78 殺人予告状の意味
どよめきが起こる中、早苗夫人は表情を変えずに静かに立ち尽くしていた。
「しかし、それじゃ、つじつまが合わない。第一、犯人は男であるはずじゃないか……」
根来の言葉の通り、あの怪人が麗華の部屋の窓を叩いた夜、現れたのは確かに男性であった。
「確かにその通りです。しかし、その説明は後回しにして、殺人の起こった順に事件の秘密を解き明かして行きましょう。なぜ、第一の事件は起こってしまったのか。その答えを導き出す手がかりは、重五郎さんの生前の言動にあります。重五郎さんは、琴音さんを蘇らせる何らかの秘策をもっていたようでした。しかし、それが何かは、結局、誰にも語らなかったのです。この発言の直前に、赤沼家の門には殺人予告状が届いています。そして、そのことを重五郎さんは誰にも語りませんでした。そして、探偵に相談するといっていたそうですが、未だにその探偵が名乗りをあげないということは、そんな探偵は初めから存在しなかったのでしょう。そして、事件当夜、重五郎さんは絵を描くと言ってアトリエにこもっておきながら、書きかけの絵はどこにもありませんでした。さて、重五郎さんのこの不自然な行動の理由は果たして何か」
祐介は、じっと琴音を見据えて、
「そもそも、この殺人予告状は、本当に殺人予告状でしょうか。もう一度、この文章に目を通してみましょう」
*
赤沼家の人々よ
琴音は自殺したのではない
お前たちに殺されたのである
間もなく一年という月日が過ぎようとしている
琴音を殺した赤沼家の人々は、わたしの手によって殺されることになるだろう
雪の夜に気をつけろ
Mの怪人
*
「一見、殺人予告状のように見えるこの文章、しかし、「雪の夜に気をつけろ」とは雪の夜に殺人を犯すという意味だとはわたしには到底思えないのです。なぜならば、殺人犯が手の内をばらすでしょうか。いつ殺人を犯すかを伝えてしまっては、被害者が用心してしまって、失敗してしまう可能性が高まるではないですか。そればかりではない。いつ雪が降るかなど、天気予報士でも二週間前には予測できませんよ。しかも、犯人は現実に、何度か雪の日を逃している。このようなことから、この「雪の夜」とは決して殺人の決行日を表しているものとは思えないのです」
「じゃあ、この雪の夜とは……」
「その手がかりは、十五年前に自動車事故で亡くなったとされている琴音さんの双子の妹、鞠奈さんにあります。この方こそ、一年前に、琴音さんに見せかけられて殺害された被害者なのです。そして、この一連の事件が一年前の殺人によって引き起こされているものであるとすれば、十五年前に遡って事件を考える必要が出てくるのです。わたしの推理によれば、十五年前の自動車事故も、一年前の殺人も、引き起こした犯人は同一人物です。そして、それは早苗さんあなたです」
「想像に過ぎませんわ……」
ここに来て初めて早苗夫人が口を開いた。
「想像ではありません。重五郎さんの生前の発言によれば、鞠奈さんが死んだふりをし続けていた理由は、身内の者に、彼女の命を狙う人がいたからです。そして、それは早苗さんあなただった。重五郎さんはその手がかりを探していたのです。否定することのできない証拠を……。しかし、それはついに見つかりませんでした。さらに、琴音さんの死の原因をめぐって起きた淳一さんと吟二さんの対立も、おそらく解決したかったのでしょう。琴音さんを蘇らせ、淳一さんと吟二さんの対立を解決するには、証拠がない以上、早苗さんを自白させるしかありませんでした。重五郎さんはそこで、ある秘策を思いついた。それは殺人予告状に見せかけた脅迫状でした」
根来刑は驚いて、祐介の顔をまじまじと見つめた。
「あれを書いたのは重五郎さんだったのか!」
「そうです。あの文章に書かれた「雪の夜」という言葉と「M」という文字は、雪の夜に自動車事故に見せかけられて殺されそうになった鞠奈のことを暗示していたのです。そして、その手紙の文中で、琴音さんの殺人について触れることで、早苗さんにとってあの手紙は、まさに事件の真相を知る者からの告発状となったのです。この手紙の存在を、重五郎さんが早苗さんにこっそりと伝えることによって、早苗さんは心理的な圧迫を受けることになるのです。そして、重五郎さんの計画では、早苗さんは耐えられなくなって、重五郎さんに過去の犯罪を自白するはずであった」
「稲山に拾わせたのはどういう意味が……」
根来は気になって尋ねた。
「それは、事件が露見した時に、重五郎さんひとりが、この手紙の存在を知っていたことになって、証言も重五郎さんのものだけになると、重五郎さんはすぐに警察に疑われることでしょう。その為、稲山という第三者が拾ったという証言がどうしても必要だったのです。そして、稲山は毎朝、正門のあたりを散歩をしていますし、執事である彼は、手紙を拾った場合、主人に届けるのが常識でしょう。事実はそうなりました」
「なるほど……」
「重五郎さんの脅迫状を受けて、早苗さんは心理的な圧迫に耐えらず、自白するはずでした。ところが、そうならなかったのは、早苗さんは重五郎さんが送り主であることに気づいてしまったからでしょう。話があると重五郎さんに言って、アトリエに誘い出した時、重五郎さんはついに早苗さんが自白するのだと思ったことでしょう。ところが、現実に彼を待っていたのは死でした」




