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62 再会

 ……そうだ、あの日もこんな真っ赤な夕焼けだった。

 村上隼人は、山の中の夕日の見える見晴らしの良い場所にぽつんとひとりで立って、夕焼けを眺めていた。ここに来れば琴音が待っているような気がした。でも琴音はいなかった。村上隼人は切実な期待を裏切られて、胸の内がえぐられるような、そんなひどく切ない気持ちになった。

 隼人はこの場所に立って、琴音と最後に別れた日のことを思い出していた。あの日も、自分はこの場所にこうして立っていた。結婚は決して許されないものと知って、琴音とふたりでこの山の中へと逃げ込んだのである。ふたりっきりの、それ以外の存在に一切干渉されない世界へと逃げてきた。そして、その世界はまさにこの夕焼け空であった。

 今日に至るまで、すべてが運命の裏切りの連続であった。一年前のあの日を最後に、琴音は首を吊って、もう琴音は死んだと思った。あの日から隼人はどれほど悲しみ、涙を流したかわからなかった。そして、今もこの夕焼けを眺める隼人の瞳には熱いものが一筋だけ流れていた。

「隼人さん……」

 その声に、隼人ははっとして後ろを振り返った。そこには赤沼琴音が今にも泣きそうな顔で立ち尽くしていた。隼人は涙を袖で拭くと泣きそうな笑顔をつくった。

 琴音は村上隼人に近づくと、感情に弾かれたように隼人の胸の中に飛び込んだ。村上隼人は涙ながらに琴音を両腕でしっかりと抱きしめた。込み上げてくるのは涙ばかりだ。

「君はやっぱり生きていたんだね……」

「隼人さん……」

 琴音は哀しげにうつむく。

「僕はあれから、君のことを忘れた日なんて一日たりともなかった……」

「わたしも……隼人さんのことをずっと……」

 そう言うと、琴音の瞳からぽつりぽつりと涙がこぼれ落ちて、その先が言葉にならなかった。

「なあ、琴音……なぜ、もっと早く帰ってきてくれなかったんだい……?」

「……やむを得なかったの……もうひとりのわたしを殺した犯人が分かるまでは……」

 もうひとりのわたし、という言葉を聞いて、隼人はどうしても聞かずにはいらないことを思い出し、自分の胸から琴音をそっと離すと、

「君は、重五郎さんや蓮三さんを殺した犯人じゃないのか……?」

「わたしじゃないわ……信じて……」

 その涙にまみれた瞳を見て、隼人は自分が大変な勘違いをしていたことに気づいた。

「僕はずっと君だと勘違いしてた……でも違ったんだね……良かった……許してくれ……」

「隼人さんのこと恨まないわ……だって、罪を被ろうとまでしてくれたんだもの……」

 それから、隼人はまだ何かを考えていた。そして口を開いた。

「なあ……琴音……本当の君は誰なんだ……?」

 ところが、琴音は何も答えずにうつむいた。

「君は僕の知ってる琴音なのかい……?」

 琴音は、隼人の美しい瞳をじっと見つめると、

「あなたの知ってるわたしが……本当のわたしよ……」

 とだけ言った。

「………」

 隼人は、その言葉の意味を必死に考えた。でもその言葉の真意は分かりそうもなかった。そんなことはもはやどうでも良かった。今話しているこの人は、自分の愛した女性に違いないという気がした。

「生きていて良かった……」

「生き返ったの……わたし、ずっと前に死んでいたのだから……」

 琴音が、また哀しいことを言ったと思って、隼人は寂しくなった。

 ……琴音は、ふとある思い出話を始めた。

「ねえ、覚えてる? 一年前もわたしたちはこの夕日の中にいたわ……そして、やっぱりわたしたちは抱き合って涙を流していたね……お別れはつらすぎたから……あなたは、家なんか捨ててふたりで駆け落ちをしようと言ってくれた……」

「そうだね……今でも覚えているよ……」

「わたし……あの言葉が一番嬉しかった……」

 そして琴音は少しばかり黙ると、ぽつりと言った。

「生まれ変われる気がしたの……」

 隼人はそれを聞いて、何も言わずに頷いた。

「ねえ……わたしの心に咲いた一輪の花はあなただったわ……でも、隼人さん……あなたはわたしの人生を受け入れてくれるの……?」

 琴音のその質問は不安に震えていた。そして、隼人は安心させるように力強く言った。

「全てを受け入れるよ……君の人生の……だから本当の君のことを、僕にもっと教えて……」

 琴音は村上隼人の瞳をじっと見つめて、

「いつか、噓偽りのない本当のわたしのことを話すね……」

 と言った。

「琴音……本当の君のことが好きなんだ……信じてるよ」

 ふたりは強く抱き合った、そのひとつとなったシルエットは夕日の中に輝いていた。そして、ふたりの影は日が暮れると共に暗闇の中に消えていった……。

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