85 遺書の最後
……わたしは、この脅迫状が、重五郎さんが仕掛けた罠だということに気付きました。脅迫状を見せる時の素振りや、その後の会話が、わたしから何かを聞き出そうとしているように感じたのです。
重五郎さんは隠れている琴音の為に、わたしが犯人だという証拠を得ようと躍起になっていたのでしょう。わたしは、この重五郎さんをもはや生かしてはおけないと悟りました。
そして、わたしは、大晦日の晩にあのアトリエにおいて、重五郎さんの胸を出刃包丁で切り裂きました。わたしは、重五郎をもう人間とは思えなかった。わたしを地獄に引きずり降ろそうとしている悪魔のようにしか見えませんでした。だから、そのもがき苦しみ、なお生きようとする姿は、また地獄から這い上がってこようとする悪魔のように見えた。わたしは恐ろしくなって、息の根を永久に止める為に、彼の喉元に出刃包丁の刃を当てました。
……そして、わたしは重五郎さんを殺してしまった。
わたしが頼れる存在は、蓮三だけでした。横浜から帰ってきた蓮三に相談すると、すぐに怪人の仮装をどこからか取り寄せて、一芝居打ったのです。
そして、犯人に見せかけるなら、もう村上隼人しかいませんでした。しかし、彼はアリバイがあると言いましたから、大変焦りました。しかし、彼を犯人に見せかけて殺してしまうという計画は、中断せずに遂行しようと思いました。彼の煙草に青酸カリを塗るチャンスは、そうそうありませんから。それに、彼の自己申告のアリバイというものは、まだ確定的なものとも思えませんでしたから。
そして、あの日を迎えてしまった。わたしは村上隼人がいつ死ぬか、いつ死ぬかと気がかりでした。わたしは不安でじっとしていられませんでした。そして、蓮三と話したくなりました。蓮三は今、どこにいるのだろうと、わたしは庭へと向かいました。
……蓮三の可哀想な姿を見て、その傍らの煙草を見て、わたしはすべてを悟りました。
それからというものは、わたしには生きる意味などありませんでした。ここまで、手を汚して、最後には愛する息子までも殺してしまった母親でした。蓮三の死が、わたしに降りかかったもっとも残酷な罰でした。そして、わたしの積み重ねてきた罪悪の問いに対する答えだったのかもしれません。
その哀しみをここで述べることはとてもできません。今までの後悔も述べることはできません。わたしには、わたしの胸に横たわるこの複雑な気持ちを表現することができないのです。哀しみにくれようにもわたしにはその資格はありません。わたしの息子を殺したのは、他でもないわたし自身なのですから……。
もはや、わたしは生き続けることはできない、そう思っておりました。そうした時に、探偵さんが事件の説明をされたのです。
わたしはいつでも死ねるよう、煙草を持っております。蓮三を殺した、あの青酸カリ入りの煙草です。わたしは蓮三を殺したように、己も死んでしまいたいのです。
そうする他、わたしには道がないのです。
淳一、吟二、麗華、これから先、三人で手を取り合って、どうにか懸命に生きてゆきなさい。
麗華、その時に、絶対に死んでしまいたいなど、馬鹿なことは思わないように。
琴音さんは真実の下に蘇り、重五郎とわたしという悪魔は間もなくこの世から姿を消します。
その時、赤沼家の呪縛は、もうどこにもありません。あなたたちは本当の自由を手に入れたのです。
……それでは、淳一、吟二、麗華。この残酷な母親をお許しください。さようなら。
赤沼早苗




