表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/90

83 遺書

 翌日、早苗夫人の亡き骸は山の中で見つかった。早苗夫人は静かに横たわっていて、その枕元には遺書と書かれた冊子が置かれていた。それは、麗華当ての遺書であった。


           *


 麗華は、探偵さんのお話を聞いて、わたしのことを残酷で悪魔のような女だと思ったことでしょう。もう母親とも思ってくれないかもしれませんね。確かに、探偵さんの仰る通り、わたしは鞠奈さんを殺害し、夫重五郎を殺害し、実の息子、蓮三までも死なせてしまった張本人です。それをあなたにずっと隠していたことは、ずっと申し訳なく思っています。でも、わたしがこのような悲劇が起こった原因は、重五郎さんにあったと思うのです。あの人が、滝川沙希という女中と結びついて、琴音と鞠奈という子供を産んでから、すべてが変わってしまったのです。それからというもの、あの人の心はどこをふらふらとしていたのでしょうか。

 あの女が死んだ後も、あの人は、わたしに隠れて滝川家にずっとお金を流していたのです。滝川家の借金はそれで消えて、あの方々は良い生活を送っていたようです。それはあまりにも過剰な行為に思えました。

 そうして、わたしにはあの人が、わたしとの子供である、淳一、吟二、蓮三、麗華より、あの滝川沙希という女の間に産まれた、琴音と鞠奈というふたりの娘の方を、ずっと愛しているように見えたのです。わたしは、あの人の心が滝川家に流れてゆくことが、わたしの子供たちに、いずれとんでもない惨事をもたらすことになる気がしてなりませんでした。それは赤沼家の崩壊というものです。あの人の愛情も、財産も、全て、滝川家に奪われていったら、わたしの子供たちには何が残されてるのでしょうか。どんなことが待ち受けているのでしょうか。そのことが、ずっとひどく気持ちの悪い思いでした。

 わたしは、あの女が死んでいる以上、あの人が滝川家に心を奪われているのは、そこに鞠奈という娘がいたからだと思いました。だから、わたしはだんだん、鞠奈を悪魔の子のように思えてきたのです。

 わたしは、その頃、鞠奈さんのことを悪魔の子のように思いすぎていたと思います。しかし、わたしの心はただ不安の中にありました。ただ、鞠奈さえ、どこかに消えしまえば、何かが変わるような気がしました。そして、わたしの心は、鞠奈という存在によって、大きく未来を左右されているというひとつの幻想が組み立てていったのです。もしも、わたしの心がもっと明るければ、こんなことは思わなかった。しかし、事実はわたしの心は、あの人が滝川沙希という女と結びついたその時から、暗く醜く腫れ上がってしまったのです。

 わたしは、鞠奈の命を狙うようになりました。そして、その三度目のことでした。日光の観光地で、休憩をしていた鞠奈と鞠奈の親戚の方、そろそろ帰りそうな様子で、ふたりは椅子に鞄を残して、トイレへと行きました。わたしは用意していた青酸カリ入りのカプセルを、鞄の中の薬とこっそりすり替えたのです。その帰り道、その二人の乗った自動車は谷底に落ちたということでした。おそらく、わたしのカプセルが効いたのでしょう。

 わたしは、ついに悪魔の子が死んだと思って、長年の苦しみが癒えるようでした。ところがしばらくして、わたしは冷静になると、なんて恐ろしいことをしてしまったのだろうと思いました。鞠奈を殺したわたしは、自分ではないように思いました。ずっと自分でない誰かがわたしのふりをしていたのだ、と心の底から恐ろしくなりました。

 それからです。わたしの心の中には、ずっとその罪悪が露見する恐怖が付きまといました。そして、わたしは平常心を装うのに必死でした。偽りの中に自分の本性を隠すことに、わたしはただ夢中でした。

 ところが、その十四年後、わたしの罪悪を明かそうとする人間が現れた。いや、そうではない。わたしの罪悪の原因である張本人が、生き返って、わたしの目の前に現れたのです……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ