72 麗華と稲山の話
このような事実が出てきたことは、いよいよ羽黒祐介の推理を裏付けることとなった。祐介はこの後、赤沼家に訪れて、麗華、早苗夫人、執事稲山、吟二の四人から話を聞けば、おそらく赤沼家殺人事件の謎は全て解けるだろうと考えていたのである。
羽黒祐介は、赤沼家の邸宅に訪れた。そして、すぐに麗華に面会した。
麗華は、切実に姉の琴音に会いたがっているが、それよりも、赤沼琴音犯人説というおぞましい説を警察が信じているらしいということへの心配が日に日に増してきて、その疲れが積もり積もってきているらしく、とても顔色が悪かった。
「姉は、犯人なのでしょうか……」
麗華は不安げに言った。
「僕はそうは思いませんが……。それよりも麗華さん。淳一さんの奥さんの由美さんと、蓮三さんは親しかったのでしょうか」
祐介は自分の気になっていることを質問した。
「いえ……勿論、最低限の親戚付き合いはありましたけど、由美さんは赤沼家のことが嫌いで、法事でもないと、あまり顔を出さないんです。それは真衣さんも同じです。蓮兄もずっと仕事に夢中になっていましたから、横浜からなかなか帰って来ないんです。だから、そんなに親しかったとは思えませんけど。でも、だからと言って、由美さんや真衣さんは、蓮兄を殺すような恨みはなかったと思います……」
麗華は、自分が言いつけているようになるのが嫌なのか、擁護するような発言をした。
「なるほど。それと使用人の長谷川瑠美さんという方は、勤められてから何年になりますか」
「長谷川さんですか。あの方が来たのは姉の自殺の後ですから、まだ一年にもなっていませんが……」
一年も経っていないというのでは、この人もあまり詳しいことを知らないのだろう。しかし、使用人として勤めた家で、こんな惨劇が起こるなんて、なんとなく可哀想である。
「稲山さんは?」
「稲山さんはもう十年になります」
すると、稲山は鞠奈の事故の頃は、赤沼家にはいなかったことになる。それでは、当時は何処で何をしていたのだろうか。
「稲山さんはその前は何をされていたんですか?」
「さあ……、やっぱりどこかの執事だったと思いますけど……」
「そうですか……」
確かな情報は得られない。しかし、稲山本人から聞くことができるだろう。
「でも、稲山は温厚な人間なので、事件を犯すことはないと思います……」
「そうですか……」
祐介はそんな麗華の言葉はそっと退けで、事件について考えていた。
*
祐介はその後、稲山の話を聞いた。
稲山は今度のことで相当疲れているらしく、十歳は年取ったようであった。
「稲山さん、わたしがお聞きしたいのは、稲山さんはこの赤沼家に来られる以前は、何をされていたのかということです」
「この家の執事になる前は、栃木の地主の方のお家で執事をしておりました」
「赤沼家とは関係がなかったのですか?」
「その頃は、そうですね」
本当のことを言っているのだろうか。
「それとですね、村上隼人さんが赤沼家に訪れて、その後、村上さんがお線香をあげるという話になった時、あなたが村上さんの鞄を預かったと思うのですが、あれはどこに置いておいたのですか?」
「どこにと申されましても、人様から預かったものですから、ずっと手に持っておりました。しかし、わたしも人間ですから、トイレに行きたいと思ったら我慢ということは難しい。応接間に置いておくのも無用心で悪い気がしましたので、トイレまで持ち込みました。その後、村上様がお線香をあげられて、もうお帰りになるということだったので、玄関で返したのです」
稲山はそう言って、次は何を言われるのだろうという顔で不安げに祐介の顔を見ていた。
祐介は、また何か考え始めたらしく、また頷きながら黙ってしまった。




