当てました。


「何を……ちょっとくすぐったい」


「少し我慢していてください。腫れが引きますので」


 私は彼が必要以上に紅潮しているのを感じ取った。私の手が触れていることを彼が意識してくれているということでしょうか? そうであるならばとても嬉しい事です。


 ただそれとは別に今は聞かなければならないこともあります。はっきりと言えば聞くのも怖いのですが。


「……怒らないのですか?」


「え? 何を?」


 彼は首を傾げます。本当に分かっていないのでしょうか? そんなはずはないと思いますが。


「勝手に魔法を使ったことをです。そして、今も治癒魔法を使っています。……それに、私の大切な君に怪我をさせてしまいました。そんなことあってはならないのに……!」


 申し訳なさに自然と伏し目がちになってしまいます。しかし、彼は明るい声で答えてくれました。


「別に怒ってないよ。むしろ嬉しいくらいだよ。あなたは俺を助けてくれた。それで充分だよ」


 嬉しい? 何故? 魔法をこの世界で使わないという約束を破ったのに?


「嬉しいなんてそんなこと……。怒りこそすれ嬉しく思うことなんてないはずです。私は約束を破ったのですよ?」


 そう言うと彼はにっこりと笑いました。ああ、なんて傷ありでも凛々しい顔なんでしょう。


「だって、俺の為に約束を破ってでも守ってくれたんでしょう? こんなに嬉しいことはないよ。自分の事を大切に想ってくれている存在がいる。俺はそれが堪らなく嬉しいんだよ。だからこそ、俺もあなたの為に体を張ることが出来たんだ。大切なあなたを傷付けたくなかったから。だから、逆にお礼が言いたい。俺のことを守ってくれてありがとう」


「そんな……そんなことは……私は感謝されるようなことは……」


 嬉しすぎて上手く言葉が出て来ません。自分でも胸の鼓動が高鳴っているのが分かります。彼の存在が、彼の行為が、彼の凛々しい顔が私を火照らせ、昂らせる。気持ちが昂りすぎて、なんと返事をしたらいいのか分からずにいると彼が不意に立ち上がりました。


「まあ、とにかく今はうちに戻ろうか、あなたも立って」


「は、はい! ……あ、でも治療がまだ……」


 咄嗟に差し出された手を握ってしまい、強引に立ち上がらされてしまいましたが、先に治療をしなければいけないのに……。彼の顔に痕でも残ったら一生自分を恨み、後悔し続けることになってしまいます。


「もうだいぶ痛みも引いたし、残りはうちに帰ってからでお願い。いつまでもここにいたら冷えるし通行人に見られても困るしね」


「……君がそう言うのでしたら」


 私も諦めて彼に従った。幸いにして戻るべき場所はすぐそこにありますし、彼がそう言うのなら無理してでもと言うほどではありません。早くに治すに越したことはありませんが。


「じゅあ、帰ろうか。俺達の暮らす部屋に」


「私達の…………はい!」


 彼のその言葉に至福を感じながら私達は自分達の部屋に戻りました。


      ●


 それから一か月の時が過ぎ、遂に来るべき時が来た。


      ●


 俺の部屋の片隅にて魔法陣が複雑に描かれており、魔法陣の意味までは当然分からないが、それが大掛かりな高度なものだというのはなんとなく理解が出来た。


「遂に完成したわ、異世界転移魔法」


「これで、あなたも元の世界に戻れるんだね」


「私の計算が間違っていなければ、これで元の世界に戻れるはずです」


 俺は彼女が一か月以上も掛けて作り上げた転移魔法をまじまじと見つめた。本来は喜びや感慨を感じてもいいのだろうけど、それらは全く感じていなかった。だが、見た目だけでも祝福しておかなければ彼女に失礼だと思い、出来る限りにこやかに祝福することにした。


「そっか、良かったね!」


 耐えろ――。


「…………ええ。そうですね。ここまで長かったですからね」


 耐えろ――。


「せっかくこの世界にも慣れてきた頃だったのがちょっと心残りかな。でもあなたが元の世界に戻れることの方が重要だからね」


 耐えろ――。


「今までお世話になりました。感謝してもしきれないです。本当にありがとうございました。この一か月ちょっとの共同生活は一生忘れないでしょう」


「俺も一生忘れないよ、今までありがとう」


 耐えるんだ――!


「それでは起動しますね」


 そう言うと彼女は自らの親指を噛み、指から血を出しそれを魔法陣に一滴垂らす。そうすると、魔法陣から数えきれないほどの不思議な文字列がたくさん浮かび上がってきて、魔法陣の上でそれらが宙でゆらゆらと漂っていた。


「これで起動完了です。私が魔法陣の中に入れば自動で転移が行われます。そして、私の転移の後にこの魔法陣は跡形もなく消えます」


「そう……か」


 俺は言葉も切れ切れでぼそりと呟く。


「これで、本当に最後のお別れです。改めてお礼を言います。今まで本当にお世話になりました」


「寂しいけど仕方ないね。今までありがとう」


 ――本当にいいのか? 本当にこのまま行かせていいのか?


「それでは行きますね」


 彼女が魔法陣へと向き合った。


 ――いいんだ、これで。俺と彼女は生まれた世界が違うんだ。本来居るべき世界が違う。だからこれは仕方のない事なんだ。


 彼女が一歩足を進める。もうすぐにでも、魔法陣に足を踏み入れてしまうだろう。


「あっ……」


 ――駄目だ。耐えなきゃいけない。彼女にいて欲しいと願うのは俺の我儘だ。だから、この感情は圧し殺すべきだ。


 ――そうなんだ。


 ――でも。


 ――それでも!


「行かないでくれ――!」


 いつの間にかそう叫んでいた。


 そして、叫んだ瞬間に魔法陣は完全に消え去っていた。


「あっ……」


 間に合わなかった。一瞬そう思った。しかし、すぐにおかしいことに気が付いた。


 彼女の姿があるのだ。


 どういうことか分からず呆然としていると、彼女がこちらに振り返った。そして、その眼には大粒の涙を浮かべており、振り返ると同時に俺へと勢いよく抱き付いてきた。俺の肩を抱きしめるようにしていた彼女は涙声でこう言った。


「ありがとう……引き留めてくれてありがとう……」


「え? え!? どういうこと? 魔法陣が消えてるのに何であなたがまだこの世界に?」


 彼女は俺を抱いたまま、説明を始めた。


「私はこの転移魔法にある仕掛けを施していました。ある条件を満たした場合に転移魔法が自壊するように。その条件は”君が私に元の世界に戻って欲しくないもしくはこの世界に留まって欲しい意思を示すこと”。君が『行かないで』と言ったことでその条件は満たされました」


そういうことだったのか……。いやしかし、それだと――。


「でも! どうしてそんなことを!? それだと、あなたが元の世界に……!」


 戻れなくなってしまう。しかし、彼女は首を横に振った。


「いいんです。私はこうなることを望んでいました。私は君との暮らしが幸せだった。私は元の世界で大切な人なんて一人もいなかった。家族もいなくて、ずっと一人で暮らしていました。しかし、この世界に来て初めて大切に想う人が出来ました。だからもう元の世界に未練なんてなくなったんです。私はいつまでも君といることを望んでしまっていました。しかし、それは私の勝手な希望で君の意思ではありません。ですから私は君の気持ちを確かめたかったのです。もしも、君が私にこの世界にいて欲しいと望んでいるのならこの世界に留まろうと――」


「そんなこと…………。俺だってあなたにいつまでも居て欲しかった。でもそれは俺の気持ちであってあなたの気持ちじゃない、だから元の世界に戻ろうとするあなたの気持ちを尊重しようと思ってた。でも、無理だった。最後の最後で我慢が出来なくなった。転移魔法で転移する直前にあなたが嫌と言っても一緒に居て欲しいと願ってしまった。それなのに――」


 俺はいつの間にか泣いていた。涙が彼女の腕に落ち続ける。


「私達は――」


 彼女はそれ以上は言わない。俺は彼女の腰に両手をまわし、彼女を抱きとめた。


「あなたが好きだ。もう二度と離したくない」


「君のことを愛しています。もう永遠に離れません」


 俺達はずっと一緒だ。


 いつまでも永遠に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ